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蝋人形と王子様  作者: 太陽
第1部
6/44

4:予想外な人

 いつものごとく生徒指導室となりの自習室へやってきた佐倉永遠子は、その入り口で仁王立ちをしている教師の姿に思わず立ちすくんだ。


「ん?なんだ佐倉。今日も自習室か?」

「……はい」

「精が出るなあ。いや、まったく他の生徒もお前を見習ってほしいよ」

「………はい」

「最近の生徒は、どいつもこいつも遊ぶこと楽することばっかり考えて」

「…………はい」

「その点お前は偉いなあ。学年首席でありながら絶えずこうして努力し続ける……

 なかなかできることではないぞ」

「……………はい」


 生徒指導部鬼教師権田雄平は頑張った。

 「はい」しか言わない蝋人形を相手に、とりあえず表面的には会話を約1分間も続けたのだから。たとえそこに意思の疎通がまったくなかったとしても。


「………………うん、入っていいぞ」

「はい」


 無駄な動き一つなく静かに教室に消えていく永遠子の後ろ姿を、権田教諭は苦笑いで見送った。ピシャリとドアが閉められたその瞬間、後ろから声をかけられた。


「あれ、権田センセイ?」

「ん?」


 振り返ると、学内好感度史上No.1の六原稔が、爽やかな笑顔いっぱいに近寄ってきた。


「ああ、六原か。お前も自習室か?」

「はい。”も”ってことは佐倉さんも来てるんですね?」

「ああ」


 そう言って権田は、はあと大きく溜息をついた。


「どうしたんですか?」

「いや、今ちょっと佐倉と話していたんだがな……彼女はどうも苦手でな」

「苦手、ですか?」

「いや、教師が生徒のことをそんな風に言ってはまずいんだろうけどな……。何を考えているのかさっぱり分からん」

「まあ……そうですね」

「こっちが話すばかりで、分かっているのか分かっていないのかも分からん。本気で人形に向かって話しかけている錯覚に陥りそうになる」

「まあ……そうですかね」

「そもそも、なんでうちの高校に来たのかも分からん」

「どうしてです?」

「佐倉の成績はお前も聞いたことはあるだろ?この前の模試は全道1位だ。それがなんでまたわざわざうちの高校に……」

「でも、うちだって偏差値は高い方ですよ。私立の中じゃ道内でも結構上位だし」

「だが、偏差値にしても進学率にしても有名大の合格率にしても、公立一高には敵わない!佐倉の頭なら、一高の首席だって夢じゃない。それに彼女の家からなら一高は通えない距離じゃない。普通なら一高へ行く。と言うか、俺が中学の担任だったら何がなんでも一高を受けさせる!」

「滑り止めだったんじゃないですか?何を隠そう、僕もそうですよ。本命は二高だったんですけど落ちちゃって。佐倉さんの場合、他校に落ちることは考えられませんけど、なんかの理由で当日公立を受けられなくてうちに来たとか、そういうことじゃないんですか?」

「違う!佐倉は我が北条院高校を単願だ!」

「単願!?」

 稔は意外な真実に思わず声が高まり、権田は神妙そうにうなずいた。

「さっぱり分からん……。部活関係で単願する生徒なら毎年何割かはいるが、どこの部活にも入らずああしてただ自習室に通う毎日。特別うちの高校でなければならなかった理由が見あたらん。両親が2人とも北条院出身だからか?いや、まさかな。謎だ……まったくもって謎だ……」

 鬼教師らしかぬ萎れた様子に、稔は内心苦笑した。


「ところで、権田センセイ。こんなところで何をしているんですか?」

「ん?ああ、そうだ。いやな、どうも最近放課後このあたりで騒いでる生徒がいるだろう。何度か勉強中のお前たちの邪魔をしてしまったこともあったし、なんとか犯人をとっつかまえて説教してやろうと思って、ここで見張ることにしたんだ」


 権田は白い歯をにかっと見せて暑苦しく微笑んだ。

 稔は「そうなんですか」とにこやかに答えながら、心の中では「余計なお世話だよ」とつっこんだ。


「でも、その犯人が今日来るかどうかは分かりませんよね」

「そうだ。だから最低1週間は見張ろうかと思ってる」


 権田は鼻息荒く意気込んだ。

 稔は「それは大変ですね」と感心そうに答えながら、心の中では「死ぬほどうぜぇーー!」と叫んだ。


「でも、センセイ。もうすぐ定期テストもあることですし、センセイもお忙しいんじゃないですが?」

「たしかにそうだが、これ以上、真面目に勉強しているお前たちの邪魔をさせるわけにはいかん」

「いえ、僕らのことは気にしなくても大丈夫です。僕はいつもイヤホンをしているので、実を言うと今までの騒ぎ声も一度も気になったことはないんですよ」

「そうなのか?」

「はい。佐倉さんも、いつも読書に熱中しているようで、外部の騒音なんかまったく耳に入ってなさそうですよ」

「うーん、まあ、確かにあいつはたとえ火災報知器が鳴っても眉一つ動かしそうにないな」

「そうですよ。もし他から何か苦情があったというのならともかく、僕らのためだというのなら、わざわざ権田センセイのお手を煩わす必要なんかこれっぽっちもありません。どうかお気になさらないで下さい」

「そうか?まあ、そこまで言うなら」


 こうして稔は、今日も鮮やかに権田をやりこめた。


 *


「やぁ」

 稔は教室最後列の真ん中に座っていた永遠子の前の席にかばんを置いた。

「こんにちは」

 2人が出会って約1月半、永遠子はようやく稔にまともな挨拶ができるようになっていた。

「参ったよ。権田に捕まっちゃって」

 稔は椅子を引くと、永遠子の机に肩肘を乗せる形で、横向きに椅子に腰を下ろした。

「そうですか」

「佐倉も権田と何か話したんだって?」

「はい」

「何話したの?」

「…………他の生徒にわたしを見習ってほしいそうです」

「うん」

「最近の生徒はなってないそうです」

「うん」

「わたしは努力していて偉いそうです」

「ぶっは」


 業務報告のような淡々とした口調に、稔は思わず大きく吹き出して慌てて口をふさいで笑いを堪えた。


「……っは。ホント面白いわ、佐倉って」


 言われたままを答えただけなのに、何が面白いのか分からず、永遠子はわずかに首を傾げた。

 そんな永遠子の疑問はよそに、なんとか笑いをおさめた稔は心底楽しそうな顔で永遠子の机に頬杖をついた。


「そう言えば、佐倉ってうちの高校単願だったんだって?」

「はい」

「なんで公立は受けなかったの?」

「私の家は、北条院高校のとなりなんです」

「え?」

「はい」

「もしかしてそれが理由?」

「はい」

「家から近いから?」

「はい」

「……っ!」


 再び稔は口を押さえ、今度は前屈みになって肩を震わせた。


「……変ですか?」


 稔は下を向いたまま片手をあげて、永遠子に向かった「待って」というように手をふった。

 2分ほど経って、ようやく稔は顔をあげた。


「ごめん。別に変じゃないけど意外だった。佐倉ってほんと予想外だわ」

「わたしにとっては、六原さんの方が予想外です」

「どこが?」

「わたしには六原さんの笑いのツボが分かりません」

「……っくっは…」


 そして稔は、三度お腹を抱えることになった。

 佐倉永遠子という存在そのものがツボにはまった稔にとっては、もう何を言われても面白くて仕方なかったのだ。


 *


 予想外な2人が、予想外な関係になる日は……もうそこまで来ている。

 かもしれない。



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