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はとカレ(祭り作)  作者: インジ=ハシ=ユチイ
おまけ
4/4

地磁気よりも強く……

例によって救済措置ってことで多少のゴツゴウはあります、かも?

 俺は間違いなく死んだ……

 王鳥が還るのを阻止しようと暴れる猛禽どもの脚爪に身を裂かれた。生暖かい血が伝い落ち、体の芯から硬直するような死の冷えが広がってゆくのを確かに感じた。

 だから、今の俺の姿はカリソメのものなのかもしれない。

 それでもいい、チカと一緒にいられるのなら……


 大空を叩いていた風切り羽を収めて、ビルの屋上に降り立ったその鳩はくわえていた菓子パンの袋を足元に置いた。飛び切り優しい声で転がっているダンボールに声をかける

「チカ」

 そこから這い出してきた少女の体はヴィーヴの胸までしかない。衣服の替わりにぼろ布をそれっぽく巻きつけているだけという憐れな姿である。

 王鳥の帰界とともにもとの世界へと還された彼女ではあるが、なぜかその体は縮んでいた。いや、周りの世界がでかいだけかもしれない。

 彼女が言うにはここは元の世界とは僅かにずれているらしい。なぜならこの世界の人間は鶏ではなく、鳩を食う……

「またこんなものを! 人間に捕まったらどうするの」

 かさりと鳴る薄いビニール袋にチカが顔をしかめる。

 ヴィーヴィはくちばしを軽く上げて全身の羽毛を震わせた。

「じゃあ食べるのやめれば?」

「そうじゃなくて、木の実とか取ってきてくれれば……」

「ふん、生米ぐらいで腹を下すくせに?」

 人間は鳥類とは随分違う。

「虫は食べられないとか、草の葉だってあれは食べられるの、これは食べられないの、本当に面倒くさいよね」

 うそだ。心底からそう思っているのなら、とっくの昔に見捨てている。

「さっさと食べちゃって出発するよ。この町もそろそろやばい」

 野生鳩は随分と高級な食材らしく、どこへ行ってもヴィーヴィは目を付けられる。知性を持つ彼が人間どもの仕掛けるちゃちな罠に引っかかるわけなどないが、住処を突き止められたりしたらチカの身に危険が及ぶだろう。

 それに、彼には目論見があった。

 こことは違う異界へ渡る術……その体感を得たヴィーヴィには解っている。一度ならず二度も境を渡った彼女はもっと実感していることだろう。

……『異界』は数限りなく重なっている。チカが王鳥の代償として召還されたように、その境を越える条件はどこかに存在しているのだ。

 それを探してチカと旅を続けているのだが、鳩は人を乗せるようには出来ていない。そして小さな彼女も本来空を飛ぶ生き物ではないのだから、上空の寒さと空気の薄さに長時間晒すわけにいかない。

 旅は遅々として進まないが、それでも手がかりとなりそうな神殿の目星はついている。

「ねえチカ? 俺は出来れば、君や俺がもと居た世界じゃなくて……」

 振り向いたヴィーヴィは鳩目をくるっとまわして絶句した。

 大きすぎるパンの袋相手に苦戦する彼女は足で袋の縁を踏みつけ、両手を精一杯に突っ張って切れ目を開こうともがいている。申し訳程度に巻きつけたぼろの裾は乱れ、真っ白な太ももがのぞいていた。

鳥と人ではあまりに違いすぎる。卵すら為さないその行為を望むのはあまりにも無意味だろう。それでも、もし望めば『恋人』であるチカは、あの柔らかそうな白のその奥を?

