会長のお仕事
衿香が現れないという夏目からの報告が睦月の元に届いた直後、彼の前に晴可が現れ雅が消えたと告げた。
予想の上をいく展開に、睦月は舌打ちをする。
こんな事もあろうかと、学院の生徒がやってくる三時間も前に、護衛まで付けて彼女たちを無事退避させようとしていたのに。
「だから学院は嫌なんだ」
吐き捨てるように睦月が言った。
「まあ、お仕置きは決定やな、会長さん。こっちや」
雅の気配を探っていた晴可が走り出し、睦月もそれに続く。
迷いのない足取りで走る二人の目に、背の高い男に顎と腰を固定され、顔を寄せられる雅の姿が飛び込んできた。
雅の姿を確認すると、晴可は迷いなく跳躍した。
睦月もそれに続く。
何も言われなくても、晴可の考えている事は分かった。
睦月は男に密着している雅に躊躇することなく、二人の間に肘を割り込ませた。
と同時に晴可が雅の体を男から引きはがす。
突然の攻撃に、男の態勢が崩れるのに対し、睦月は攻撃の手を緩めない。
二度三度と、その長い足が男の鼻先を掠める。
あ~。当たんない。
男は睦月の攻撃を紙一重の差でかわし続ける。
その顔には余裕の笑みさえ浮かべながら。
大体、ぼく、戦闘向きじゃないんだよなあ。
絶対役割反対じゃない?
晴可の力なら、本気を出さなくても一発で沈められるのに。
態勢を立て直した相手と間合いを取りながら、睦月は素早く視線を周囲に飛ばした。
腕の中に雅を取り戻し完全に戦闘モードを解いている晴可は無視するとして、少し離れたところに座り込んでいる衿香の姿を確認する。
目をまん丸に開いてこちらを凝視している衿香は、おそらく自分たちが人間ではない事に気付いてしまったのだろう。
そのフォローは後回しにして、とりあえず目の前の男に集中する。
全く面倒なんだから。
「会長直々に約束をたがえるとはね。学院の生徒は約束の時間も守れないほどおつむが弱かったんだっけ?」
睦月が甘い顔に微笑を浮かべながら辛辣な言葉を吐いた。
彼らの周りをいつの間にか学園の生徒会役員を始め、腕に自信のある者たちがぐるりと取り囲んでいた。
それに気がついた出雲は、は、とため息をついて両手を上げた。
「悪かった。つい、はしゃいじまった。これは俺の独断だ。学院の意向とはちがう」
謝罪さえ絵になる男だ。
素直に頭を下げる出雲に、睦月は目を細める。
「じゃあ会長一人の単独行動だと?」
「そうだ。ここには俺しかいない」
「ふうん。どういうつもりでこんな馬鹿げた事をしたのか知らないけど、人の庭に勝手に入り込んで人の物を横取りするような真似をしたんだ。それなりの覚悟はあるんだよね?」
睦月の視線が出雲から晴可へと移動する。
その視線を追った出雲が、晴可の腕にしっかりと抱きこまれた雅を見て、大きなため息をついた。
「あんたの女だったとはね。貴島晴可。道理で上物なはずだ」
「マーキングのついてる女には、例え自分の力にどんな自信があろうとも手出しはご法度や。忘れたらあかんで?学園との合併を望んでいるのはそっちや。切り捨てられたないんなら、自分はもちろん、学院の全生徒に徹底させとかなあかんで?学園では女はエサやない。一番大事に守らなあかんもんなんや」
のんびりした口調の晴可だが、目は全然笑っていない。
この後の出雲を待ちうける運命に、多少同情を禁じ得ない睦月であった。




