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第七章

「ちくしょう……」

 灯りを消した封鬼委員用の仮眠室。浄の念が込められた包帯を身に巻く燐夜は床に腰を下ろして片膝の上で腕を組み、自分の弱さに唇を噛みしめていた。

 あの屋上での一戦の後、駆け付けた霧葉に保護された燐夜と四季はすぐに封鬼委員室に連れて来られ、藍夏の法術により傷の治療を受けた。燐夜は傷の数こそ多いが、もともと血の気の多い体質のため、治療はすぐに終了。

 問題は四季の方だ。

 相当の氣を消耗している上に、腹部に深い傷が一つ。今も、藍夏の懸命な治療が続いている。

「ちく、しょう……」

 組んだ手に額を付ける燐夜が、自責に身を焼きながら同じ言葉を吐き出した。

 治療が済んだ燐夜は、他のメンバーに「少し一人にしてくれ」と言って封鬼委員室奥の仮眠室に入り、電気を付けぬまま、背を扉に預け滑るように座り込んだのだった。

 自分を責め起てる燐夜の顔に覇気はなく、その姿はひどく小さく見えた。

 こんなことしてる場合じゃない。

 燐夜の理性が自分自身に訴える。塞ぎ込んでいる場合じゃない。そんなことは分かっている。

  けれど、曲げられた脚は戦いに行くのを怖がるように立ってはくれない。自分を守るように組まれた腕は、硬く絡まった糸のように解けてはくれない。

「ちくしょう……」

 起き上がれない自分自身を呪うように唸る燐夜。傷付いた身体は藍夏によって癒されたが、心の傷は依然として傷ついたままだった。燐夜の静かな叫びが暗闇に潰えると、部屋の中を静寂が再び支配する。

