ちょっと寄り道4
「あの、学園の方ではないですね?」
衿香の問いに男は自分の服装を見下ろす。
白いぱりっとしたシャツに黒っぽいジャケット。
学園の制服ではない。
「うん。卒業生や。今は大学部に通ってる。」
「はあ、そうでしたか。」
「ちょっと用事で通りかかったら、どう見ても多勢に無勢やん?いざとなったら助けに入ろと思って見てたけど、必要なかったな。それにしても痛快な演説やったなあ。女の子がデータに弱いって分かっててやってたん?」
男が衿香に近づく。
さらりと茶色っぽい髪が風になびく。
かなりのイケメンだが丸っこい眼鏡がそれをほどよく緩和している。
「あれ?」
男が足を止めた。
首をかしげ、目に見えない何かを探るような仕草をした。
「?」
「君、睦月と知り合い?」
「は?生徒会長とですか?知り合い、と言うか、私は新聞部なのでこれから生徒会室に取材に行く途中ですが。」
「新聞?ふーん。じゃあ一緒に行こか?俺も生徒会室に用事があるで。」
「はあ?なぜ知らない人と……「久しぶりの高等部ですっかり生徒会室の場所、忘れてしもたわ。悪いけど案内してくれる?」」
男は衿香に貴島晴可と名乗った。
前年度の生徒会会計だったとも。
「……それで新聞部に入ったって訳か。鬼ごっことは、睦月も思い切った事したなあ。」
晴可は睦月の甘え顔を思い浮かべる。
あの顔の下に隠れている策士の顔も。
「大変な目に合いました。と言うか現在進行形で合ってますけど。」
淡々とした調子で答える後輩はまっすぐ前を向き、晴可の方を見ようともしない。
なかなか面白い子やな。
華奢な体つきに人形のような可憐な顔立ち。
おそらく学園でも極上の部類に入る美少女。
晴可の脳裏に去年、学園をひっ掻きまわして去って行った美少女の姿が浮かぶ。
でも姫ちゃんほど出来あがってないと言うか、まだまだ未完成と言うか。
こっそり高等部に忍び込んだ晴可は、人気のないコースを選んで生徒会室を目指していた。
だから数人の少女が最も人気のない裏庭に移動していくのを見た時、内心めんどくさいなと思っていた。
彼女たちの纏う独特の雰囲気から、それが親衛隊の制裁だとすぐに分かった。
晴可が姿を見せれば、すぐ解散になるのは分かっている。
けれど、不法侵入中の今、騒ぎを起こすのは本意ではない。
と言って、かつて自身の不注意で最愛の彼女に親衛隊の制裁を受けさせてしまった苦い経験のある晴可はその状況を見過ごす事が出来なかった。
そういう訳で彼はこっそり木の上に移動して一部始終を見守る事にしたのだ。
まったくもって見事と言うしかなかった。
荒事になったら出て行こうと思っていた晴可は、弾むような足取りで去っていく親衛隊員たちを見送りながら感心していた。
相手の心を掴む表情、話術。
制裁を切り抜けるどころか、最後には全員を信奉者に変えてしまった少女。
カリスマ経営者も真っ青な手腕や。
将来が楽しみな子やな。
まったく晴可の容貌に目を奪われないところも好感を持てる。
生徒会室までの道のりはあっという間だった。
衿香がドアをノックする。
が、なぜかドアノブに触れようとしない。
「?」
晴可が不審に思いながらもドアを開ける。
グイっと内側から開けられるドア。
「うわっ!?なに!?睦月…!?」
満面の笑みを浮かべ腕を広げる睦月に、晴可は驚愕の悲鳴を上げた。