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蝋人形と王子様  作者: 太陽
第2部
36/44

17.5:『にこ祭』に行こう! (1)

拙作『キライな人』の某キャラがゲスト出演してます。時系列的には、本編終了から1年半後くらい。(微妙にネタバレ)。月夜たちは永遠子たちより1歳年上です。

「すごい……」


 ぽつんとつぶやいた永遠子ちゃんの言葉に、俺は思わずくすっと笑みをこぼした。


「二高に来たのは初めて?」

「はい」


 お兄さんたちの衝撃の告白から2日、7月第3日曜日。俺たちは今、姉さんが通う道立二高校の学校祭に降り立ったところだった。


「道立高校なのに、私立の北条院よりも綺麗なんですね……びっくりしました」

「10年くらい前に建て替えたばっかりだからね。綺麗だけど迷いやすい校舎だからはぐれないように気をつけようね」


 俺は永遠子ちゃんの手を取って正面玄関に足を進めた。


 俺たちがなぜ二高祭(通称『にこ祭』)にやってきたのかは、話すと長くはないけれど面倒くさいから一言で言うと、つまるところ、姉さんに言いくるめられたからだ。

 本当は姉さんと永遠子ちゃんを対面させるのは甚だ気が進まないんだけど、姉さんの

「連れてくるなら、うるさい外野をまいてあげるわよ」という言葉に負けてしまった。


 実際どうやったのか詳細は定かではないけれど、集合時点では3人いたはずのストーカーの姿は今はもうどこにも見えない。少なくとも新人ストーカー2人の気配はない。古株の方はこっちから見えないだけでどこかで見てるかもしれないけど、あいつは基本的には無害だから今日のところは見逃すことにする。

 学外で永遠子ちゃんと2人きりでいられる機会は、この前の兄たちの様子から考えると、これからは非常に難しくなると考えられる。そう思うと、姉さんの計画に乗ったのは正解だったかも。



「え!蝋人形と王子様!!?」


 校舎に入ってスリッパに履き替えたところで、突然、場にそぐわない言葉が耳に飛び込んできた。

 声の主を探してあたりをきょろきょろと見回すと、俺らから2,3歩はなれたところに突っ立っている性別不明の高校生くらいのヤツと目があった。

 男にしたら小柄だけど女にしたら大柄な身長で、まるでパンクロッカーのような服装に、短めの黒髪をムースで逆立てて目には黒いアイシャドー。よく見ると爪にも黒いマニュキアを塗っている。

 そいつは俺らを交互にまじまじと見つめると、面白そうににかぁと口を大きく開けて、横に立っていたツレらしい長身の男の腕を引っ張った。

 そちらは極々まっとうに高校生らしい服をおしゃれに着こなしたまともそうなヤツだった。眼光鋭く涼しげで端正な目鼻立ち、身長は永さんたちと同じくらいっぽいけど、筋肉質な永さんたちと違って、こいつはすらっと長い手足が憎々しいほどモデル体型だ。


「ちょっと、ちょっと!見てよ!蝋人形と王子様だよ!やっぱあの噂本当だったんだー!」

「なんだよ、”蝋人形と王子様”って。新しいお笑い芸人か何かか?」

「ちょ、あんたそれマジで言ってんの?北条院でこの2人知らないとかマジもぐりだよ?」

「しらねえよ。興味ない」


 どうやらこの2人、俺らと同じ北条院高校のヤツらしい。言われてみれば背が高い方はどこかで見たことがあるような気がする。誰だったっけ……、つい最近も女子が騒いでた………。


「原田先輩……」


 隣から永遠子ちゃんの声が聞こえた。

 小さな声だったけど、その声は少し離れたところの2人にも届いていたらしく、パンクな方が大げさにのけぞって見せた。


「えぇ!ちょっと原田!あんたすごいじゃん!蝋人形があんたのこと知ってるよ!さっすが有名人!」


 あぁ、そうだ!原田先輩!サッカー部の2年生エース原田先輩だ!最近、他校に超絶美人な彼女がいるらしいという噂が、彼女の写真とともに出回ってた人だ!その噂の彼女は二高生だったのか!


 て言うか今気づいたけど、永遠子ちゃん、しっかり他学年のイケメンまでチェックいれてる訳ね……。なんか彼氏としてはすごい複雑なんですけど。


 原田先輩はばんと背中を大きく叩かれて、ものすごく不機嫌な顔をパンクに向ける。パンクの方はそんなことは全く気にした様子もなく、マシンガントークを繰り出し続ける。


「さすがサッカー部のエース様!あたしのような一般ピープルには雲の上の存在でございますね~」


「いえ、あなたも知ってます。那須先輩」


 ”あたし”ということは女だったのか~、などと呑気に考えていた俺の横で、永遠子ちゃんが再び言葉を発した。その言葉にパンクはぎょっとしたように目を見開いた。


「軽音楽部の那須先輩ですよね。ガールズバンド『BLACK PEACH』のベーシスト」


「ちょちょちょちょ……」


 那須先輩は見るからに狼狽えた様子で原田先輩にすがりつくと、さっきより強そうな力で原田先輩の腕を4,5発叩いた。


「ちょっとー!原田、聞いた?蝋人形があたしのことまで知ってたよ?!何、何、もしかしてあたしってばすっごい有名人?あたしってイケてる?超感動なんだけど!!」


 興奮する那須先輩とは対照的に、原田先輩は白けきった表情でうっとおしそうに腕をふりほどこうとする。那須先輩はもう1度原田先輩をばんと叩くと俺に期待をこめた目を向けてきた。


