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蝋人形と王子様  作者: 太陽
第2部
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18:とっておきのもの(2)

「稔くん、飲み物は麦茶でよかったかな。あら?」


 飲み物を両手に顔をのぞかせた母は、立ったまま本棚の一角を見つめている稔に思わず首をかしげた。


「稔くん?どうしたの、そんなところに突っ立って」

「え、あっ、すみません!」


 稔は慌てて腰を下ろしたけれど、気もそぞろな様子で本棚の方を気にしている。

 母は飲み物を小テーブルに置くと、稔の視線をたどった。

 そしてそれに気づくと「あぁ」と言って微笑ましそうな表情を稔に向けた。


「見たい?」


 母の言葉に、稔は思わず体をこわばらせると目を泳がせて言いよどんだ。

 母は楽しげに微笑むと


「見ていいよ」


 と言って本棚からそれを取り出して稔の目の前に置いた。


「それは中学校の卒業アルバム。こっちは小学校の」


 戸惑う稔を尻目に、母は次から次へと本棚からアルバムを取り出して稔の前に並べていく。


「こっちから順に新しいのだよ。すごい量でしょう?これでも一部なんだよ。永遠子ちゃんは自分の写真にはあんまり興味がないからわたしが適当にピックアップしてここに置いているの。見ている気配はないけど。主人や永くん久くんの部屋にはこの倍はあるけどね」

「そうなんですか。そう言えばお兄さんたちは今日はどこへ?」

「わたしの実家へ行って貰ってるの。男手が必要だって言ってたから。

永遠子ちゃんが行かないなら行かないってさんざん駄々をこねてたんだけど、最後にはちゃんと折れてくれたの。あの子たちも根は優しいいい子なのよ。ただちょっと困ったさんなだけで」


 ほわわんとした口調だったから危うく聞き逃しそうになったけど、あの兄たちを折れさせるのは至難の業なはずである。さすがはあの兄たちの母親。ただ者ではなさそうだ。


「あら、どうしたの、稔くん。見ていいよ?永遠子ちゃんは小さいころからすっごく可愛かったんだよ」

「あ、はい」


 稔はとりあえず一番新しいであろう、中学時代の卒業アルバムを開いてみた。


「……あ」

「可愛いでしょ?」


 目に飛び込んできたのは、三つ編みで有名私立女子中のセーラー服を着た永遠子だった。

 数ヶ月前の写真なのだから、劇的な変化はないはずなのに、着ている服と髪型が違うだけでとても新鮮だった。


 お嬢様学校の生徒らしく、他の女の子たちも清楚で純情そうに写っていたけれど、永遠子はその中でもとりわけ清純な空気をまとっていた。


「他のもどんどん見て!」


 稔は母に勧められるままに新しいものから順番にアルバムを捲り続けた。

 感情をあらわにした永遠子の写真は一枚もなかったけれど、大量のその写真は家族の愛を一身に受けて育ったことがありありと分かるものばかりだった。

 小さくなればなるほど、本物のお人形のように可愛らしくあどけなさが増していく永遠子に、稔は思わず悶えそうになった。


「このアルバムが一番古いヤツね」


 言われるままに、差し出されたアルバムを開いた稔は思わず手を止めて固まってしまった。


 そこに写っていたのは、兄たちによく似た男性に抱き上げられ、その胸元を小さな手でしっかり握った小さな永遠子。一番古いと言いながら、どこからどう見ても、その永遠子は1歳をすぎていた。



「あぁ、その写真……。可愛いでしょ?永遠子ちゃんが1歳のとき」


 あっけらかんとした口調で告げられた言葉に、稔は返す言葉がなかった。

 兄たちから聞かされてはいたけれど、本当に永遠子はこの家の子ではない、という事実を目の前に突きつけられ、稔は自分でも動揺するくらいショックを受けていた。


 それにしても、こんなあからさまなアルバムを永遠子の部屋に置くとは、この母親はどういう神経をしているのだろう。これでは隠す意味はないだろう。どんな鈍い人間であっても、このアルバムを見れば嫌でも真相に気づいてしまう。


