表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蝋人形と王子様  作者: 太陽
第2部
25/44

【挿話】12.5:佐倉家攻防戦

【挿話】ということで、主人公2人は登場しません。

本編の流れとは独立しておりますので、興味のない方は読み飛ばして頂いて全然問題ないです。

 息子達がもつれあって転がるように家を飛び出していくのとちょうど入れ違いに、彼女の夫が帰ってきた。

 彼は休日の朝はジョギングをする習慣がある。いつもは7時から8時まで近所の河原を往復しているのだが、今日は彼が溺愛している娘の永遠子が10時に家を出ると聞いて、鉢合わせすれば夫が娘のデートについて行きかねないと危惧した彼女は、なんやかんやと出発を遅れさせ、ついでに帰りに買い物をしてくるよう頼み帰宅時間を操作したのだった。



「おかえりなさい」


 彼女はにこやかに微笑むと夫の手にしたエコバックを受け取った。


「永遠子は?」


 息子たちとまったく同じ反応の夫に彼女は呆れ混じりの苦笑を漏らす。



「図書館にお勉強に。明日小テストがあるんですって」

「何!?」


 血相を変えそのまま方向転回して玄関に戻ろうとする夫の腕を、彼女はぎゅっと掴んだ。


「どこへ行くのですか?」

「一人では心配だ。様子を見に行く」

「永くんと久くんが追いかけたから大丈夫ですよ」

「なおさら心配だ!」


 腕を振り払って廊下へ出て行く夫の背中に、彼女は勢いよく抱きついた。



「違います!すみません!嘘をつきました!」


「嘘?」


 夫は足を止めて顔だけ振り返った。

 小柄な妻は目一杯見上げながら申し訳なさそうに眉を下げていた。



「本当は永遠子ちゃん、明日小テストなんてないんです。私がお願いして外出してもらったんです」


「なんでそんなこと!」


「だって!永遠子ちゃんが出て行けば永くんたちも出かけてくれると思って…」


「……どういうことだ?」


「最近、全然かまってくれないじゃないですか。2人でいても永遠子ちゃんの話ばっかりで。せっかくのお休みだから……久しぶりに夫婦水入らずですごしたいな……なんて」



 彼女は言葉を切ると、じっと上目遣いで夫を見つめた。

 彼は無表情でしばらく彼女を見下ろすと、盛大にため息をついた。



「な、なんですか!その態度は!!」

「バカ」

「ば、バカですよ!」

「ガキ」

「ガキですよ!」

「バカガキ」

「だから、知ってます!どうせ私はバカなガキですよ!そんなの20年以上前から知ってるでしょう!」

「ああ、知ってる」

「どうせ成長していませんよ!……結局、背だって胸だって成長しなかったし」


 むくれる妻に夫はくっくっと押し殺した笑いを漏らした。



「ちょっとは成長した」

「本当ですか!」

「ああ、甘え方が上手くなった」

「背と胸は?」

「してないな」

「ひどい!」

「事実だろう。胸に関しては、俺の努力が足りないというのなら今からでも努力するが?」

「い、いいです!」

「まあ、遠慮するな」


 夫はにやりと黒い笑みを浮かべると、軽々と彼女を抱き上げて階段を上り始めた。



「ちょ、どこへ行くんですか!」

「寝室」

「え、や、おろして下さい!なんで」

「こら!暴れるな。なんでもなにもお前が誘ったんだろ」

「誘ってません!」

「夫婦水入らずですごしたいんだろう」

「別に、リビングでまったりおしゃべりとかでも」

「却下。中学生か」

「だって、だってまだお昼ですよ!明るいですよ!」

「暗くなるのを待っていたら子どもたちが帰ってくるだろう」

「そうですけど」

「せっかくお前がわざわざこの俺に”嘘”をついてまで作った2人の時間なんだ。これからしばらく甘えなくても大丈夫なくらい、たっぷりじっくり甘やかしてやる」


 彼女は結婚生活20年の間に経験した、過去の彼による「甘やかし」の数々の記憶を思い出し、真っ赤になったあとに真っ青になった。

 彼はそんな妻の表情を面白そうに見下ろすと彼女を抱えたまま、器用に寝室のドアを開けた。



「俺に”嘘”をついたらどうなるか、知らないお前じゃないだろう。これからの頑張り次第で、”今”、お前がついている嘘を見逃してやってもいい」

「も、もう嘘なんてついてませんよ?」

「だからお前はバカなんだ。いったい何年付き合ってると思う。お前が嘘をついているかどうかなんて顔みりゃ一発で分かる」

「……ついてないです」

「少なくとも、隠し事はしてるだろ? 」


 さっと目をそらした妻。

 それを見て邪悪な笑みを浮かべる夫。



 彼は背中でドアを閉めるとそのまま部屋を直進し、ダブルベッドに妻をおろした。

 邪悪な表情と対照的に非常に静かで優しいおろし方だった。

 彼女は顔を赤らめわずかに潤んだ瞳で彼を見上げた。



「一緒にいたかったのは、本当ですよ?」


 夫は一瞬真顔になるとふっと声をもらした。


「昔も、今くらい素直に甘えられればよかったのにな」

「あの頃は……!自信がなかったんです。信頼と自信がなければ甘えられませんよ。嫌われるかもしれないと不安だったんですもの。甘えられるわけないじゃないですか」

「俺のせいにするのか?」

「そうです!”先輩”のせいです!」


 昔の呼び名で目をつり上げる妻に、彼は滅多に見せない心から笑みを見せた。


「じゃあ、今日のお前の”隠し事”を気づかなかったことにするのと、差し引きゼロだ」

「えー……」


 彼は不満そうに声を上げる妻の頬をぐいっと引っ張った。


「もう黙れ」


 そしてそのまま、妻の声を己の唇で塞いだ。



 *


 そして数時間後、帰宅した三人の子どもたちが見たのは、エプロンをしてキッチンに立つ気味が悪いほど上機嫌の父親と、ぐったりとリビングのソファに体を横たえる母親の姿だった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