再度返り討ち
ある日の放課後、小ぶりの綺麗な箱を胸に弾むような足取りで生徒会室に向かう衿香の姿があった。
ふ、ふふ。今日こそは目的を達成してみせる!!
知らず知らずのうちに漏れる心の声に、廊下をすれ違う生徒が見てはいけない物を見たという顔をするが、高揚感に包まれた衿香は気付かない。
「おじゃましま~す」
衿香が生徒会室に入ると、中には敦志と雅を除く生徒会役員が揃っていた。
「いらっしゃい~。えりりん。久しぶりだね~」
つい十五分ほど前に教室で別れた夏目が両手を広げて突進してくるのを闘牛士さながら華麗にかわし、衿香はソファーでくつろぐ睦月の元に向かった。
「睦月先輩!」
「なあに?衿香ちゃん」
衿香はふわりとスカートの裾をひるがえし、すとんと睦月の隣に腰掛ける。
いつになく積極的な衿香に、睦月が微かに体を引く。
よしよし。効いてる。
衿香は睦月の反応を無視して更に体を近付ける。
次は必殺上目使い!
ぐぐっと下から睦月を見上げて衿香は手にした箱を睦月に差しだした。
何日も鏡に向かって練習した、必殺上目使いだ。
「睦月先輩、もうすぐお誕生日なんですね。これ、プレゼントです」
「え?プレゼント?」
そう、プレゼントなのですよ~。
しかも中身はチョコレートケーキ。
ここ数日衿香は、睦月が冷たい態度をとる女子の行動について観察を重ねていた。
その結果、三つのキーワードが浮かび上がった。
必要以上の接近、媚び、プレゼントである。
普通に話している分には柔らかい態度を崩さない睦月なのだが、相手の視線が媚を含んだものになると途端に冷たい空気が辺りを漂う事になる。
中でも悲惨だったのは手作りクッキーを持参した女の子だった。
その光景は思い出すのも涙なしではいられない。
どうしてそこまでという位、手酷い拒絶に彼女は一週間ほど寝込んだと聞く。
きっととんでもない物を入れられた過去のトラウマがあるのではないだろうか。
そう考えてしまうほどの仕打ちだった。
だからこその食べ物プレゼント。
本当は手作りにしたかったが、自分の実力はよおく知っているのでわざわざ実家に取り寄せてもらった高級菓子。
ふふふ。さあ、睦月先輩、思いっきり引いてください~~~。
衿香は内心を悟られないように、思いっきり目を見開き長いまつげを強調するように大きく瞬きをする。
「先輩、チョコレートケーキはお好きですか?幻のチョコレート菓子職人の作った物なんです」
そう言って睦月の胸にぐいぐい小箱を押し付ける衿香。
衿香は気付いていないが、睦月が手を伸ばせば難なく抱き寄せられる距離だ。
「ええええりり~ん……?」
夏目が情けない声を出す。
しばらく無表情で衿香を見下ろしていた睦月は、黙ってプレゼントを受け取った。
さあ!出入り禁止を言い渡しちゃってちょうだい!!
期待を込めた目で睦月を見つめる衿香。
いつになく固い表情の睦月。
「む、睦月?」
信也が恐る恐る声をかける。
その声に睦月がようやく口を開いた。
「……衿香ちゃん」
「はい!」
「ありがとう」
「はい、え?」
礼を言われ、衿香は固まった。
あれ?なに?
「うれしいな~。衿香ちゃんがわざわざ僕のために用意してくれたんだ~」
先程までの無表情から一転、満面の笑顔で包みを開く睦月。
「先輩?あれ?」
「わ~。美味しそうだねえ。でも僕、残念ながら甘いものは得意じゃないんだ」
そう言った睦月は固まる衿香の目を見てにっこり微笑んだ。
「だから、衿香ちゃん、僕の代わりに食べて?」
箱の中に並んだ宝石のように美しく飾られた一口大のチョコレートケーキを睦月は指でつまむと、ぽかんと開いたままの衿香の口にそれを突っ込んだ。
「!!!!!?」
勢い余って睦月の指まで衿香の口の中に侵入する。
口の中の異物感に衿香は思わずむせた。
「あは、ごめんごめん」
と軽く言いつつ、睦月はその指をぺろりと舐めた。
「!!!!?」
「うん。甘いね」
その蕩けるような笑顔にさーっと青褪める衿香。
チョコレートの味など全くわからない。
反射的に体を引こうとしたが、いつの間にか背後に回されていた睦月の腕にそれを阻まれる。
「!?」
「はい、もう一個どう?」
にっこり笑顔でチョコレートケーキをつまむ睦月の背中に悪魔の尻尾がはっきりと見えた気がする。
そそそその指、さっきさっき舐めてなかった!!!!!?
衿香の頭に一気に血が上る。
漫画ならぷしゅーと頭から湯気が出ているはずだ。
なんで?
接近、プレゼント、上目使い。
何が間違ってたの!!!?
完全に追い詰められ気を失う衿香の目に最後に映ったのは、満面の笑みを浮かべる睦月と鼻先に突きつけられたチョコレートケーキだった。
「あ~~。撃沈~」
傍ではらはらしながら見守っていた夏目がつぶやく。
「えりりんってば、何しに来たのかな~」
くったりと力を失った衿香の体を支えながら、睦月が妖艶な笑みを浮かべた。
「可愛らしい逆襲だったね」
そう言って手にしたチョコレートケーキを自分の口に放り込む。
「あま」
僕はチョコレートよりもっと甘いものが欲しいんだけどね。
睦月は衿香が見ていたら悶え死にそうな笑みを浮かべ、腕の中の柔らかい少女の体をそっと抱きしめる。
それを黙って見ていた信也と夏目がぽつりとつぶやいた。
「飛んで火に入る夏の虫」
「えりりんのばか……」