 写真に目を落としたまま、瞬き一つしない稔を見て何を思ったのか、母は嬉しそうに微笑むとゆっくりと腰を上げた。


「稔くんに喜んでもらえてよかった。嬉しいから、特別にとっておきのものを見せてあげる」

「え?」


 ゆっくり顔を上げると、母は天使のような笑顔で唇に指を一本あてると

「永くんや久くんには内緒ね。ちょっと待ってて」

 再びかろやかな足取りで部屋を出て行った。


 母は、呆気にとられている稔のもとに一冊のアルバムを持ってすぐに戻って来た。


「主人のとっておきなの。バレたら激怒されるから絶対に内緒ね」


 なんとも恐ろしい発言を笑顔で告げる母に、稔は顔を引きつらせながらアルバムを受け取った。

 そして、おそるおそる開いたページに収められた写真に、絶句した。


「可愛いでしょ」

「……」

「もう、どうしようもなく可愛いでしょ」

「……」

「この世のものとは思えないくらい可愛いでしょ」

「……あの」

「なあに?」


 にっこり微笑む母を、稔は真顔で見つめた。


「どういうことですか?」

「何が?」


 母は変わらずにこにこと微笑み続ける。


「永遠子ちゃんは……あなたが産んだんですか?」


「えっ……?」


 稔の言葉に、母はこの日初めて笑顔を消した。



 母が持ってきた「とっておき」のアルバムに収められていた写真は、生後まもなくの永遠子の写真だった。しかも、一緒に写っていたのは紛うことなく目の前の女性。そのすぐ下の写真には父親とおぼしき男性に抱かれる永遠子。その男性は現在の兄たちにそっくり、ほとんどうり二つと言ってもよかった。それが意味することは――


「どういうこと?永遠子ちゃんは確かにわたしが産んだけど……わたしと永遠子ちゃんはそんなに似てない?」


 不安そうに顔を曇らせる母に、稔は慌てて首を振った。


「い、いえ!そういうわけでは……」


「でも、普通はそんな疑いを抱かないでしょう?永遠子ちゃんがそう言ったの?そんな疑われるような態度をとったつもりはなかったけど、どこかで知らず知らずに永遠子ちゃんのことを傷つけて……?」


 今にも泣き出しそうな母に、稔は思わず立ち上がって隣に移動すると「違います!」と声をかけた。


「永さんと久さんが言ってたんです!永遠子ちゃんと永さんたちは血が繋がってないって!永遠子ちゃんは養子なんだって」

「え?」


 顔を上げた母は、ひどく驚いた顔をしていた。


「すみません。俺は永さんたちの言葉を鵜呑みにしてしまって……。きっとお兄さんたちにからかわれたんですよ。可笑しいと思ったんです。そんなドラマみたいな話、そうそうあるわけないですよね」


 からりと笑う稔に、母は真剣な表情で見返した。


「永くんたちがそう言ったの?」

「あ、はい。でも、きっと本気ではないと思います。永遠子ちゃんのことを心配して牽制したんですね。

すっかり騙されました。あはは」

 

 一緒に笑ってくれるだろうと思って、稔は意識的に明るい声で笑ったけれど、母は俯いてしまった。

 そして、しばらく考え込んだ末にやけに真剣な顔で見返して


「多分、騙されてないわ」


 と妙にはっきりした口調で言い切った。

 そして、困ったように溜息をついた。


「そうだったのか……。あの子たちの永遠子ちゃんに対する態度はちょっと行き過ぎてるとは思っていたけど、父親が父親だからあんなものかと思ったら……。もう、本当にあの子たちは」

「えっと……」

「ごめんなさいね。あの子たち、学校の成績はいいんだけど、根っこの部分が、ちょっと……ちょっとだけ―――お馬鹿さんで困ったさんなの」

「あの……一体、どういうことなんですか?永さんと久さんは、本気で永遠子ちゃんを血が繋がらない妹だと思っているんですか?」

「十中八九そうでしょうね。でも、なんでそんな誤解をしちゃったのかな?」


 稔はこの前兄たちに聞かされた話を話して聞かせた。

 うんうんと相づちを打ちながら聞いていた母は、すべて聞き終わると呆れたように溜息をついた。


「なるほどね……。いろんなタイミングが重なってそんな誤解を生んでしまったのね」

「一体、どういうことだったんですか?」

「話すと長くなるんだけど……」


 そう前置きをすると、母は今から16年前の話を語り出した。


「要約すると、すべては主人のわがままが発端だったのよ」


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