謝罪の行方
「謝るって、何のことですか?」
衿香の視線をまっすぐ受け止め、睦月は口を開いた。
「裏新聞の人気ランキングのこと」
睦月の言葉に衿香の視線が揺れる。
「どうして、睦月先輩が?ランキングには先輩は関係ないでしょう?ただ私に人気がないだけで」
「ちがうよ。衿香ちゃんの人気は多分、学園で一番だと思う」
「どうしてそんなこと、言い切れるんですか」
「それは、僕が衿香ちゃんに投票する事を許さなかったから」
「……は?」
衿香の目がまん丸に見開かれた。
今、なんと言った?このイケメンは?
「衿香ちゃんに好意を寄せる事が、僕の怒りを買う事だと、みんな知ってるから。だから、衿香ちゃんには誰も投票できなかったんだ」
「……どういう意味ですか?」
「本当に分からない?」
「先輩?」
「分からない振りをしてるだけじゃない?」
「なぜそんな事を言うんですか!?」
衿香は思わず立ち上がった。
なにか、変だ。
この睦月は、いつもの睦月ではない。
この先を聞いてはいけない、と衿香の本能が警告を発する。
「そうやって逃げるんだ」
一歩、退きかけた衿香は睦月の言葉に足を止めた。
これは挑発だ。
分かっているけれど、足が動かない。
「逃げてなんか……」
「じゃあ座ったら?話の途中だよ?」
睦月の雰囲気に気押されるように、衿香はまたベンチの端に腰を下ろす。
「どうしたんですか?睦月先輩。なんだかおかしいですよ?」
妙な空気を振り払うように、衿香は声のトーンを上げた。
「おかしいのは君の方だよ?誰から隠れてこんなところに潜んでるの?隠れるなんて君らしくない」
「それは……」
「人気ランキングのせい、なんだろ?」
「……自覚はあるんです」
「自覚?」
衿香の言葉に睦月は首を傾げる。
「私が女子の味方をしてしまう事が男子から見れば全然平等じゃない事」
「そうなんだ?」
「相談事が来る時点で、私の中では女の子が被害者なんです。もっと公平に見なくちゃいけないって分かってるんだけど、泣いてる女の子を見ると、どうしても肩入れしてしまって」
「うん」
それは、過去に男から傷つけられた事のある衿香なら仕方ない事なのだろう、と睦月は考える。
衿香自身、無意識のうちに被害者の女の子と過去の自分を重ね合わせて、彼女を助ける事により過去の自分を助けようとしているのだろうから。
「けど、冷静に考えれば男子にも言い分はありますよね?だけど私はそれを聞く耳を持たなかった。だから恨まれてる確率は高いと思うんです。独りよがりの正義を振りかざしているのだから、嫌われても仕方ありません」
「だから相談事から逃げてるの?」
睦月の質問に衿香の顔が苦いものになる。
それはそうだろう。
衿香にとって相談者を見捨てる事は、過去の自分も見捨てる事に繋がるのだから。
衿香の脳裏に先日、美雨と交された言葉が甦る。
相談に乗ってあげてほしいと、彼女が連れてきたのは人気ランキングの上位者二人だった。
クラブ内のセクハラに困っていると言う。
衿香にとって簡単な相談事だ。
自分が悪者になれば手を引かせる事なんて簡単だ。
けれど。
その時衿香は心の声を聞いた。
『あの子達、自分が嫌われるのが嫌だから、私に相談するんじゃない?私に任せてしまえば、自分たちはあくまでか弱い被害者でいられる。そして私は?なぜ関係のない私が嫌われ役を引き受けなきゃいけないの?馬鹿みたいに正義感を振りかざしてそんな事をしてるから、こんな評価を受けるんじゃない?いい加減に分かりなさいよ』
衿香?と美雨が不審な顔をした。
いつもなら嬉々として策略を紡ぎだすはずの衿香のくちびるは、思いもかけない言葉を吐きだした。
「嫌な事は嫌だと、口に出すべきだと思うわ。それでもダメなら女子の先輩や顧問の先生に相談するのが筋じゃないかしら」
「そんな事はとっくにしてるの。それでも解決に至らないから……」
「それでも解決に至らないのなら、当事者にも問題があるんじゃない?気を持たせるような態度や勘違いされるような事、していない?」
「衿香!?」
「悪いけど、忙しいの。失礼するわ」
そう言い捨て、背を向ける衿香に美雨の非難を含んだ声が突き刺さった。
「私は、父の命でここに来ました。私がここでするべき事は、神田の将来のためになる縁を作る事なんです。相談事を受ける事により、その目的が阻害されるのであれば、私はそれを受ける事はできません」
固い表情で淡々と語る衿香に、睦月は大きくため息をついた。
「したいようにすればいいじゃない」
「は?」
軽く言い切る睦月に衿香の眉間に深いしわがよる。
「ほら、癖になっちゃうよ?」
衿香の眉間のしわを人差し指で伸ばしながら睦月はやんわりと微笑んだ。
「ほんと、見かけによらず固いんだね、衿香ちゃんは」
「は?」
「まず、大事な事ひとつ言うよ?」
睦月が衿香の鼻先に指を一本立てて微笑んだ。
「君が他人のために不利益を被る必要は全くない」
衿香の目を覗きこみながら、睦月は二本目の指を立てる。
「それから、次。衿香ちゃんは衿香ちゃんのために生きる権利がある」
指を二本立てて微笑む睦月。
衿香はまたもや眉間にしわを寄せ、それをじいっと見つめていた。
衿香ちゃんは弱っております。
いつもの勢いはありません。
もうひと押しです(^^)




