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ゆびきりげんまん

「雅ちゃん、怖い目に合わせてごめんな」


 枕元に座った晴可はそう言って雅の頬にそっと触れた。

 しばらくすると痛みが嘘のように引いていく。

 晴可が治癒の力を使ったのだろう。

 

「もう大丈夫やから」


 晴可が静かにそう言い、そっと雅の額にくちびるを寄せた。

 堪えきれずに、雅の目尻から涙が転がり落ちた。


「……さ…くしない…で」

「え?」


 雅は手で顔を覆った。


「優しくしないで…ください」

「雅ちゃん」

「私は、あなたに相応しくない」

「なんでそんな……」

「私とあなたでは住む世界がちがいすぎる。今日はっきりわかりました」


 晴可は雅の髪を優しく撫でた。


「そんなことない。確かに今日の面子にはびっくりしたやろけど、みんなただの人間や?話してみたらえらいなんも変わらんおっさんやおばちゃんやで?」


 雅が体を捩って晴可の手を振り払う。


「同じだなんて、簡単に言わないで!」

「雅……」

「婚約解消してください」

「えっ……!?」


 驚く晴可の目をじっと見据えて、雅ははっきりと言った。

 その瞳に強固な意志の光を見て晴可は絶句した。


「あなたにはもっと相応しい人がいるはずです」





 ベランダで睦月と言い合った後、雅の後を追った衿香だが残念ながら彼女の姿はどこにもなかった。

 仕方がないので二階の広間へ入っていくと、晴可の不在に暇を持て余していたイケメンたちの大歓迎に遭ってしまった。

 強引な彼らにソファーの真ん中まで引っ張り込まれそうになった衿香を助けてくれたのは、仏頂面をした睦月だった。

 

「彼女は気安く君たちが話しかけられるような人じゃないから」


 ぶーぶー文句を言うイケメンたちに、睦月が氷のような声で言う。

 背中にブリザードを背負っていたのは決して気のせいなどではない。

 イケメンたちの顔が一様に引きつり、何事もなかったかのように元の話題に戻っていった。


「う、あ、ありがとうございます」

「…僕の助けなんていらなかったんだよね。出過ぎた真似してごめんね」

「……!!」

「君はあっちのお嬢さん方とお話してたら?女の子は得意なんだろ?」


 睦月は顔を真っ赤にする衿香の背中を軽く押して、立食コーナーに追いやろうとした。

 くるりと衿香が睦月に向き直り、ジャケットのえりをぎゅうっと掴んだ。


「?」

「ささささっきは言いすぎました。ごめんなさい」


 真っ赤な顔で、睦月の胸元に向かって一気に言うと衿香はさっさと立食コーナーへと行ってしまった。

 その後ろ姿に睦月の不機嫌は一度に吹き飛んだ。

 まだ赤い耳をしたまま、衿香がお皿に料理を盛り付けている。

 幾分動揺しているのか料理がお皿から零れ落ちそうになっているが、衿香は構わず盛っていく。


「あ~あ。そんなのじゃ折角の料理が台無しだよ」


 何の気配も感じなかったのに、不意に背後から聞こえた睦月の声に衿香はお皿を落としそうになった。


「貸して」


 睦月が衿香の手からお皿を取り上げる。

 ちょいちょいとお箸でつついただけなのに、お皿の上の料理は綺麗に美味しそうに整えられていた。


「はい。どうぞ」


 唖然としている衿香に睦月はお皿を押し付ける。


「ど、どうもありがとうございます」

「あのさ、食べながらでいいから、ちょっと話してもいい?」


 睦月は衿香を壁際にならんだ椅子に座らせた。

 居心地悪そうに視線を彷徨わせながらも、料理を口に運ぶ衿香を睦月は組んだ足に肘をつき、黙って見ていた。


「……美味しい?」

「あ、はい。とっても」


 衿香は睦月の質問にとりあえず答えるが、とてもじゃないがじっくり味わうどころではない。

 

「……付いてる」

「え?」


 不意に睦月の手が口元に伸びてきて、衿香は箸を持ったまま固まる。

 

「あ……」


 睦月の指が衿香に触れる事はなく、戻っていく。

 睦月は黙ってじいっと自分の指先を見つめた。


「え、と。どうかしました?」


 今日の睦月は一体どうしたんだろう。

 衿香の頭は疑問が渦巻いていた。

 急に怒ったり不機嫌かと思うと、いつものペースに戻ったり、また途中でフリーズしたり。

 頭の調子がおかしいのかしら。

 幾分失礼な事を考えながら、衿香は睦月の横顔をじっと見つめた。


「え?ああ、ごめん。衿香ちゃん、こんなの嫌なんだよね」

「ええ?まあそうですけど」


 これ以上の事を散々されている衿香はぽかんと口を開けた。

 やっぱり、この人壊れてる?


「僕ね、本当に後悔してるんだ。今まで衿香ちゃんにしてきた事」

「???」

「急に手にキスしたろ?初めて会った時」

「あ、ああ……」


 桜の花びらの下で睦月に初めて会った日の事が衿香の頭に甦り、衿香の頬が熱くなる。


「生徒会室でいきなり抱きしめたり……」

「あはは」

「遊びや冗談や、ましてや悪意でそんな事をした訳じゃないんだ」

「へ?」

「でも衿香ちゃんの気持ちは全く考えてなかった」

「はあ」

「だから、約束する」


 睦月は姿勢を正して衿香に向き直った。

 真剣な、正直怖いと感じてしまう目で睦月は衿香を見ていた。

 思わず衿香はごくりと唾を飲みこんだ。


「僕は、君の嫌がる事は絶対にしない。衿香ちゃんの、心も、体も、絶対に守るから」


 目をまん丸に見開く衿香の目の前にずいっと睦月の小指が差し出される。


「ふぇ?」

「ゆびきり」


 ゆびきり?

 何の約束?


 衿香の頭に疑問が渦巻くが、気付いた時には睦月の小指が自分の小指に絡みついていた。


「約束する」


 静かに睦月がつぶやいた。






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