イケメン嫌いの理由1
更新を再開します。
更新がないにも関わらず読んでくださった皆さま、ありがとうございます。
イケメン嫌いの理由を書くにあたってR15を指定させていただきました。
あくまで保険的なものですが、苦手かなと思う方は回避をお願いいたします。
久しぶりの実家である。
庭のテーブルにお茶の用意をしてもらい、衿香は新緑の間から洩れる柔らかい日の光を楽しんでいた。
新しい環境での寮生活。
四六時中、人の目がある生活は賑やかで楽しい一面、ひどく神経を使う。
人づきあいが得意だと自認する衿香も、実家に帰ってやっと自分が気を張り詰めていたという事実に気がついたのだった。
失敗続きだったしね~。
用意してもらったチョコレート菓子をしみじみと見つめ、衿香はため息をついた。
宝石のようなそれは、睦月に贈って大失敗だった物と同じ物だ。
上品に口に運び、その繊細かつ濃厚な味を楽しむ。
あの時は味なんて分からなかったけど、もったいない事をした。
気がついた時には自室のベッドの上で、その後あのチョコがどうなったかわからない。
なぜ、睦月がそこまで自分に執着するのか、衿香には想像がつかない。
衿香の何かが気に入っているという事は分かるのだが、あくまで悪ふざけの対象として見られているとしか思えない。
もちろん、好意を持たれているなどとは微塵も思わない。
実はそれは衿香自身が無意識に避けている事なのだが、そのことにすら気付いていない。
どうしたものか。
柔らかい日差しを浴びながら、衿香はゆっくりと紅茶を飲みほした。
その時。
「お?衿香か?」
衿香の耳に、懐かしい声が届いた。
途端に、柔らかかった彼女の表情がするすると引き締まっていく。
持っていたカップをそっとテーブルに戻し、衿香は立ちあがった。
そして、テラスの向こうからこちらを見ている人物に視線を向けた。
「お久しぶりね。お兄様」
衿香の口から出た声は、自分でも驚くほど冷たく抑揚のないものだった。
「そうだな。元気でやってるか?」
テラスから庭に下りてきた兄は、衿香が最後に見た時より随分大人になっていた。
最後に会ったのは、兄が大学へ進むため家を出た三年前の春だ。
さらりと身につけた仕立ての良い白いシャツ、後ろに軽く撫でつけた黒髪。
大学生と言うより、社会人と言う方がしっくりくる落ち着いた雰囲気だ。
わざわざ下りてこなくてもいいのに。
衿香は心の中で舌打ちをするが、表情は一ミリも動かさない。
「元気です。お兄様は今日は何を?」
「ああ、ちょっと本を取りに」
「あれえ?衿香ちゃんちがう?」
突然、乱入した第三者の声に衿香は耳を疑った。
「……貴島さん?」
「やっぱり~。神田っていうからまさかとは思ってたけど、綾人さんの妹さんやったんか」
兄、綾人の後ろからひょっこり現れたのは、学園の前生徒会会計、貴島晴可だった。
「衿香を知ってるのか?」
驚いた綾人の問いに、晴可はへらりと笑い返す。
「ええ。自分、学園の高等部で生徒会をしてて、先日久しぶりに顔を出したらそこで妹さんに会ったんです。凄い偶然やなあ。綾人さんの妹さんなんて」
「……学園?」
綾人の眉間に深いしわが寄る。
それを見て見ぬふりをして、衿香は晴可に問いかけた。
「貴島さんは兄とはどういうお知り合いですか?」
「ああ、お兄さんとは大学の経営サークルで知りあって、色々教えてもろてるんや。お兄さんはごっつ凄い経営センスを持ってるんやで?試験的に始めたベンチャービジネスでも大成功を収めてる。将来の経済界を背負って立つカリスマ社長間違いなしや」
にこにこと、まるで自分の自慢をするみたいに晴可は言った。
相当綾人に心酔している様子に、衿香は眉をひそめる。
「衿香?お前、女子校の高等部に進んだんじゃないのか?」
しばらく黙っていた綾人が顎に手を当て、険しい顔のまま衿香に尋ねた。
「お父様の勧めで高等部からは学園で寮生活を送っているわ」
「なんで、お前、学園と言ったら男女共学の……」
「くわしいことはお父様にお聞きになったら?」
それ以上話す事はないと、つんと顎を反らす衿香に綾人は苦笑を浮かべる。
「まあいい。ところで、衿香、お前もう稲……「聞かないわよ」」
綾人の言葉を強引に奪った衿香は、猛然と彼を睨みつけた。
「それ以上口にするなら、衿香は一生、お兄様とは口も利かないから!」
そう言い捨てて、衿香は風のように庭の奥へと走り去った。
「まだ無理か」
その背が庭木の向こうに見えなくなると、綾人はため息をついた。
「時間をとらせたな。行こう」
背後に控える晴可に声をかける。
妹とのいさかいを見られ気まずげな綾人に、晴可はいつもの調子で話しかけた。
「妹さん、可愛いですね~。学園の天使っちゅう噂ですわ。まあ身内としては、いらん虫が付きそうで心配やろけど」
「そうだな。親父は何を考えているのか、わからんな。全寮制の学園に妹を入れるなど。そもそも衿香の男嫌いを知らない訳でもないだろうに」
苦虫を噛み潰したような顔の綾人に晴可がのんびりと問いかける。
「へ~。衿香ちゃん、男嫌いなんですか~。そりゃあ大変だ」
「どういう意味だ?」
「どういう意味って。綾人さんご存知ないんですか?学園が高等部から主に女子生徒の外部入学を受け入れとる理由は、学園の男子生徒の花嫁探しのためなんですよ」
「は、花嫁だと!?」
「まあ、花嫁っちゅうのは極端やけど。中等部まで女っ気のほとんどない環境で育った野郎共に、女の子というものを慣れさせるためのものっていうのがほんまのとこかな」
「余計ひどいな」
「え?あれ?そうかな」
「つまり、女性経験のない奴らの遊び相手ってことだろうが。まだ本命探しの方がマシだ!」
「あ~。そうとも言うかも」
へらりと笑う晴可に綾人はため息をつく。
「まあお前を責めても仕方ないか」
「そういう事ですわ。ところで、衿香ちゃんの男嫌いの原因ってなんなんですか?」