 ただ昏く。

 まるで燐夜の心を映し出しているようだった。

 だが、そんな暗闇をかき消す福音が、燐夜の前に舞い降りた。

「馬鹿燐夜。何、落ち込んじゃってんのよ」

 明るい声。馴染んだ口調。

 信じられないと大きく眼を開き見上げた燐夜の視線の先には、とびっきり笑顔で自分に笑いかける夏姫の姿があった。

「なっ、あっ、え?」

 あまりの驚きに言葉が繋がらず、しどろもどろとする燐夜。

 その姿に笑いを洩らした夏姫は、でこピンで燐夜の額を叩き「はい、深呼吸」と笑いながら言った。

 燐夜は素直に従い大きく深呼吸をする。

 そして落ち着いたところで、確かに目の前にいる夏姫に説明を求めた。

「どういうことだ?お前、鬼に魂を食われて。身体だって鬼が持って行ったはずだろ?」

「そうよ」

 あっけらかんと答える夏姫は、そっと胸に手を当てて、今の自分の状況を話し始めた。

「今の私は、言ってみれば魂本体の欠片。鬼に魂を抜かれる寸前に、ギリギリで本体から切り離したの。――――こうするためにねっ!」

 そう言うや否や。夏姫は床に座り込む燐夜を、渾身の力で蹴り飛ばした。

 あまりの突拍子のない攻撃に、燐夜が目を白黒させながら倒れる身体を起き上がらせる。

 そして、

「何すんだっ!?」

 夏姫に猛抗議を開始した。

 一方、当の本人はというと。

「あはははははははは」

 お腹を抱えて大笑いしていた。

 その様子に燐夜は「ああ?」と怪訝な顔をする。

「何笑ってんだよ?」

「はっはははは、あは、あはははは。けほ、っけほ」

 むせるまで笑い続ける夏姫に「いい加減にしろ」と、燐夜が怒りに腰を浮かせようとした、その時。

「そうよ。その顔よ」

 夏姫が笑いを収め、燐夜を指差して言った。

 一方燐夜は夏姫の行動の意味が分からず眼を丸くして、再び腰を落とす。

 燐夜を見下ろす夏姫。

 燐夜がガキの頃から見続けてきたその顔が、とても優しいものに変わった。

「そっちの方が燐夜らしいわ。責任とか色々と余計なこと考えすぎ。楽にしなさいよ」

 そう言いながら、夏姫はポカンと優しく燐夜の頭を叩いた。

「落ち込んでる暇なんてないわよ」

 夏姫が笑う。

 たとえその存在が魂だけの幻だとしても、そんなことは関係ない。何よりも強く、そして温かく、夏姫は燐夜に笑いかけた。

 その笑みに対し、失意のうちにいた燐夜が出した答えは、いつものように笑い返すことだった。

「心配してくれてんのか?」

「まっっっっさか!?」

「だろうな」

 夏姫の返答に燐夜が肩をすくめて、もう一度笑った。

 夏輝も一緒に笑ったが。次の瞬間、その笑みに暗い影が落ちた。

「燐夜なんかより、四季の方が心配よ。ほら、あのこともあるし……」

 先ほどまでとは一転して、声に力が無くなった夏姫。その言葉に燐夜は首を持ち上げ、暗闇に塗り潰され見えない天井を見上げ、軽く眼を閉じた。

 四季には家族がいない。

 いや、正確にはいなくなったというのが正しい。四季がまだ小学年だった頃、四季は家族旅行中に鬼に襲われた。四季の両親は共に封鬼師。鬼の数は一体。だが、そのたった一体の鬼に、四季は両親と幼い二人の妹を殺された。鬼は幼い妹の魂を四季に見せつけながら貪り、親から受け継いだ拙い封鬼師の力で懸命に自分に向かってこようとする当時の四季に向かって,嗤いながら言った。

『矮小なる者よ』

 その言葉は、当時の四季の心を深く抉り切り裂いた。

 鬼は四季を殺さなかった。だが、当時の四季は間違いなく心を鬼に殺されていた。

 それからの四季はまるで人形のようだった。燐夜と夏姫がいくら話しかけても四季は応えなかった。

四季は、誰もいない家に住み続けた。

 けれど、四季はそのどん底から這い上がった。

 家族の仇を取るために努力を積み、封鬼師の腕を磨き、燐夜と共に封鬼委員になった。

 だが、四季が封鬼委員になって一年目の時、ある事件が起きた。

 それまでは鬼が人を襲う前、あるいは襲った後に四季は鬼と対峙していたのだが、その時に限って、四季は鬼が人を襲っている現場に立ち会ってしまったのだ。その現場を見た四季はその場に崩れ落ち、そのまま数日間昏睡状態に陥った。

 もっとも、今では家族の死のトラウマからくるその症状も影を潜めてはいるのだが。今回のように、親しい者を自分の力無さに失ったことでトラウマが再発する可能性は十分にある。

 夏姫は、そのことを危惧していたのだ。

 夏姫の危惧、それは燐夜も同様に感じ取っていた。

 だが、最も親しき友の顔を閉じた瞼の裏に思い描いた燐夜は、小さく笑って瞼を開いた。

「大丈夫だろ」

 燐夜の言葉は一切の疑念はない。迷いもない。心の底からの本心だった。

「根拠は?」

「四季は……もう昔のあいつじゃない。確かに、鬼に関しては感情のセーブが利かない所があるけどな。でも、そんなの当たり前だ。四季に限ったことじゃねぇ、自分の家族、自分の好きなヤツの仇が目の前にいるなら、理性なんてあってないようなもんだ。それが人間だからな」

「……なんか論点ずれてない」

 はぐらかされたと感じた夏姫が、「答えになってない」と頬を膨らませた。

 そんな夏輝を見て燐夜が微笑む。

 燐夜と夏姫が同じ一人の幼馴染の顔を思い出し「っぷ」と吹き出す。と同時に、夏姫の身体が蜃気楼のようにぼやけ下半身から徐々に消え始めた。

「もう……、限界みたいね」

 消えゆく己の身体を見て、夏姫が名残惜しそうに呟いた。

 今、燐夜の眼の前にいる夏姫は、本体の魂から切り離された残り香。

 時間が尽きたということだ。

 夏姫は最後にもう一度、自分の前に座り込む燐夜に額を軽く小突いて言った。

「燐夜。頑張りなさいよ」

 消えゆく中、死と生の境界線にいる夏姫が笑う。

「『助けて』って、言わないのか」

 燐夜は訊いた。

「ほんっとに、馬鹿ね」

 夏姫は笑った。

「頼まなくたって、助けてくれるでしょ。あんたは、封鬼委員の委員長なんだから……」

 燐夜と同じく、その瞳に“信頼”を宿した夏姫は、最後まで笑って逝った。

 あとに残ったのは、本当の本当に残りカスとなった魂の塵。

 その塵を、燐夜は腕を突き出し握りしめ、

「馬鹿やろう。無理しやがって」

 と唇を噛み締めた。

 笑って逝った夏姫だったが、その崩れ残された魂には安心など無い、自身の消滅に対する純粋な恐怖が渦巻いていた。

 燐夜が静かに立ち上がる。

 顔に先ほどまでの翳りはない。

 生まれた結論は、この上なく単純なもの。

 燐夜の瞳に爛々とした闘気が燃え上がった。

 そんな燐夜を恐れるかのように、辺りの鬼気が異様に膨れ上がり、ドンドンドンっと燐夜のいる部屋の戸が荒々しく叩かれる。

「燐夜、大変よ。《鬼門》が開くわ。すぐに来て」

 血相を変えて飛び込んで来た霧葉。燐夜は「ああ」と振り返る。

「さあ。終わりにするか」

 一歩踏み出す燐夜の身体から溢れ出る闘気は、燐夜を包む膨れ上がった鬼気をも退けた。

 

