生徒会室に行こう3
「遅れてすみません。朝霧です。」
雅は後輩の衿香に向かって丁寧に頭を下げた。
一瞬遅れて衿香も立ちあがり、頭を下げる。
「いえ。こちらこそ、貴重なお時間をありがとうございます。1年の神田衿香です。よろしくお願いします。」
衿香の斜め向かいに腰を下ろした雅は、一瞬驚いたような顔で衿香を見た後、落ち着かないように視線を彷徨わせた。
初対面の人間にはよくそういう態度をとられる衿香は、気にせず雅を観察する。
普通の人だな。
ほんの少し固い表情。
肩のあたりで揺れる髪。
凛としたたたずまいは、ストイックな印象を受ける。
婚約者がいるという事は、この学園では勝ち組という事だ。
しかもその婚約者は、生徒会役員がかなり気を使わなくてはならないほどの力を持つ者。
この人にどこにそんな魅力があるんだろう。
雅の表情を探るように、衿香はインタビューを始めた。
「では、早速ですが、質問です。趣味、特技ですが差し支えのない範囲で教えてください。」
「趣味は、読書です。基本的に一人で過ごすのが好きなので。特技はこれと言って・・・。」
「読書ですか?私も趣味は読書なんです。朝霧先輩はどんな本をお読みですか?」
「え・・と。今読んでいるのは、*****よ。」
「私も読みました。じゃあ、△△△△なんかはお好きですか?」
不思議なほど衿香と雅の本の好みは似ていて、思わず読書談義に花が咲いた。
だからという訳ではないが、いつの間にか入室していた彼の存在に気付くのが遅くなった。
「なんだ?このちび。」
突然、背後から聞こえた声に衿香が固まる。
ちび?
私のこと?
そおっと振りかえった衿香の目に、新たなイケメンの姿が映った。
なんだろう。嫌な感じ。
知らず知らず、衿香の眉間にしわが寄る。
基本的にこの学園の男子生徒は女子生徒、特に花嫁候補にはあまり好意的ではない。
けれどこの男子生徒からは、はっきりとした悪意を感じる。
「失礼ですよ。木田先輩。」
雅の声がする。
先輩?
最高学年の朝霧先輩が先輩と呼ぶ、木田という男。
何者?
「ああん?先輩はやめろっつってるだろ。雅。」
まさか、この人が朝霧先輩の婚約者?
衿香の頭が事態を解明しようと忙しく働く。
「うっ。じゃあ、私にしゃべりかけないでください。」
「お前に話しかけた訳じゃねえよ。このちびっこはなんだって聞いてるんだ。」
「ちびっこって、私の事ですか?」
衿香は立ちあがった。
「そうだ。生徒会室にどうやって入りこんだ?睦月、お前が許したのか?」
「彼女は新聞部員だよ。取材の許可は出してある。」
「新聞部~?」
木田の険のある表情が更に険しくなる。
「新聞部が雅に何の用だ?まさか性懲りもなく新聞に雅を載せようってんじゃないだろうな。」
「……部長はそのつもりのようですが?」
「ざけるな。雅の取材は何度も断ってるだろうが。」
この人、何者?
衿香は首をかしげた。
生徒会のメンバーではないはず。
名簿でも見た覚えがない。
でもここでの発言権は誰よりも高そうだ。
「私は部長に指示されてこちらに来ているだけですから詳しい事情はわかりませんが、どうやら双方、意思の疎通を欠いているようですね。私は1年の神田衿香と言います。お名前をうかがってもよろしいですか?」
「俺は3年の木田祐真だ。城ヶ崎に言っとけ。雅の事を新聞に載せるのは絶対許さねえって。」
「分かりました。伝えます。」
殺伐とした雰囲気の中、衿香は不意に花のような笑みを浮かべた。
誰もを魅了する微笑み。
だが、その目は一ミリも笑っていない。
「では、生徒会庶務という公的地位にある朝霧先輩の事を、学園の広報誌とも言える新聞に載せてはいけない理由を、新入生の私にも分かるように教えていただけないでしょうか。木田先輩?」
「・・・なんだ?ちび。」
「それから、私の名前は神田です。ちびではありません。訂正していただけませんか?」
「生意気な女だな。お前に説明する必要はない。城ヶ崎は全部分かってる。」
「部長の認識と、木田さんの言う分かっている事は、必ずしも一致していないのでは?だから、私がここにいるんじゃないですか?」
「まあまあ。そのくらいで。衿香ちゃん、祐真には僕からちゃんと話すから。ごめんね。今日はこの辺で終わりにしてくれないかな?」
ヒートアップしそうな二人の間に睦月が割り込んだ。
いつの間にか雅も衿香の後ろに寄り添っている。
「ごめんね。私のせいで嫌な思いをさせちゃって。」
申し訳なさそうに謝る雅に衿香はにっこり微笑んだ。
「いいえ。朝霧先輩はぜっんぜん悪くありませんから。気にしないでください。」
悪いのは木田だから、と心の中で付け足す。
「じゃあまた面白い本を見つけたら教えてください。今日は楽しかったです。ありがとうございました。」
雅にぺこりと頭を下げ、睦月と真田に礼を言う。
最後に木田をひと睨みして、衿香は生徒会室をあとにした。
嫌な人にあった。
木田祐真。
衿香は頭の中に一旦書きこんだ名前を、真っ黒な墨で何度も塗りつぶした。