反撃
一体衿香のどこにこんな元気があるのかと、信也は怒りを忘れ茫然と彼女を見上げた。
確か彼女はさっき木田の本気を喰らっていたのに……。
「私が、男に雅先輩を襲わせたと言うんですか!?憶測だけで物を言うのもいい加減にして!神に誓ってもいいわ。私は女の子を傷つけるような事は絶対にしません!!」
小さな拳を握りしめて鼻息も荒く宣言する衿香に、後ろ暗い感情は微塵もない。
「……その証拠は?」
「えっと、信也先輩?その男の身元は調べがついてます。晴可先輩に娘との縁談をしつこく持ちかけていた製薬会社の社長の甥です。命じたのは社長でしょう。正式な婚約発表にかなり焦っていたようです」
衿香の代わりに夏目が答える。
「……全てが彼女の仕業でないにしろ、この状況に乗じて雅ちゃんを排除しようと動いたのは事実だろう?」
まだ追及の手を緩めようとしない信也の隣に再度腰掛けて、衿香は彼の目をまっすぐに見た。
「婚約破棄を勧めたというのは事実ですが、その理由がちがってます。私がいつ、貴島さんを狙ったんですか?私は雅先輩を救って差し上げたかっただけです」
「え?ええ!?」
真剣な衿香の眼差しに、信也はそれが真実である事を本能的に理解した。
「私を救う?」
驚いたのは雅も同じだ。
まさか、花嫁候補である衿香の口から、同性でライバルでもある自分を救いたいなどという言葉が出てくるとは思ってもみなかった。
「そうです。苦しかったんでしょう?雅先輩」
「……」
衿香は雅に視線を移す。
「特待生としてこの学園にいらした雅先輩には将来の夢があったはずです。それなのに、貴島さんに出会ってしまったせいで、雅先輩は思いもかけない世界へと足を踏み入れる事になってしまった。それが雅先輩の望みだったのなら、何も言う事はありません。でも雅先輩はそんな世界、望んでいなかったんでしょう?」
「それは……」
「大体、婚約披露は雅先輩を表舞台に立たせて、貴島さんの盾にすることでもあるんです。それすら分からない貴島さんの隣にいても、雅先輩は苦しむだけです。だから、私は婚約を破棄して雅先輩を解放してあげるよう、貴島さんに進言しました」
「それで空いた席に座ろうって魂胆なんだろうが。綺麗事を言うんじゃねえ」
睦月に取り押さえられながらも、話を聞いていた木田が口をはさんだ。
「だ~か~ら~、私は貴島さんの事なんて何とも思ってませんし、第一貴島さんには神田の未来を託せません。雅先輩の気持ち一つ理解できない貴島さんに、私は何の価値も見出せません」
ぱあん、と乾いた音が生徒会室に響いた。
「何も知らないくせに、晴可先輩の事を悪く言わないで」
震える左手で己の右手をしっかりと握りしめた雅の姿を、じんじん熱を持つ左の頬を押さえて衿香は凝視した。
「晴可先輩は私の事をいつも考えていてくれた。婚約披露だって身寄りのない私を、世間に認めてもらうためには必要な事だった。でも、私は、そんな晴可先輩に何もしてあげられない。それどころかいつも心配をかけて迷惑をかけて」
「それが、婚約破棄の理由なんですか?」
「……婚約披露のあと、会場に現れたあなたを見て、こういう人が晴可先輩の隣に相応しいんだって思い知らされたような気がした。晴可先輩があなたを気に入っている事も分かっていたし、もし、私と出会う前に晴可先輩があなたと出会っていれば、きっと彼はあなたを選んだはずだと思う。もしそうなれば晴可先輩は何の苦労をすることも、何の誹りを受けることもない……」
「だそうですよ。貴島さん」
「え?」
衿香の言葉に雅が目を見開く。
けれど雅の目に入るのは真っ白いシャツだけ。
「ごめん。俺、何も分かってなくて」
掠れた懐かしい声が雅の耳を打つ。
「どうして」
晴可の腕の中、雅の瞳から大粒の涙が溢れだした。




