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蝋人形と王子様  作者: 太陽
第2部
32/44

16:嘘みたいな真実(1)

 それからしばらくの間、平穏な日々が続いた。

 これは六原稔にとっては極めて意外なことであった。

 あれほど強烈なインパクトと捨て台詞の残していった兄たちである。すぐさま妨害行動が始まるものと思い、気を引き締め覚悟を決めていたというのに、あれから何の音沙汰もない。

 稔はいつものように学校へ通い、いつのもように授業を受け、放課後もいつものように佐倉永遠子と自習室での逢瀬を重ねた。永遠子にも異変はまったく見受けられなかった。(そもそも異変があったとしても、「絶対に見抜ける!」という自信まではまだ持てていなかったのだが)

 なんだか拍子抜けの気分で帰宅の途についた稔が、自宅マンションの前で異様なオーラを漂わせながらたたずむ2人の見覚えのある男の姿を目にしたのは、初デートから5日後の金曜日のことだった。



「お久しぶりです。……あの、どうしてここに?と言うか…お2人ともなんか疲れてませんか?すごい汗だし、服も乱れてますが…」

「ああ、さっきまで小一時間ほどこいつと殴り合ってたからな」

「だが安心しろ。今は俺たちが反目しあっている場合ではなく真の敵が別にいることを確認しあい、この問題が解決するまでは互いに出し抜こうとするのは一時お預けにすることで意見が一致したところだ」


 つまりは一致団結して稔を排除にかかることにした、ということらしい。 稔は思わず笑顔が引きつりそうになった。


「それで……どうしてここに?」

「永遠子のことを話し合うために決まっているだろう」

「いや、そうじゃなくて、なんで僕の家を知っているんですか?」

「「調べたからな」」


 当然だ、とばかりにうなずく兄弟。

 亘といいこの兄弟といい、この国のプライバシー保護はどうなっているのだろう。


「立ち話もなんだから少し場所をかえようか」

「そうだな、近くに人気の少ない公園があったな。そこへ移動するか」


 確実に命の保証はなさそうな方向へ話が流れようとしている。稔は慌てて声を上げた。


「あの!よかったら、うちに上がっていって下さい」


 密室に入るのもそれはそれで危険な行為ではあるけれど、少なくとも自分のテリトリーな分、少しはマシであろうと即座に計算して出した提案だったのだけれど、兄たちは1秒も考えることなく却下した。


「いや、それはやめておこう」

「突然おじゃましてはご家族に迷惑がかかる」


 突然常識人のようなことを言う兄に稔は困惑しそうになる。


「どうも俺らは人に威圧感を与えるらしくてな」

「家族構成も少し調べさせて貰ったけれど、君は今、母親とお姉さんと3人暮らしなのだろう」

「特にお姉さんは、どうやら控えめでお淑やかな人らしいからな。俺ら2人で乗り込んで怯えさせたら申し訳ない」


 実際の姉は図太くてしたたかな人間で、兄たち2人を目撃したら怯えるどころか目を輝かせて喜びそうだけれど、弟に負けず劣らぬ外面クイーンの彼女の本質を、ちょっと調べただけの兄たちが見抜けたわけがない。


「君のことは激しく気に入らないが、君の家族には何の恨みもないからな」

「君のことは出来ることならシベリアに追放したいと思っているが、君の家族には危害を加えたくない」


 よかったそれなら安心!


 などと稔が思うわけもない。

 しかしいつまでもここで顔をつきあわせていても仕方がない。地面に縫いついたように動かない足を心の中で叱咤すると、覚悟を決めて2人の顔を真っ直ぐ見つめた。

 兄たちは稔のまなざしを受け止めると「うん」と一度確認するようにうなずくと公園に向かって歩き出した。


 *


「「まぁ、座れ」」


 ベンチにゆったりと腰を下ろした兄たちが、2人そろって指さしたのは2人が座るベンチの前の地面だった。一瞬戸惑い、うかがうように見た2人の顔には「何をしているんだ早く座れ」と書いてあった。稔はしぶしぶそこに腰を下ろした。座り方に指示はなかったものの、上からじっと見下ろされているとなんとも居たたまれなく、自然と正座になっていた。


「そんなに怯えなくてもいい。この前は殴るだなんだと言ったけれど俺はもともと暴力で解決するのは好きではないんだ」


 そう言う彼の口のすみが若干赤く腫れ上がっているように見えるのは目の錯覚なのだろうか。


「俺としては殴って解決できるのならその方が手っ取り早いと主張したんだけどな……」

「なんだ、永。まだ納得してなかったのか?それについてはさっき話し合っただろう。こいつは殴ったくらいじゃ諦めないだろう。それで諦めるのならこの5日の間にとっくに別れてたはずだ」


