夏目の動揺、可憐な彼女
第三章開始です。
毎日は無理ですが、間を置かずに更新したいと思っております。
のんびりお付き合いいただけるとうれしいです。
えりりん、たのしそ~。
体育館の入口で練習を終えたバレー部の男子キャプテンと楽しそうに話す衿香を、少し離れた所から夏目は眺めていた。
明日から夏休みが終わるまで、女子寮は完全閉鎖する。
そのため衿香の密着取材も今日で終わりだ。
衿香がキャプテンにぺこりとお辞儀する。
あ~あ~、完全にデレてるよ、あの人。
普段は強面硬派のバレー部キャプテンは、かつてないほど緩みまくった顔で立ち去る衿香に手を振っていた。
それにしても。
夏目は衿香の方に歩き出しながら思う。
変わったな、えりりん。
何が、とはっきりとは言えない。
けれど夏休みに入る少し前、衿香の纏う空気が色を変えた。
どんなに仲良くなっても、感じた壁の存在。
男、というだけで衿香の中に存在した壁が、ある日を境に見えなくなった。
思い当たる点と言えば、あれか。
偶然裏新聞を目にした衿香が、人気ランキングに自分の名前がない事に落ち込んでいた時。
フォローを任された夏目だが、彼にはどうする事も出来なかった。
というか、落ち込んだ衿香が可愛くて、もう少しその姿が見ていたいと秘かに思っていたら、いつの間にか衿香は復活していたのだ。
どうやら夏目の手際の悪さに痺れを切らした睦月の仕業らしい。
あ~、しくじったかな。
そんな事を考えていると。
「あら、夏目くん。何してるの?」
当の衿香が目の前で微笑んでいた。
その笑顔に夏目の心臓がどきんと大きく跳ねる。
破壊力が増している。
必死で動揺を抑え、夏目は普段通り間延びのした声を出した。
「あ~、えりりん。久しぶり。取材は順調?」
「ええ。今日で終わるのが残念だけど」
「仕方ないよね。明日からは寮も閉鎖されるし。えりりんは明日帰るの?」
「ええ。迎えの車を呼ぶつもりよ」
「じゃあさ、一緒に帰らない?」
「え?」
衿香は不思議そうな顔で夏目の顔を見る。
だ~か~ら~。
その上目使い、どこで覚えたの!?
その目で見られたら、この僕でさえ理性が飛んじゃうよ!?
飛び跳ねる心臓を無理矢理押さえつけ、夏目は何とか笑顔を作る。
「僕んちの車に一緒に乗っていかない?ついでにデートなんてどう?」
「……」
「いや、デートって言うかお昼ご馳走するけど」
視線を上に向けて考える衿香に、断られるのではないかと夏目は焦る。
ちらりとでも『男』を見せると、途端に衿香は壁を作る。
焦りを隠そうと、うっかりいつも通りの軽口を叩いてしまったが、今回は断られる訳にはいかないのだ。
内心、冷や汗を流す夏目の意に反し、衿香はにっこりと笑った。
その笑顔に夏目の心臓は再々度どきりと音を立てる。
やめ、死ぬから。
引きつる夏目に気付くことなく、衿香はさらりと頬にかかる髪を払う。
「じゃあお願いしようかな。何時?」
「えっと、九時で、どう?」
「わかった。じゃあ九時に寮の前でいい?」
うんと頷く夏目に衿香は手を振り、部室の方に歩いていく。
その後ろ姿を見送りながら、夏目はふうと額の汗をぬぐった。
変わったのはいいけど、えりりん。
その笑顔を誰にでも見せるのは反則だと思う。
まだうるさく騒ぐ胸をそっと押さえ、夏目は苦く笑う。
夏休みが明けたら、学園はどうなるんだろう。
睦月先輩は何をやらかしたのやら。
角を曲がる寸前、不意に衿香がくるりと振りかえり、立ち尽くす夏目に手を振った。
あ~。
えりりん、それも反則ね。
衿香の姿が校舎の向こうに見えなくなると同時に、夏目はへなへなとその場にうずくまったのだった。




