出会い
衿香は帰省の準備をしながら、充実した取材の日々に思いを馳せていた。
今回、衿香が密着取材の対象にしたのは、バレー部だった。
数ある運動部の中で、バレー部を選んだ理由は新聞部仲間の進藤がバレー部も兼任していたからだ。
彼の取りなしにより、当初固かったバレー部のキャプテンも、徐々に話をしてくれるようになった。
色々と不思議な所の多いこの学園だが、運動部も例外ではない。
衿香が一番驚いたのが、学園の運動部は公式試合をしないという事だった。
全国大会への出場を目標としていないなら、この規格外の設備の充実ぶりに何の意味があるのだろう。
衿香の疑問にバレー部キャプテンは親切に答えてくれた。
「俺たちは、普通の高校生とは少しちがう。進む道が決められたものがほとんどなんだ。残念ながらそれにスポーツプレイヤーへの道はない。どうして、と思うかも知れないが、決められたことなんだ」
キャプテンの言葉に学園の秘密を知らない衿香は、自分なりの解釈をして頷く。
衿香の世界でも同じだ。
例え衿香が写真が大好きでも、その道に進むという事は許されない。
あくまでも写真は趣味。
きっと彼らにとっても、スポーツは趣味の範囲でしかないものなのだろう。
「例外がスポーツ特待生だが、彼らは通常の高校ではスポーツを続けられない環境にある者たちだ。彼らは学園で研さんを積み、卒業後、それぞれの世界でプロを目指していく」
キャプテンの説明に衿香は再度頷いた。
スポーツにはお金がかかる。
経済的に問題のある者にとって、学園の特待生は魅力あるものだろう。
例え、高校で実績を残せなくても、学園では何の心配もなくスポーツに打ち込む事ができる。
そして、高いレベルと充実した施設で培った実力を武器に、彼らはプロの世界を目指していく。
そういう訳で、対外試合を見る事が出来なかったのは残念だが、衿香は彼らの迫力あるプレーを間近に見られて満足していた。
いい写真も撮れたし、いいコメントも取れた。
後はこれを記事にまとめるだけ。
「あ」
忘れ物はないか、ぐるりと部屋を見渡した衿香の視線が、机の上で止まる。
机の上で鈍い光を放っているのは、年季の入った古い新聞部部室の鍵だ。
「いけない。返すの忘れてた」
衿香は部屋の時計を見る。
八時半。
約束の時間まで、まだ余裕がある。
私室に放っておくような物ではない。
衿香は鍵を手に取ると、急いで部屋を出た。
「ふーん。早起きした甲斐があったな」
部室の鍵を職員室に戻し急ぎ足で寮に戻る途中、衿香は聞き覚えのない声に足を止めた。
ゆっくり辺りを見回すが。
誰もいない?
うるさいくらいの蝉の声がじんじんと耳を打つ。
だが、人の気配は全くない。
「上だ、上」
男の声に誘われるように、衿香の視線が上を向く。
衿香にとって、信じられないような高い木の上に、一人の男の姿があった。




