ルームメイト登場
衿香の前に立つのは、3人の少女たち。
どの子もモデルのように綺麗だ。
つまり、花嫁候補ってことね。
衿香はその顔を頭の中にインプットする。
「返事をなさい。あなた、新入りね?知らなくても仕方ないかも知れないけど、睦月さまに近づけるのは睦月さまの親衛隊に入隊を許可された者だけなのよ。」
中心に立つ、一際背の高い少女が威圧的に言い放った。
「そんな規律があるとは存じませんでした。私のもらっている校則とはちがうものがあるようですね。ぜひ、教えていただきたいですわ、お姉さま。」
衿香はそう言い、花のような笑みを浮かべた。
背の高い少女は思わずといったように一歩退き、他の少女たちは顔を赤らめた。
「う、あ、そうね。それは追々教えてあげるわ。」
「ありがとうございます。お優しいお姉さま方。私、新入生の神田衿香と申します。どうぞよろしくご指導くださいませね。」
必死で動揺を隠そうとする少女たちに、止めのスマイルを投げかけて、衿香はその場を離れた。
イケメン抗略は苦手だが、女の子の攻略は女子校で育った衿香の得意技だ。
冷静さを取り戻した衿香は、口づけられた手の甲をバッグから取り出したウェットティッシュで拭った。
あんな事するなんて、信じられない。
顔が良ければ何をしても許されると思ってるのか。
イケメンなんて滅んでしまえ。
肌が赤くなるまでごしごし拭いて、衿香はやっと気を取り直した。
ほんとは消毒もしておきたいところだけど。
くるりと見回すとすぐそこにホテルのカウンターのようなものがあった。
衿香が近づいていくと、優しげな女性がにこにこ出迎えてくれた。
「新入生の神田さんね。」
衿香が口を開く前に彼女はカード型のルームキーをカウンターの上に乗せた。
「はい。よくご存じですね。」
「全生徒の顔と名前を頭に入れるのも、私たちの仕事なの。私はここの寮母をしている野沢麗華。寮の事で分からない事があったら、なんでも聞いてね。これが寮の規約よ。」
衿香はカウンターに置かれた冊子とルームキーを手にとった。
「部屋は二人部屋よ。ルームメイトと仲良くしてね。」
麗華に教えてもらった部屋に、衿香はルームキーを差し込んだ。
ピッと軽い電子音と共にかちゃりと解錠の音がする。
一応軽くノックをして、重厚なドアを開けた。
「!!衿香さん。」
「ふぐっ!?」
ドアを閉めた途端、突然タックルをかけられ、小柄な衿香の体が吹っ飛んだ。
さっき閉めたばかりのドアに頭を打ち付け、目の裏に火花が散る。
「ふあ~~~。すすすみません~~。大丈夫ですか~~?」
「あ~。だ大丈夫。(痛いけど。)相変わらずね~千世ちゃん。」
衿香は頭をさすりながら起き上った。
身に覚えのあるタックルで、相手が誰だかはすぐに分かった。
彼女の前に立つ少女の名は亀田千世。
出身校はちがうが、父親のパーティーで知り合い仲良くしていた、衿香が心を許せる存在である。
ルームメイトが千世ちゃんでよかった~。
イケメン嫌いの衿香にとって、寮は心のオアシスでなくてはならないのだ。
もし、ルームメイトがライバル心むき出しの子だったら。
もちろん懐柔する自信はあるが、色々気を使うのは必至である。
衿香はすっかり片付いている千世のリビングスペースへお邪魔していた。
聞けば、もう一週間も前に入寮したらしい。
まったく、入学式の前日に入寮なんて私くらいなものよね。
それもこれもあの狸お・・いえお父様のせいなんだから。
衿香は千世の入れてくれた紅茶を飲みながら、胡散臭い父の笑顔を想い浮かべていた。
「衿香さんが一緒でうれしいです~~。」
千世は紅茶のカップを手に包みうれしそうに微笑んだ。
小柄な衿香に対して千世は長身である。
しかも付くところにはしっかり肉の付いた、女性には羨ましいダイナマイトな体形だ。
なのに性格は優しすぎるほど優しくて、いつも衿香の陰に隠れているような女の子。
物理的には無理があるけれど・・・。
「千世ちゃんも花嫁候補の話、知ってて来たの?」
千世の性格から無理があるような気がして、衿香は尋ねた。
「・・・私、知らなかったんです~~~。私には花嫁なんて無理です~~。」
千世は体を目一杯縮めて涙ぐんだ。
黙ってくちびるに微笑みを浮かべていたら妖艶な美女なのに。
惜しい!!千世ちゃん!!
ふ、とカップの中にため息を落とす衿香だった。