対鬼ごっこ戦略
夏目から鬼ごっこの話を聞いた翌日に、クラス委員が交流会について説明をした。
内容は夏目の言った通り。
鬼は上級生、逃げるのは1年生及び生徒会メンバー。
会社を立て直すべく優良物件を確保するという目的を持つ衿香にとって、なんとも哀しい企画だ。
例年通りの交流会であれば、交流会準備で実行委員になり、生徒会役員を近くで観察することができる絶好の機会だったのに。
鬼ごっこで追われながら、どうやって優良物件の観察をしたらいいんだろう。
今のところ、接触できたのは生徒会長だけ。
しかも会ったその日に手に口付けられるという恐ろしい体験をした衿香の中で、睦月は候補者リストから削除されていた。
あんなこと、初対面の相手にするなんて、絶対女にだらしないに決まってる。
会社のためとは言え、一生女で苦労するなんて、ご免だわ。
彼しか攻略対象がいない訳ではないのだから、わざわざ苦労を買う必要はないと衿香は判断した。
他の優良物件は、会長以外の生徒会メンバーに各委員会の部長、及びクラス委員たち。
今回は様子見かなあ。
衿香が結論を出した時、彼女を衝撃が襲った。
「うぐっ!?」
近頃慣れてしまった感のある衝撃の原因は、やっぱり千世ちゃんであった。
「衿香ちゃーん。鬼ごっこなんて怖いよ~。」
「う、ぐ。だ、大丈夫だから。ね?千世ちゃん。一緒に逃げよう?」
「だって~~~。きっと逃げても捕まっちゃうよ~。私おっきいし隠れる場所なんてきっとないよ。」
大きな体を縮めて震える千世の頭をよしよしと撫でながら、衿香は千世を慰めた。
「捕まったら仕方ないよ?仮入部一週間我慢したらいいだけでしょ?」
「いや。そういう事でもないみたいよ。」
急に横からちがう声が割り込んだ。
衿香が見上げると同じクラスの女の子が難しい顔をして立っていた。
「噂なんだけど、この学園、女子が襲われる事がたまにあるんだって。」
「え!?」
「金持ち学校でしょ?もみ消されちゃうらしくて、事実としてはあまり表には出ないみたいなんだけど。」
「ええ?それってまずいんじゃない?」
「そう。だから特に女子はバラバラに逃げない方がいいって、裏情報が回ってるの。」
「ひどい。」
そんな事実があるなら、鬼ごっこなんてするべきじゃない。
なに考えてるんだろう、生徒会は。
衿香の中で生徒会役員のランクが一気に下がった。
「じゃあ、策を練らなきゃいけないわね。」
衿香がつぶやいた。
「え?」
「1年女子を4人程度のグループに分けて、隠れやすくて逃走路も確保できる場所に振り分ける。それから数名の見張りも必要ね。全員アドレスを交換して情報をやり取りすれば、逃げるのも容易になるし、最悪の場合は助けも呼べる。」
「あなた・・・。」
驚いた目をする少女に、衿香は笑って手を出した。
「私は神田衿香よ。あなたは?」
「私は清水美雨。協力するわ。」
こうしていつの間にか衿香は、1年女子の安全を守るべく、先頭に立って奔走する事になったのだった。
グループの編成に隠れ場所の確保。
見張りの人選にその配置。
衿香の采配の元、1年女子は結束を深めていった。
別に女子を牛耳りたい訳じゃないんだけどな。
イケメン攻略より、ずっと生き生きしている自分に苦笑いを浮かべる。
女子校育ちでカリスマ性のある衿香は生徒会長として絶対の権力を手にしてきた。
当時の仲間は衿香の事を天性のタラシ(女の子限定)と呼んでいた。
とにかく。
遠い目になりかけていた衿香はぺしぺしと両頬を叩いた。
残念ながら計画は万全とは言えない。
鬼の数に対して少なすぎる仲間。
でもやれる事はやっておかないと。
衿香は目前に迫った交流会に向けて、気を引き締めた。