夏目の提案
「失礼し……!!!」
雅の声は晴可の熱い抱擁に遮られてしまった。
「雅ちゃーん。久しぶり~。」
「むぐぐ……。」
衿香の目が点になる。
が、他のメンバーはやれやれといった風に生温かい視線を送るのみ。
「なんだ。また来てたのか。相変わらず暑っ苦しい奴だな。」
そんな二人を嫌そうな目で見て、室内に入ってきたのは木田だった。
「?」
衿香は首をかしげた。
木田は、目の前で朝霧先輩が貴島さんに抱きしめられているというのにスルーした。
という事は、朝霧先輩の婚約者は貴島さんという事だ。
じゃあ、この木田という男はどういう立ち位置なんだろう。
「そうだ~。じゃあさ~えりりんを生徒会取材担当にしてくれたら、書記になってもいいよ~。」
衿香の思考を断ち切るように、夏目がのんびりと言った。
「え?なんて?夏目くん?」
衿香が目をぱちぱちさせた。
生徒会取材担当?何の事?
「ああ。それもいいね。早速城ヶ崎に申し入れてみるよ。」
「ちょっと、待ってください。私にも分かるように説明してください。」
「ん?つまり、生徒会は衿香ちゃん以外からの取材は受け付けないということだよ。」
「え?えっと、私、まだ新聞部に入るつもりは……。」
「なあにバカな事、言ってんだよ。そんな訳のわからない女を生徒会室に出入りさせるなんて、言語道断だ。俺は反対だぜ。」
睦月と衿香の会話に強引に割り込んだのは、難しい顔をした木田だった。
「なんで?僕は問題ないと思うけど。」
睦月が他の生徒会メンバーに視線を飛ばすと、彼らも一様に頷いた。
「異論ありません。」
「エンジェルちゃん、大歓迎だよ~。」
「えりりんのいない生徒会なんて、絶対来ないからね!」
「お前ら……。」
木田がぎろりと彼らを睨む。
部屋の空気が一気に冷たくなる。
「こいつの何に騙されてやがるんだ?こいつは花嫁候補だろうが。俺たちに取り入って、俺たちの隣にいる事でステイタスを感じるようなバカ女と何がちがうって言うんだ?」
なんか、凄く失礼な事を言われた気がする。
衿香は一瞬目を瞑った。
花嫁候補。取り入る。バカ女。
それは自分だけに吐かれた言葉ではない。
外部入学した女子全てに吐かれた暴言だ。
衿香は大きく息を吸った。
言い返そうとしたその時。
「衿香ちゃんの事を何も知らないのに、侮辱するのは許さないよ。祐真。」
絶対零度の声がした。睦月だ。
でもこんな会長の声、聞いたことがない。
衿香は声と同様、氷のように冷たい睦月の顔を凝視した。
「そうですよ。神田さんは僕たちに対して、非常に節度ある態度をとっていますよ。」
真田の声に、衿香は視線を移す。
彼はいつもの温和な顔に、見たことのない厳しさを浮かべていた。
「むしろ、不埒な態度の睦月に迷惑しているのは、彼女の方です。」
「信也……?」
睦月を応援しているような貶しているような発言に、睦月の顔が引きつる。
「そおっすよ、木田先輩。えりりんはどっちかって言うと男よりも女をたらしこむ天才なんですから。」
「どういう意味よ、夏目くん。」
さすがに夏目の発言は放っておけない。
「エンジェルちゃんのカリスマっぷりは二年にも聞こえてるよ~。女子にしか向けられないその笑顔をどうにか見ようと、みんな躍起になってるんだから。」
とどめの台詞を敦志に吐かれ、衿香は絶句した。
容姿だけを讃えられるのには慣れている。
反対に容易に落ちない態度を貶されるのにも慣れている。
そして、それと戦う術も衿香は知っている。
けれど、手放しに衿香自身の中身を褒める言葉に、どう対処すればいいのだろうか。
ただ途方に暮れる衿香だった。