そして笑う彼女
余計な事を言ってしまったと頭を抱える信也に、黒い微笑みを浮かべた睦月が尋ねた。
「そういや、姫ちゃん元気かな~。信也、どこにいるか知ってるの?」
「ばっ!!睦月!?」
「その方は姫さんと仰るんですか」
「そう。綺麗な子でね。強さを秘めている所は衿香ちゃんと似てるかな」
にこにこと会話を交わす二人を絶望的な顔で眺める信也。
誰か、僕を埋めてくれ、と彼は切実に願った。
「ぜひ一度お会いしたいわ。信也先輩?」
「……今どこにいるか知らないから」
「え!?姫ちゃんと連絡してないの!?」
「まあ、あっちから季節の便りが来るぐらいかな。基本的にあっちこっち飛び回ってるみたいだから」
「ふうん。離れてても大丈夫なんて凄い自信だね」
「睦月……」
もう止めてくれと、信也は視線で睦月に訴える。
その様子に衿香の口から堪えきれない笑い声が漏れた。
「じゃあ、そろそろ私は帰らせていただきます」
ふわりとスカートの裾をひるがえし、衿香は立ちあがった。
「衿香ちゃん。ほんまありがとう。痛い目に合わせてごめんな。大丈夫?」
立ち上がった衿香に気付いた晴可が、雅を抱く手を緩める。
晴可の腕の中で、雅は申し訳なさそうな顔を衿香に向けた。
「ごめんなさい。痛かったでしょう?」
「……そうですね。とっても痛かったです」
「……ごめんなさい」
「その代わりという訳ではないんですが、雅先輩?私の言葉を聞いてくれますか?」
衿香は雅の涙に濡れた黒い瞳を見つめた。
ああ、綺麗だな。
雅の顔は本当に綺麗だった。
この顔が見れるなら、少々の痛みも我慢できるというものだ。
「雅先輩、もうお分かりになったでしょう?貴島さんにとって、どんな付加価値も意味がない事」
雅は静かに頷く。
「だったら、無意味な比較は止めてください。貴島さんが望むのはあなただけ。選ばれたという誇りを忘れないでください」
「分かったわ」
「幸せになってくださいね?もう痛い目は嫌だから、手助けはしませんよ?」
「……うん。ごめん……」
叱られた子供のように体を小さくして謝る雅に、衿香は苦笑を浮かべる。
「何もかもに嫌だと言うのは我儘です。耐える事は日本人の美徳でもあります。でも、言わなければいけない事を言わずに、改善する努力を放棄する事は怠慢です」
衿香の辛辣な意見に雅は言葉もなく項垂れる。
「もう分かったでしょう?言葉に出さなければ伝わらない事もある。相手を思いやっての行動も、真意が伝わらなければ傷つける結果にもなる。真意を知らされないまま、置き去りにされる側の気持ち、分かりますか?」
そう言いながら、衿香は自身の胸の痛みに気がつく。
ああ、そうか。
だから私はこの二人を放っておけなかったんだ。
あの時の自分を見るようで。
宙ぶらりんのやるせない気持ちを思い出すから。
あの時、私に陽介を追いかけて問い詰める事が出来たら、私はどうなっていたんだろう。
幼い自分が自力で海外に行く事は難しかった。
けれど、本当に不可能だったんだろうか。
何か方法はなかったんだろうか。
答えは見つからない。
「これからはちゃんと言葉にする」
雅の毅然とした言葉に、衿香は己の思考に蓋をした。
過去を思い煩ってもどうにもならない。
だからこそ、今、後悔をして泣く女の子の姿を見なくてすんだ事に、衿香は心の底から安堵するのだ。
「そうです。貴島さんには雅先輩の我儘を聞く責任があるんですから。遠慮する必要はありません」
晴可の腕を押しやり、雅は衿香にきちんと向き直った。
「本当にごめんなさい」
そう言って雅は深々と頭を下げた。
「いいんです。兄にも貸しができましたし、貴島さんにも貸しにしておきますね」
「……えっ!?なに?俺も?」
「ふふ。貴島さん?次はありませんよ?雅先輩を泣かせたら、次は全力でもって仲を引き裂いて差し上げますから」
「……はい」
綾人さんの妹や……。
いや、それ以上?
決してこの子だけは敵に回したくない。
晴可は真摯にそう思うのだった。




