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蝋人形と王子様  作者: 太陽
第1部
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5:変の定義

 定期テストを間近にひかえた放課後、いつものように自習室に集まった六原稔と佐倉永遠子。

 稔は数学の問題集を解いていたのだが、永遠子は相も変わらず稔の斜め後ろの席に座って本を読んでいた。

 稔は振り返って、まばたき一つしないで本に目を落とす永遠子に目をやった。


「佐倉って、本当、本好きだよな」


 突然の問いかけに顔を上げると、ちょうど稔が永遠子の前の席に腰を下ろしているところだった。出会ってもうすぐ2ヶ月になろうというのに、この近い距離にはいまだに緊張してしまう。


「佐倉っていつもどんなの読んでるの?」


 永遠子は返答に困る。

 永遠子の読書遍歴は非常に雑多だ。一言で「どんな」本か説明するのは難しい。

 稔は、考え込む永遠子をじっくり観察する。

 1ヶ月前まではこの長い沈黙を、無視しているのかそれとも聞いていないのか、とどぎまぎしていたものだが、最近では考え込んでいる時の癖だと分かってきた。

 永遠子は、された質問には必ず答える。それも最大限誠実に答えようとする。そのせいで長く考え込むことになってしまい、無愛想だと勘違いされてしまうのだ。

 なかなか返事を返さない永遠子に、稔は、「はい」か「いいえ」や、一言で答えられる質問をすればよかったのだと思い当たった。


「太宰とか?」

「いいえ」

「漱石?」

「いいえ」

「じゃ、ドストエフスキーとか?」

「いいえ」


 稔は困った。稔は、本は年に数冊しか読まないので流行の本には詳しくなかった。


「あ、じゃあ、今読んでるのは、何って本?」

「hanahanaさんの『なみだ色』です」


 あまりに意外すぎる答えに、稔は10秒ほど思考が停止した。


「え?」

「hanahanaさんの『なみだ色』です」

「あ、ごめん。聞こえなかったわけじゃない。え、それってあれだよね?今話題沸騰中の携帯小説だよね?」

「はい」

「三角関係、二股、裏切り、援交、妊娠なんでもござれのベタベタネタを惜しげもなくこれでもかってくらい大判ふるいで、どろっどろのぐちゃぐちゃな話なのに、ラストがやたらと爽やかだと噂の、あれだよね」

「はい。それです」

「……へ、へえ。そんなの読むんだ」

「恋愛小説は好きなんです」

「へぇ……」

「特に、十代の恋愛を扱った少女小説が好きです」

「そうなんだ…」

「少女漫画も好きです」

「意外だ……」

「わたしも意外です」

「ん?」

「六原さんも、読んだのですか?『なみだ色』」

「いやいやいや、まさか!」

「そうなのですか?その割にはずいぶん詳しい内容説明でしたね」


 稔は思わず苦笑した。


「いや、姉さんが読んでたんだ」

「お姉さん……」

「ああ。姉さんは本は好きなんだけど、恋愛小説が大っ嫌いなんだ。でも、なんだかんだ文句言いながら実は一番恋愛小説を読んでいるんじゃないかな……。『なみだ色』のことも、”くだらねぇ!”とか、”こんなヤツいねえよ”とか、”展開が無理すぎる”とか、”こんなの私でも書ける!”とかぶつぶつ文句言いながら結局最後まで読んでたよ。いちいち声に出して突っ込んでたから嫌でも耳に入って覚えちゃったんだ」

「そうなんですか、お姉さんが……」

「そう。そんなに下らないなら読まなきゃいいのに”読まなきゃ正しく貶せないでしょ!”とか言って」

「じゃあ、六原さんはシスコンなんですね?」


 稔は再び固まった。10秒では足りず、きっちり30秒は固まった。

「じゃあ」の意味がまったく分からない。


「えぇ?ごめん。俺、何か誤解を与えるような言い方したかなぁ?」

「シスコンじゃないんですか?」

「違うよ!うちの姉に萌られる要素なんて皆無だよ!」

「そうなんですか……」

「そうだよ!」

「わたしにも兄が2人いるんですが」

「え、あ、そうなんだ」

「実は、わたしの兄もシスコンじゃないんですよ」

「…………」

「お互い、変わってますね」


 どんな意図があっての発言なのか、永遠子の無表情からは当然のごとく読み取れる訳もなく、稔はとりあえずしばし絶句することしかできなかった。


「え、ごめん。ちょっと確認させて?兄がシスコンなのは佐倉にとって”普通”なの?」

「はい。普通じゃないんですか?」

「普通じゃないよ!兄や弟と名の付く人間のうち、リアルにシスコンな人間なんてそうそういないし!シスコンの割合なんて、どんなに多く見積もってもせいぜい1、2割くらいだろ!」

「そうなんですか。わたしは8割くらいだと思ってました」

「は、8割……?」

「はい。わたしの読む少女小説や少女漫画に出てくる兄や弟は8割方シスコンです。だから、シスコンじゃないうちの兄は変わっているのだと思ってました」

「変わってないよ、それが普通!全然普通!」

「そうなんですか……」


 そう言って、ふと何か考え込むように、永遠子は目を伏せる。

 その間に、稔は予想外な会話に混乱していた気持ちを落ち着かせようと一度立ち上がって、伸びをした。


「あの」

「ん?」

「じゃあ、もしかして、兄同士がブラコンなのも普通なんでしょうか?」


 稔、本日4回目の思考停止。


「は?」

「うちの兄は一卵性双生児なのですが、2人はとても仲が良いのです」

「仲が良いって……どんなふうに?」

「兄と私の3人では、まともに一緒に遊んだり会話をしたりした記憶がない程度に仲が良いです」

「え、どういうこと?」

「3人で一緒にいると、必ず途中から兄同士でのじゃれあいが始まり、気づいたら2人とも私の前からいなくなってます」

「へぇ……」

「あ、でも、別に兄がわたしに冷たいというわけではありません。1対1の時は、2人ともとても優しくて目一杯甘やかしてくれるのですが、1人と話していると、必ずどこからともなくもう1人の兄がやってきて連れ去ってしまうので私はいつも置いてきぼりで……結局どちらの兄とも、まともに遊んだり話したりはできません」

「それは……」

「こんな兄は変っている思っていたんですが、もしかして、普通だったんでしょうか?」


 上目遣いにじっと見つめてくる永遠子を、稔は静かに見おろす。

 どうやら蝋人形の兄は、妹に負けず劣らずとてつもなく変な人種らしい。

 稔は、ふうと大きく息を吐くと、ゆっくり椅子に腰掛け、真顔で永遠子を見返した。


「佐倉、安心しろ。お前の兄貴は間違いなく、変だ」

「やっぱり」


 神妙そうに答える永遠子の口調がおかしくて、稔は思わず笑顔になる。


「それにしても、面白そうな兄貴だな」

「はい」

「ちょっと会ってみたいかも」

「わたしも、六原さんのお姉さんに会ってみたいです」

「姉さんに?うちのは平凡だよ」

「六原さんに似てますか?」

「いや、全然。顔も性格も似てないよ」

「………そうなんですか」

「………なんでちょっと残念そうな口調なんだよ」

「いえ………」

「まあ、本好きな佐倉とは気が合うかもしれないけど」

「そうですね」

「佐倉の兄貴は佐倉に似てるの?」

「似てません」

「即答?」

「まったく似ていないので」

「そうなんだ」

「そうです」

「やっぱ見てみたいなー」

「はい」


 *


 2人が互いの兄弟に出会う日は近い。

 その出会いを喜べるか後悔するかは……その時のおたのしみ。




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