「もしかして、王子様もあたしのこと知ってたり……」

「あ、すみません。知りませんでした」


 正直に頭をさげると、那須先輩は少し残念そうに目を細めたけれど、すぐに笑顔になって両手でしっかり原田先輩の腕を掴むと、俺たちの方に近寄ってきた。


「いやいや、まさかこんなところで、我が校一の有名人、蝋人形と王子様に会えるとは思わなかったよ。2人は何?マジで付き合ってんの?今日はデート?」


 俺は永遠子ちゃんの顔をそっと横目でうかがってみた。当然のように無表情。

 俺は先輩たちに向き直るとにこっと笑って見せた。


「はい、そうです。先輩たちもデートですか?」


 なんとなく、否定されるだろうと思ってした質問だったけど、2人は思った通り当然のように否定した。一人は大爆笑、もう一人は不愉快極まりない表情で。


「あたしと原田がデートとかありえねぇ!ちっがうし。あたしらの中学時代の友達が二高生だから会いに来たの。ね、原田?」

「お前が勝手に引っ張ってきたんだろ。せっかく部活が休みだってのに、こんなところまで無理矢理連れてきやがって」

「だって~、こうでもしなきゃ原田ってばずっと逃げてばっかじゃん!いい加減腹くくれっつの。見ていてもどかしい!」

「うるせぇな!余計なお世話だ!」


 何やら複雑な事情があるようだ。多分、原田先輩の彼女がらみのことなんだろう。正直俺にはどうでもいい。(度会あたりだと目を輝かせそうだけど)

 できればそろそろ退散したいなぁ……と思いながら苦笑を浮かべていると、那須先輩は「分かった!」と叫ぶとずいっと俺らの方へ体を寄せてきた。


「ここは蝋人形と王子様に御教授願おうじゃないの!」

「は?」

「いやね、こいつには中学時代からの友達未満恋人未満な相手がいるんだけどね」


 いや、それってつまりただの知り合いレベルなんじゃ?


「もう見ててもどかしいったらないのよ!だから、お2人のなれそめなんかを聞かせてくれると参考になって嬉しいなぁ、なんて」

「なれそめ……ですか?」

「そう!どっちが告ったの?噂はいろいろ聞いてるけど真相はどうなの?」

「……噂って?」


 俺の問いかけに那須先輩は「んー」と言いながら人差し指をあごに当ててしばし言葉を探す。


「2人は幼なじみで、今までなんとも思っていなかったけど、高校生になって周りでカップルが誕生していくのを見て、お互いに意識しあうようになってついには付き合うようになった……とか、実は2人は親が決めた許嫁同士で、高校になって初めて存在をしらされて、初めは反発するも徐々に心を許すようになって……とか」


 少女漫画かよ。

 脳内少女漫画思考の人間は俺の彼女だけではないらしいです。すばらしい発見だ。


「悪質なのだと、蝋人形が王子様の弱みにつけこんでとか、蝋人形が黒魔術を使ったとか、実は蝋人形の家はサラ金で借金の形で交際を迫ったとか」


 ……なんで全部永遠子ちゃんが悪者なんだ?普通、逆じゃないか?


「あぁ、あと王子様が本物の彼女を隠すためのカムフラージュ……なんて噂もちょこっとあったけど、これは言い出した人間がフルボッコにされたみたいよ。『王子がそんな非道なことするわけないじゃん!』って」


 あはは~と笑う那須先輩を、俺は複雑な気持ちで眺めた。俺だと否定されるのに、永遠子ちゃんだと肯定されてしまう悪質な噂が恨めしい。俺なんかより、よっぽど永遠子ちゃんの方が信頼に足る人間なのに。

 永遠子ちゃんの表情をそっと伺ったけど、やっぱり予想通り無表情で、それが余計に悲しくなる。俺と付き合うことで永遠子ちゃんの名誉を傷つけるわけにはいかない。早急に何か対策を考えなくちゃな……。


「で?本当のところはどうなの?」

「どれも違いますよ。単純に、俺が永遠子ちゃんのことが好きになったので告白しただけです」


 ひゅう


 那須先輩が口笛を吹いた。


「かぁっこいい♪」


 そして楽しそうに微笑んだ。


「あんたもこれくらいスマートに『好き』って言いなさいよねぇ!格好つけって実は一番格好悪いんだからね……て、あれ?原田?」


 さっきまで横にいたはずの原田先輩は俺らに背を向けて、まっすぐ玄関へ向かっていた。


「ちょっと、どこ行こうとしてんのよ!逃がさないからね!」

「うるせぇな!付き合ってられるか。帰る」

「帰すか、バカ!今日こそ決着つけてもらうんだからね!」


 玄関口でじゃれあう2人に、俺は小さく苦笑を漏らすと、つないだ手に力を入れた。


「行こうか」

「はい」


 俺と永遠子ちゃんは人で賑わうアトリウムに足を進めた。

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