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エピローグ

 嵐のような『魂噛』事件が解決して一日後。鬼の強襲に壊された校舎を直す生徒たちの金槌の音が鳴り響く中、身体中に包帯を巻いた燐夜は校長室を訪れた。

 コンコンと校長室の扉を燐夜が叩く

「校長。入るぞ」

「燐夜君だね。いいよ、入ってきなさい」

 燐夜が校長室に入ると、隙間なく始末書の書類が積まれた机に座る堂穀が、混じりっけのない堂穀自身の朗らかな笑みを浮かべて燐夜を迎え入れた。

 だが、その笑みはすぐに意地悪なものに変わった。

「傷の方はもういいみたいだね。さすがは三神君だ。何でも意識が戻ってから付きっきりで君の治療をしていたそうじゃないか」

「あ、ああ……。って、おい、校長。何笑ってんだ」

 くくくくく、と含み笑いを浮かべる堂穀に、燐夜が眉を顰めて尋ねる。

「いやいや、ごめん。そうか、ふーん」

 何やら面白げに頷く堂穀に、燐夜は更に首を傾げた。

 燐夜が亜欺羅を倒したことで魂が解放され、三神や夏姫を初めとした『魂噛』の被害者たちは既にその大半が意識を取り戻している。その回復は目を見張るものがあり、後遺症の一つも残らなかったことは不幸中の幸いというほかない。

 そんなことを頭の隅で思い出した燐夜は、なおも哄笑を続ける堂穀にコホンと咳払いした。

「校長。結局、八雲は何だったんだ? 詳しい話を聞かせてくれる約束だっただろ」

 今回の事件で唯一、不明解なままの疑問の一つを口にした。

「ああ、その話か。八雲の身体についてはあのとき言った通りだよ。あの身体は、僕の古い友人の中でも特に変わってる人形師が作り上げたものなんだ。いや~、まさかあんなところで役に立つなんてびっくりさ。初めはね、ただ単に君たちを驚かそうと思って起動させたんだけど。そんなときに私の母校から亜欺羅の封印が解けたって知らせがあったから、極秘に学園内の捜査をさせていたんだ、必要とあれば私自身の魂の一部をあの身体に憑依させたりもしてね。」

「だったら、俺たちに言ってくれればよかったのに」

「まあ、そうなんだが。亜欺羅に悟られるわけにはいかなくてね。なるべくなら奴は私の体に入れておかないと、もし別の人に憑依されたら探しようがないからそれだけは避けねばならない」

「ああ、なるほど」

 堂穀の話に、燐夜はポンと手を打った。

「でも、校長はいつ八雲の体に魂を入れたんだ?」

「奴に乗っ取られる直前だよ。あの体は僕自身の写し身だから僕の魂を入れるにはちょうど良かった。けど、やっぱり本当の自分の身体はいいものだね」

 ちなみに初めのころは僕の使い魔が操っていたんだよ、と付け加えて堂穀は本来の自分の身体の調子を確かめるように肩を回す。

 ついでに後ろ髪を持ち上げ「ほら、この傷。彼と同じだろ」と、燐夜に首筋にある八雲と同じ傷を見せた。

「ふーん。まさか校長の悪戯心が良い結果をもたらす日が来るなんて。世の中わからねぇもんだな。ああ、それともう一つ、どうして校長は三神たちの身体を操れたんだ?」

「ああ、その件なら答えは単純だよ。亜欺羅が彼らを襲い術を掛けた後、八雲の身体を借りた私はその上からさらに術を掛けておいたんだ。さすがに、夏姫君は接触する前に連れ攫われてしまって無理だったけどね」

「なるほど。被害者たちに二重に術が掛けられていたのはそういうわけだったのか」

 堂穀の言葉に、ようやく燐夜の中で全ての謎が合致した。燐夜は被害者たちに掛けられた術はどちらも堂穀に扮した亜欺羅が掛けたモノだと考えていたが、本当は亜欺羅が掛けた術は一つだけで、もう一つは八雲の身体を借りる堂穀が掛けたものだったのだ。

「術に使った氣が違っていたなら、生徒会の奴らも二つの術は別人が掛けたんだって報告しただろうけど、校長の身体で術を掛けた亜欺羅も、八雲の身体で術を掛けた校長も、どっちも同じ校長の氣だったんだから、生徒会の奴らも分からなかったんだな」

 全てを納得し背伸びをした燐夜が、今度は少し迷いながら口を開いた。

「校長。……今回の件の責任だけど」

 いくら相手が《大焦熱地獄》の鬼だったといえ、校長を務める堂穀が鬼に身体を乗っ取られた責任が追及されるのは必至。机の上に積み上げられている書類も、ほとんどがその件に関するものだ。だが、燐夜の危惧をよそに、堂穀はこれ以上ないほど笑って答えた。

「心配しなくても大丈夫だよ。幸い、封鬼連盟の幹部には、昔私と共に亜欺羅を封印した学友がいる。彼が手を回してくれたおかげでそれほど大事にならずに済みそうだ」

 その堂穀の言葉に、燐夜はようやく張りつめていた緊張の糸を解いた。

「それは良かった。……ああ、そうだ忘れてた。今日は何で俺を呼んだんだ?」

 話が一段落したところで、燐夜はようやく今日ここに呼ばれた理由を堂穀に尋ねる。一方の堂穀も「そうだ、忘れろところだった」なんて言いながら、机の上に積み重ねられた書類とは別に、机の引き出しから新たに書類を取り出し、燐夜に手渡して言った。

「私たちが学園に閉じ込められている間に、裏山の廃屋で鬼のモノとみられる事件が発生したらしい。すぐに他の者を連れて事件解決に向かってくれ」

 堂穀の差し出した書類を受け取った燐夜は、思いっきり肩を落とした。

「……はぁ~。臨時手当、弾んでくれよ。こーちょー」

「可能な限り、生徒会会計部部長の一色君に伝えておくよ」

「あぁ……。そりゃ、望み薄だな」

 ワザとらしく天を仰ぐ燐夜を見て、堂穀が笑う。

 一通り書類に目を通した燐夜は好戦的に光を眼に宿して、颯爽と踵を返し、叫んだ。

「行ってくるか。鬼退治にっ!」

 激しい戦いが終わり、新たな戦いに燐夜は意気揚々と歩み出した。     

                                  (了)


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