9.5:王子様の実態調査(1)
度会亘。
一見ふざけたように見えるこの名前、実際ふざけてつけれらたのだと知った時、彼は人生初の反抗期を迎えた。実に小学1年生のときだったとか。
そんな裏話はさておき。
度会亘は好奇心が旺盛だった。とりわけ、人の噂話が好きだった。
そんな人間この世に大勢いるが、亘の噂好きはちょっと他の人とは一線を画すものがあった。彼は単に噂話を集まるだけでなく、噂の実態を突き詰めることが殊に好きだったのだ。
小柄で身が軽いことと、元来人なつっこい性格であることを助けとして、真意を悟られず懐に忍び込み、人と人の間を渡り歩いては欲しい情報を掴んでまわっていた。しかし、それを誰彼かまわず吹聴することは彼のポリシーが許さなかった。彼は、単純に噂話が好きなのであり、噂話をばらまくことには興味がなかったから。
北条院高校1年A組42番度会亘。自称(※他称ではない)情報屋。入学後3ヶ月にして、彼は学内の主要な生徒教師あらかたの情報を人知れず掴んでいた。
しかし、そんな彼にあっても、実態が掴めぬ者が2人だけいたのである。
*
7月某日。
亘は、ひそかに「調査書」と呼んでいるノートの1ページ目をしばらく眺めると、はあと大きく溜息をついた。
小学校時代から書きとどめているこの調査書はすでに20冊を越えている。
調査対象のプロフィールにはじまり、交友関係や恋愛関係、家庭関係、果てには他人にはあかせない過去や秘密までも事細かに書き込まれている。どんなに手強い相手であっても、最後には必ず「調査終了」の文字を書き込んできた。その自負があるからこそ、22冊目にあたる「調査書:高校編」のある人物のページに、未だ「調査終了」の文字を書き込める見込みがまったくないのは、情報屋を自称する亘にとっては屈辱に近かった。
【調査NO.1 佐倉永遠子
北条院高校1年C組25番。
成績: 優秀(得意科目/すべて:不得意科目/なし)
外見: 身長158cm(推定)/体重45kg(推定)/バストC70(推定)/顔◎
性格: 謎
愛称: 蝋人形
交友関係: 皆無
備考: すべてにおいて不明。調査手段なし。調査不可能につき調査断念】
はぁ……
亘はもう一度溜息をついた。
亘はこれでも頑張ったつもりだった。まったく表情を動かさない上に極度に口数の少ない佐倉永遠子にかかんに挑みかかってはみたのだ。その結果は……言うまでもない。
あれは人間ではない。人形なのだ。
人形の交友関係や過去や秘密を探ることに意味はない。
そうだ。諦めるのではない。これは無効なんだ。
亘はそう自分に言い聞かせ、2ページ目を開いた。
【調査NO.2 六原稔
北条院高校1年A組41番。
成績: 優秀(得意科目/数学:不得意科目/地理)
外見: 身長175cm/体重65kg/体格 細マッチョ/顔◎
性格: 温厚/人当たり◎/爽やか
愛称: 王子様
交友関係: 広いが、深い付き合いの人間はいない
備考: ルックス・人柄ともに申し分がなさすぎる。隙なし。
要再調査】
こちらは蝋人形と違って人当たりもよく話せば気さくに応じてくれる。初めは簡単にしっぽが掴めるかと思ったけれど、想像以上にやっかいな相手だった。
一言で言うならば、そつがなさすぎる。誰もが王子を褒め称える。実際、本人に接触してみれば、噂通り申し分のない人物。しかし、亘にはそれが奇妙にうつる。
誰に聞いても、申し分なく素晴らしい人物。
誰に聞いても、異口同音に「好きだ」と言われる人物。
そんな人間存在するのか?
亘の経験から言わせてもらえば、答えは「NO」
100人いればそのうち1人は違う意見が出てくるのが人間だ。
しかし、六原稔は100人に聞いたら100人が同じ答えを返す。
これは、何かしらの意図が働いているとしか考えられない。
絶対どこかに何か綻びがあるはずなんだ。
誰も知らない、六原稔の姿が、必ず、どこかに。
ここ3ヶ月は、放課後等は他の人の実態調査にあてていたため、稔の調査は軽い観察にとどまっていた。しかし、テストも終わり、他の調査もあらかた終わった今こそ、超難関対象人物六原稔の調査に本腰をいれてやろうじゃないか。
頬杖をついて授業に聞き入っている稔の顔を睨みつけるように見つめながら、「必ず秘密を掴んでやる」と心の中で宣戦布告した。