中庭にて
「ねえ、睦月、気が付いてる?」
信也が隣のベンチに座る睦月に尋ねた。
昼休みと放課後のそれぞれ三十分間、睦月と信也は中庭の日の当たるベンチに現れる。
通称ふれあいタイム。
彼らに憧れる女子生徒が彼らに接近できる貴重な時間。
今日も花に群がる蝶のように、彼らの周りには幾人もの女子生徒がたたずんでいた。
この場では争い事は厳禁。
それを破れば出入り禁止になるという厳しい決まりがある。
彼女たちは、今日もいかに王子様の気を引くか、静かにかつ優雅に水面下で火花を散らしていた。
「うん?もちろん」
隣に座る栄誉を勝ち取った女子生徒の話に微笑みを返しながら、睦月は信也に答えて視線を飛ばす。
睦月の視線の先、少し離れたところにある木の陰に隠れる少女。
もちろん睦月が気付かない訳がない。
「じゃあ、みんな。今日はこの辺で解散しようか」
時間を見計らい、睦月が立ちあがる。
みな名残惜しそうな顔をするが、それを口にする者はいない。
明日になればまた会えるのだ。
彼らの機嫌を損なって、その機会を永遠に失くすわけにはいかない。
「あの、睦月さま」
ところが睦月の隣に座っていた少女は勘違いをしていた。
自分だけに向けられた甘い微笑みに、自分だけは特別なのだと思い込んでしまったのだ。
「ん?」
彼女に向けられた睦月の視線が幾分冷たくなったのに、舞い上がった少女は気付かない。
「あの、あの。もうすぐ睦月さまのお誕生日ですよね。私、何か贈り物をしたいのですが」
恥じらいに頬を染める少女は、もちろん際立った美少女だ。
欲しいと思ったものは全て手に入れてきた彼女は、当然、睦月も手に入れる自信があった。
直に話す機会さえあれば、必ず睦月は自分を見染めるはずだ。
彼女は必殺のうるうる上目使いで睦月の顔をじいっと見つめ、更には彼に触れようと手を伸ばした。
「花音」
睦月が静かに体を引き、彼の親衛隊長の名を呼ぶ。
その声は限りなく静かなのに、なぜか聞く者の体に鳥肌が立った。
「はい。睦月さま」
花音が周りの生徒に目配せすると、数人の女子生徒が睦月の前から少女を引き離した。
「ちょっ!?やめて。邪魔しないで頂戴」
あっという間に少女は中庭から連れ出されていった。
「彼女は出禁でよろしいでしょうか」
「うん。そうだね。場を乱す者はここには相応しくないね」
何事もなかったように睦月は周囲に甘く微笑んで中庭をあとにした。
***
「ふんふん。個人的な贈り物は拒否と。あと上目使いも気に入らない。ボディタッチはアウトか」
少女たちが去った中庭にメモをとる衿香の姿があった。
先日、睦月を遠ざけるために行ったボタンつけ作戦で見事返り討ちにあった衿香は、ここ数日、彼を観察、正確には彼に言い寄って撃退される女の子を観察していたのだ。
「すっごく嫌そうな顔だったわね~。早く私もあんな顔してもらわなくっちゃ」
メモ帳をパタンと閉じて衿香は弾むような足取りで校舎へと戻って行った。
***
「行動がめちゃくちゃ可愛くない?」
衿香が去った中庭に、再度現れた睦月と信也。
もちろん、衿香の考えなどお見通しである。
「僕に嫌われたいなんて考える女の子、初めて会ったよ」
満足げに笑う睦月に信也は苦い笑みを返す。
「本気なの?睦月」
「ん~?どうかな。そう言う信也は?僕が捕まえちゃっても問題ない?」
「……可愛いとは思うし、賢いのがいいね。でも恋愛対象に見れるかって聞かれるとちょっとちがうかな」
「少し似てるよね」
「え?」
「星宮姫に」
「……」
「超ド級の美少女なのに、妙に残念なとことか」
「……そう、かな」
信也は青い空に視線を飛ばす。
この空のどこかに元気でいるであろう、星宮姫の面影が脳裏に浮かぶ。
その横顔がいつになく甘い事を知っているのは、睦月だけだった。




