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大団円そして……

 衿香の出ていったあと、改めて夏目が紅茶を用意する。


「は~。疲れた~」


 敦志がこれでもかというくらいカップに砂糖を入れ、かきまぜた。

 ソファーの隅で未だ信也は頭を抱えている。

 晴可の隣に腰かけた雅が、申し訳なさそうな顔でそれを見ていた。

 

「ほんま、悪かったな。みんな」


 晴可が頭を下げた。


「ま、雨降って地固まるだよね。これに懲りたら晴可も、もう少し自分の行動がどれだけ朝霧ちゃんに不安を与えるかってことを自覚してよね?」


 優雅に紅茶を飲みながら睦月が言った。

 本当に晴可は自分の衿香の対する態度について反省しているんだろうか。

 強大な力を持っているがゆえに、あまり周りに対して気を使うことのなかった晴可は、悪く言えば深く考えずに感覚だけで生きているところがある。

 今回の騒動はそれが発端だ。

 だがすでに晴可は再び腕の中に戻ってきた伴侶に夢中で、本当に反省しているのか疑問が湧いてくる。

 やっぱりここは雅第一の木田の出番か。

 もう一度がっつり叱ってもらおうと木田に声をかけようとして、睦月は気が付いた。



「……あれ?祐真は?」

「木田先輩ならそこに……いない」


 敦志の視線の先、確か、ついさっきまで壁に背を預け、不機嫌な顔で腕組みをしていたはずの木田の姿が忽然と消えていた。




 




 疲れた……。

 抱き合う二人のどろっどろに甘い雰囲気に、居てもたってもいられず生徒会室をあとにした衿香はふらふらと廊下を歩いていた。

 

 なぜか虚しさが衿香の胸を満たす。

 イケメン攻略をしに来たはずの自分が、なぜ他人の恋愛の橋渡しをして、痛い目に合ってるんだろう。

 自分がそう仕組んだ事とはいえ、信也の冷ややかな目や木田の憎々しげな声を思い出すと胃が痛くなる。

 

「よう。忘れもん」


 そうそうこんな声だ。

 空耳が聞こえるなんて、我ながら重症だわ。


「こら。なに無視してやがんだ?」


 足を止めることなく廊下を進む衿香の腰に太い腕が絡みつき、ようやく衿香はそれが幻聴でない事に気がついた。


「あら?えっと?」


 腰をグイっと引き寄せられ、見たくもない不機嫌な顔が突きつけられる。


「ななななんでしょう?木田さん。お礼参りとか?」


 何の防御もとれないまま、引き寄せられてしまった衿香の顔が引きつる。


「何のお礼だ?忘れものだって言ってるだろうが」

「忘れ物?あ!」


 木田の手に愛用のカメラを見つけ、衿香は目を見開いた。

 そういえば、信也に連れてこられた時にカメラを持っていたんだっけ。


「わざわざありがとうございます」


 なぜ、忘れ物を届けるのに抱き寄せる必要があるのかと、首を捻りながらも衿香は一応礼を言う。


「えっと、離していただけないでしょうか?」

「俺の用が済んだらな」


 そう言うなり、引きつる衿香の首筋に木田が唇を寄せた。


「ふぎゃ!!!?」


 慌てて木田の腕から抜け出そうと暴れる衿香を難なく押さえつけ、木田は尚も衿香の首筋に唇を這わせる。


「ななななにするんですか!!?やめっ!!!」

「うるせえ。すぐ済むから大人しくしてろ。でねえとカメラ落っことすぞ」


 木田に耳元でささやかれ、衿香の抵抗がぴたりと止む。

 なにこれ!?

 何のいやがらせ!?

 まさかの仕返し!?

 そうなの!?


 ぎゅっと目を瞑って、衿香は反撃の機会を待つ。

 温かい、柔らかいものが肌に押し付けられる感触に、ぞわりと悪寒が体中を駆け巡る。

 もう限界!!!

 カメラの事は後回しだ!

 衿香がそう思った時、不意に体が解放された。


「ほらよ。もう、声、出るだろ?」


 木田がそう言って、ハンカチを差し出した。


「気持ち悪かったら、拭いとけ」


 訳が分からないまま、それを受け取りごしごしと首筋を拭いた。

 そんな衿香に木田は苦笑いを浮かべる。


「ほんと、お前って訳のわかんねえ女だな」

「木田さんに言われたくありません。何の辱めですか、これ」


 大事なカメラを取り返し、ぶすっとした声で衿香は文句を言った。

 が、すぐにあれっという顔になる。


「……喉が痛くない?」


 しぶとく残っていた締め付けられるような喉の痛みが綺麗さっぱり消えていた。


「まあ、乗せられたとはいえ、悪かったな」

「?もしかして、謝りに来てくれたんですか?」


 しげしげと衿香は木田を見つめた。


「いちいちうるせえ女だな。黙ってはいって言えねえのか」

「……はい」


 渋々頷く衿香に、木田は満足そうな笑みを浮かべた。


「お前さ、なんでそこまでするんだ?他人の事だろう?放っておきゃいいだろうが」


 痛い目までして、と木田がつぶやく。

 

「性分ですかね。放っておいて後味の悪い思いをするなら、介入したいんです。だから全部自分のためなんです」


 からりと笑う衿香に木田は大きなため息をつく。


「お前、それは男前すぎるだろう」


 口元に人差し指を添え、小首をかしげる衿香は紛れもない美少女なのに。

 その中身は木田の予想を遙かに超えたものだった。

 面白いやつ。

 

「まあいい。詫びって訳じゃないが、困った事があったら、俺に言え。何とかしてやるから」

「は?」

「まあ、そういう事だ」

「はあ?あの、ちょっ……」


 衿香に問いただす間も与えず、木田は長い足を駆使して廊下の向こうへと消えていった。


 衿香は知らない。

 木田が愛した少女の死を。

 死期を悟った少女が木田を愛するあまり、何も告げずに彼の前から姿を消した事。

 それに深く傷つき、自暴自棄になっていた事。

 衿香が雅に言った『置き去りにされる側の気持ち』という言葉は、少女を探しだした木田が開口一番少女に言った事と同じだという事に。


 呆然と立ち尽くす衿香の頬を、初夏の風がふわりと撫でる。

 夏はすぐそこまで来ていた。


 



たくさんのアクセス、お気に入り登録ありがとうございます。

これにて第二章は完結です。

今回、衿香の男前度数が半端なく、男性陣が可哀そうな事になってしまいました。

第三章では彼らにも活躍を期待したいと思っております。

温かい目で応援よろしくお願いいたします(*^_^*)

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