 見定めるように見下ろす2つの視線に、稔は逃げずに正面から見返した。

 実際、稔はどんな暴行を受けようとも永遠子と別れる気はなかった。

 稔の射抜くような真っ直ぐな視線に、しぶっていた永は観念したように目をそらした。


「分かったよ、お前の好きにしろ」


 そっぽを向いた永の横顔に、久は小さく苦笑をもらすと足を組み直して稔に対峙した。


「君のことを調べさせてもらった。俺はどちらかというと頭脳戦の方が得意なんでな。ただ、君は中学に上がるまでは転勤族で道内をあちこち転々としていたんだな。さすがに小学校時代までは手が回らなかったけれど、中学以降はそれなりの成果を得られた思っている。4日で洗ったにしては上出来だろう」

「はあ……」


 亘やこの兄たちと接していると、「身辺調査」って日常の営みの一つだっけ?と勘違いしたくなる。というか、本当にいつの間にストーカーは合法になったんだ!?

 そんな稔の心の叫びなど聞こえない久は、淡々と事務的に言葉を続ける。


「交友関係、特に異性関係については重点的に調べさせて貰った。中学1年次に2人、2年次に2人、3年次に1人。間違いないな?」

「はい……」


 稔は過去付き合ってきた彼女たちの顔を一人ずつ思い浮かべた。

 稔に不利になりそうなことを言うような子は一人もいないはずだけれど……。


「お前のことを聞いたら5人が5人、同じ答えを返してきた。

”六原くんとのことはいい思い出です”」

「はあ」

「付き合ったきっかけは全員相手からの告白。別れた理由も全員、相手の心変わり」

「そうですね」

「”六原くんに問題があったわけではないんです。彼はとってもよくしてくれました。ただ、わたしの気持ちが変わってしまっただけです”」

「……」

「異口同音にそう言うんだ」

「そうですか……」

「お前みたいな男をなんて言うか知っているか?」

「……いえ」

「煮えきれない男、だ」


 稔は思わず息を詰まらせた。

 そんな稔の反応に、それまで黙って聞いていた永も少し身を乗り出して口をはさんだ。


「男の魅力は顔や体型じゃないぞ。誠意だ。どんなに顔がよくても誠意の感じられん男からは女は離れていくぞ」

「永遠子はこの世で一番幸せにならなくてはならない子だ。永遠子の相手は、永遠子を一番に考え、永遠子だけにすべてを捧げられるような者じゃなくてはいけない」


「「悪いがお前では無理だ」」


 重なり合ったバリトンの宣言に、稔は思わず立ち上がった。


「そんなことない!そりゃ、たしかに中学時代の俺は受け身で煮えきれない男だったかもしれない。でも、今は違う!永遠子ちゃんに会って変わったんです!永遠子ちゃんに会って、初めて「好き」というのがどういう気持ちなのか分かったんです。本当に、本気で好きなんです!」


 永と久は、身じろぎ一つしないで冷たい視線を稔に浴びせた。


「信じられんな」

「口ではどうとでも言えるだろう」


 稔はかっとなって手が出そうになるのを必死でおさえ、無意識に手のひらを強く握っていた。


「口以外で、どうやって証明しろというんですか?!」


 2人は一瞬顔を見合わせ、稔を見上げた。そして、至極真面目な顔で久が口を開いた。


「お前は、永遠子と結婚するつもりが?」


 突然の予想外の質問に、稔は思わず息をのんだ。


「え?」

「即答できないか……」


 永は深く長いため息をつくとぼそっと「話にならんな」とつぶやいた。


「そ、そんなこといきなり聞かれて即答できる人間なんていませんよ!」


 稔の言葉に、永と久はまったく同時にまったく同じ顔で笑みを浮かべた。


「「俺は即答できる」」


 その笑顔を見て、稔は激しく嫌な予感がして胸がざわつきはじめた。


「俺は5歳のときから心に決めた相手がいるからな」

「あっちがその気になれば、今すぐにでも結婚したいと思っている」


「「だから、お前に永遠子は渡さない」」


 稔は激しく混乱した。話の流れがまったく分からない。いや、なんとなく分かるけれど分かりたくない。


「永遠子のことは諦めろ」

「永遠子と結婚するのは」

「「俺だ」」


 *


 思考回路がつながるのに、3分ほどの時間を要した。あちこちでショートを起こして煙りが吹き出しそうな頭をなんとか回転させて、稔はなんとか言葉を絞り出した。


「日本の法律はご存じですか?」


 最後の望みを託すように言った稔の言葉を、久は呆れたように一笑した。


「俺らは法学部だぞ。知っているに決まっているだろう」


 バカにしたように見上げる久の言葉を稔の頭は拒否しようと必死だった。


「法律では、三親等以内の親族は結婚できませんよ?」


 稔の言葉に、永と久は「あぁ」と小さくつぶやくと、胸を張って高らかに宣言した。




「「問題ない。俺らと永遠子は血が繋がっていないからな」」




 稔の嫌な予感は、最悪な形で的中した――。



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