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逃避

 はあ、と衿香はため息をついた。

 寮生活というものは辛い。

 逃げ場があまりにも少ないのだ。


 放課後、人目を避けるように衿香が足を運んだのは、園芸部が管理する花園の中だった。

 薔薇の季節には薔薇園として、女子生徒に人気の花園は、七月にもなるとむせかえるような暑さのせいで誰も足を運ぼうとはしない。

 体育館二つ分の広さはあろうかという花園の中は、ちょうど衿香の身長くらいの薔薇の生け垣が迷路のように続いている。

 ところどころ、ぽっかりと空いたスペースに季節の花畑が作られていたり、木陰にベンチが置かれていたりと密かにデートスポットとしても人気があるが、蝉時雨がうるさい位降り注ぐこの季節は人影もない。

 衿香が花園の存在を知ったのは、ランキング上位の園芸部員、平野あやめを観察するためだった。

 今ではあやめの観察よりも人目を避けるためにここに来ているのだが。


 お気に入りのベンチに腰を下ろし衿香は今日何回目かのため息をついた。

 衿香!と幾分憤慨したような、美雨の声が耳について離れない。

 彼女の後ろに立つ二人の女の子は今にも泣きそうな目で衿香を見ていた。

 だって、仕方ないではないか。

 自分がここにいるのは、他人を助けるためではないのだ。

 もちろん、自分に出来る事があればしようと思う。

 今までもそうやって女の子たちを助けてきた。

 けれど、それが男子の不興を買う事に繋がるなら、話は別だ。

 父の命令でここにいる以上、その不利益に繋がる事は排除しなければならない。

 でも。

 自分になら解決できるのに、あえて関わらないようにするのは、思いのほか辛い選択だった。

 寮の部屋に逃げ込んでも、相談事は舞い込んでくる。

 だから衿香は偶然見つけたここに隠れる事を選んだのだ。

 これ以上、自分の良心にダメージを受けないために。




 木陰のベンチに頭を抱えて座る彼女の後姿は、いつもより小さく見えた。

 かさり、と睦月の足元で葉っぱが微かな音を立てる。

 瞬間、彼女は機械仕掛けの人形のように、頭を上げた。


「だれ!?」


 鋭く誰何する衿香の前に、睦月は敢えてのんびりと姿を現した。


「やあ、久しぶりだね、衿香ちゃん」

「……睦月先輩。どうしてここに」

「この頃、生徒会室に来なくなっただろ?気になって探してみたんだ。ここで何してるの?」


 実に嫌そうに顔をしかめた衿香に気づかない振りをして、睦月は彼女の隣に腰を下ろす。


「別に。ちょっと一人になりたかっただけです」

「ふーん。ここ、穴場だよね。しかもこのベンチ、人目につかない場所だけど、ここからは通路が良く見渡せて誰かが来たらすぐに分かる。でも衿香ちゃん?」


 にっこり笑って睦月は衿香の顔を覗きこむ。


「あんまり一人になるのは勧められないな。実際、僕が接近するのには全然気が付いてなかったし、本気で近づこうとしたらもっとちがう手段もあるんだし」


 久しぶりに綺麗な顔を突きつけられて、衿香の頬が知らず知らずのうちに赤くなる。


「ひ、一人になって、何が困るって言うんですか?」


 つんとそっぽを向いた衿香の顎が、強制的に元の場所に戻される。


「ななななにをするんですか!!!」


 衿香が抗議するが、睦月の手は彼女の小さな顎を掴んで離さない。


「せんぱ……!!」


 睦月が衿香の目をじっと覗きこんだ。

 その瞳にからかいの色はない。

 衿香は目を見開いて絶句した。


「こういう事、されたら、どうするの?」


 なんで?どうしてこうなった?

 衿香は間近にある睦月の顔を凝視して混乱する。

 近い。非常に近い。

 

「私の嫌がる事はしないって、約束しましたよね?」


 気力を振り絞って衿香は抗議をする。

 声の震えまでは抑えきれなかったが。

 ふ、と睦月が微笑んだ。

 至近距離で見るその甘い顔に、一瞬衿香の気が遠くなった事は言うまでもない。


「僕は、しないよ?でも僕以外の誰かが、こんな事をしたら、どうするのって聞いてるんだよ?」

「じ、じゃあ、離してください」

 

 衿香の抗議に睦月はすんなり従った。

 途端にベンチの端っこに移動して自分と距離をとる彼女を見て、睦月は苦笑を浮かべる。


「ごめん。怖かった?でもこんな人気のない所にいる衿香ちゃんが心配なんだ。今みたいに誰かに迫られたらどうするの?助けを呼んでも聞こえないかも知れないよ?」

「……私に迫る人なんていませんから」


 低くつぶやく衿香に、睦月はそっと溜息をもらした。


「その事なんだけど、僕は君に謝らなくちゃいけない」


 睦月の言葉に衿香は目を瞬かせた。





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