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不機嫌な彼

「ケガはない?」


 信也の手が茫然と立ちすくんだままの衿香の頬に伸ばされた。

 その手が触れるか触れないかのところで、衿香は正気に戻った。

 びくりと大きく肩を震わせる衿香に苦笑を浮かべ、信也はその手を彼女の頭に軽く置いた。

 いつも通りの爽やかな笑顔を見せる信也の向こうに、ものすごい顔になった男が床に伸びているのが見えた。


「大丈夫そうだね」

「こっちはあんまり大丈夫じゃなさそうだ」


 不機嫌そうな睦月の声に衿香は慌てて振り返る。

 すっかり雅の事を失念していた。


「私、貴島さんを呼んできます」


 衿香が慌てて飛び出そうとすると、雅を抱きかかえた睦月が首を振った。


「いや。あの人をここに連れてきたら面倒な事になるから。信也。祥子さんを呼んできて」

「了解」


 風のように信也が消えた後、静寂がベランダを支配した。

 気まずい雰囲気の中、衿香は視線を彷徨わせていた。

 雅を抱き上げたままの睦月はじいっと衿香を見つめている。

 いや、見つめていると言うより睨んでいる。

 そのいつにない睦月の表情に、衿香はなぜか非常に居たたまれない気分になり口を開く。


「……えっと、雅先輩は大丈夫でしょうか?」

「……」

「……睦月先輩?」

「……朝霧ちゃんの心配より、自分の心配をしたら?」

「……」


 どうやら睦月は怒っているようだ、と衿香は判断した。

 でも何に?

 再び落ちる沈黙に衿香はベランダを飛び出していきたい誘惑とひたすら戦う。


 信也が出ていってどのくらい経ったのだろうか。

 衿香にとっては数時間にも感じる数分間だった。

 信也が戻ってきて、睦月から雅を受け取りベランダを出ていく。

 当然あとを追おうとした衿香だが、なぜか不満顔の睦月にベランダの入口を通せんぼされてしまった。


「通してください。睦月先輩」

「なんで一人で立ち向かったの?危険だって思わなかった?」


 腕組みをした睦月が入口のドア枠にもたれて、反対側の枠に忌々しいほど長い足をかけて衿香を睨んでいる。


「なんでって、仕方なかったでしょう。緊急事態だったんだから」

「仕方なくないね。他に方法があったはずだ。すぐそこに人がいるんだから、助けを呼びに行けばよかった」

「……だから男は」


 衿香は不機嫌な様子を隠そうともしない睦月に詰めよった。

 

「いいですか?状況を見てください。助ければそれで良いじゃないんですよ?騒ぎになれば雅先輩の立場はどうなります?何もなくても何かあったように言われるのは免れませんよ?」

「……それは」

「男と女の『助かる』はちがうんです。私が広間に助けを求めたら、雅先輩は助けられても、雅先輩の名誉は傷つけられてしまうんです」

「……」

「お分かりになったら、そこを通してください。いつまでもここにいる訳にはいきませんから」


 衿香を心配しての言葉だったのに、反対に衿香にやり込められてしまった睦月は不貞腐れた表情のまま、黙って彼女の言葉に従った。


「それでも僕は君が危険な目に合うのは許せない」


 ぽつりとつぶやいた睦月の言葉は、雅の元へと急ぐ衿香の耳には届かなかった。





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