 ヴィーヴィの全身の羽毛がわさわさと音を立てて小さく逆立つ。

「ほんっとうに世話が焼けるよね! ああ、俺は何でこんな女……好きなんだろ」

 小さな恋人のためにくちばしでビニールを裂くと、閉じ込められていた香ばしい匂いがふわっと広がった。

「ありがと、ヴィーヴィ」

 最近やっと正しく発音できるようになった呼ばれ方が少しくすぐったい。

「感謝しているんなら、自分のことぐらい自分で出来るようになってよ」

……また嘘をつくのか、俺は……

 そんなことになったらきっと捨てられる。彼女の愛は頼りになる『男』に向けられたもので、本来自分よりちっぽけなはずの異種族などをわざわざ恋人に選ぶわけはない。

(ま、俺はそれでも好きなんだけどね)

 彼女は両腕の肘までをキツネ色にこげた表面に埋めて、ひとかけらをちぎり取ろうと足を踏ん張っている。力を込めて突きさげた臀部が右に左に揺れていた。

(いくら異種族だって言ってもさあ、もう少し『オトコ』だって意識してくれてもいいじゃん?)

 広がりそうになる尾羽を隠そうと、ヴィーヴィは冷え切ったコンクリートの上に腹を下ろした。風を孕むほど膨らませた胸羽の中にきゅうっと首をすくめこんで目を細める。

(きっと、解ってくれないだろうな)

 無防備な求愛までしておきながら今更ではあるが、人と鳥では病原となる菌種も違う。チカに触れても良いように砂浴びと水浴びには気を使っているが、いくら四苦八苦していても彼女が直接口へ入れる食物に直で触れるわけにはいかない。この世界の人間から見れば小さな彼女は『異種族』だ。万が一のことがあっても医者にすら見せてはやれないのだから。

 彼女と一緒に居ようとすれば、制約と我慢が多すぎる……それでもヴィーヴィはこの先もチカと共に在り続けることだけを強く願っていた。

「……ヴィーヴィ」

 甘い呼びかけにパッチリと目を開いて瞳をくりっとまわせば、チカが自分で食べるにはあまりにも大きすぎるひとかけらを抱えてふらふらしながら立っている。

「食べて」

「先に食べなよ。俺は残りをもらうからさ」

「でも今はヴィーヴィの方が体が大きいんだし、私なんかいつも背中にしがみついているのが精一杯で、一生懸命飛んでくれるのはヴィーヴィだし……」

「バカにしてる? こ~んなちっぽけな生き物、俺にとっちゃあ羽に蚤がついたぐらいにしか感じないよ」

「……うん」

「いいからそれ、さっさと下ろしなよ。腕でも折れたらどうすんのさ」

 チカは素直にその言葉に従った。少しうなだれた肩がいじましい。

「ねえ、ヴィーヴィ。私、このままこの世界に居てもいいよ」

「俺を人間に食わせたいの?」

「そうじゃなくて、もし異界に渡る途中で離れるようなことがあったら、私……」

 ヴィーヴィがたまらずにぶるっと体を震うと、幾枚かの下羽がふわりと風にのった。

「あのさあ、チカ?」

 小さく頼りない背中にそっと額をつけ、今一度目を閉じる。

……ああ、感じる……

 生まれ持った生体磁石が間違いなく指し示す自分が帰るべき場所を。死界に呼ばれたあの瞬間、地磁気よりくっきりと強い力で自分を引きつけたこの存在……

「鳩の帰巣本能なめないでくれる? イヤだって言われても、俺は君のところに帰るよ?」

「ヴィーヴィ?」

「それに、どこかにあると思うよ、俺と、君とが幸せに暮らせる世界が、さ」

 その日までさまよい続けるのも悪くない。本能が指し示す『帰るべき場所』はここに間違いなくあるのだから。

「解ったらさっさと食べちゃって。蚤よりは重くなってくれないと、飛んでる途中で落としたんじゃないかって心配になるんだよね」

 額で軽くチカを押し出すその仕草は、言葉とは裏腹な優しさに満ち溢れたものであった。


その後、どうなるかって?

ぜひ皆様の妄想の中で幸せにしてやってください。


本当は設定のネタばらすのもずるいとは思うけど……妄想のヒントとして言うなら明らかにチカが縮小化、もしくはヴィーヴィが拡大化してるってことですよね。つまり異界を渡り歩くうちには……?

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