「霧葉、今の状況は?」

 封鬼委員用の大部屋に戻った燐夜は、部屋の片隅で藍夏に《手当て》を受けている四季の姿を目の端で捉えながら、すぐさま霧葉に先ほどの言葉の説明を求めた。

「まずはこれを見て」

 霧葉は机の上に開かれたパソコンを操作し、スクリーンに現在の学園を出す。その画面には真っ暗に染まった黒点と、徐々に暗くなってゆく学園の地図が映し出されていた。

「それから、こっちも」

 霧葉が学園の各所に設置された監視カメラのライブ映像を、小さなウインドウに映す。

 そのカメラが捉えているのは、暗闇の中でなおその漆黒を誇示するかのように暗い口をあけた、数え切れないほどの小さな《鬼門》だった。

「これが……今の学園の状況よ。《聖霊点》が穢されたことで、小さな《鬼門》が学園各所で一気に開いたわ。それから、もうひとつ」

 霧葉がさらにパソコンを操作し、学園中央の屋上に設置された監視カメラの映像を引っ張り出す。映し出されたのは、高層ビルよりデカイ、規格外の《鬼門》の姿だった。

「おい、ちょっと待て」

 それを見た燐夜がパソコンに手を伸ばし、学園の地図の方をを取り出した。

「なんで九つの《聖霊点》の内、八つが穢されてんだ? 明美さんは魂を食われていなかっただろ。だったら『魂噛』の被害者は最初の四人に三神と夏姫を加えた六人。残り二つは、何で穢されているんだ?」

 確かに燐夜の言うとおり、現時点でパソコンに表示されている穢された《聖霊点》の数と、被害者の数は合ってなかった。

 そんな燐夜の疑問に、四季の治療を終えた藍夏が答えた。

「おそらく、三神さんの髪ではないでしょうか」

「髪って……。藍夏、どういうことだ?」

「三神さんの髪が切り取られているのはご存知ですよね? 呪術でよく髪が用いられるように、髪は本人の写し身にかなり有効なもの。それが三神さんほどの氣力をお持ちの方ならばなおさらのことです」

「それはそうだが……。いくら『魂噛』を受けた後でも、《聖霊点》を穢すには髪の毛だけじゃ力不足じゃないのか?」

「はい。もしそれが、ただの髪の毛ならばそうかもしれませんね」

 藍夏の意味深な言い方に、燐夜は今日の昼間に起きたあの騒動を思い出した。

「そうか。体育館での暴動の本当の狙いは、これか」

「はい。体育館に施されていた鬼術は、他者の気を吸い取る類の術でした。おそらく、あの暴動の本来の目的は生徒の邪気で《聖霊点》を穢すことではなく、生徒たちの邪気を集めることで、三神さんの髪を《聖霊点》を穢す媒体にすることだったのでしょう」

 藍夏の言葉に、燐夜が苦々しく頷こうとした瞬間、

「「な、何だっ?」」

 部屋の中にいた全員が、最後の《聖霊点》から来る並々でない闘気と殺気を感じ取った。

「霧葉っ!」

「ちょっと待って、今探るわ」

 燐夜の声に、霧葉は眼鏡の封具、《千里鏡》越しに眼を最後の《聖霊点》の方角の壁へと向け、気の溢れ出る源を透視した。

 霧葉の意識は《千里鏡》を通し、壁をすり抜け校舎の外へと飛び出す。

 充満する鬼気により視界は不鮮明だが、霧葉の意識はなんとか気の源に辿り着いた。

「見つけた」

 霧葉が呟き、さらに目を凝らす。

 そして「っえ?」と狼狽を口にした。

「どうした? 霧葉。何が見えた?」

「校長先生……」

「はぁ?」

「校長先生と、昨日ここへ来た八雲って先生が戦っているわ」

「なにっ?」

 霞む視界の中で霧葉が捉えたのは、凄まじい形相で術を放ち合う二人の術師の姿だった。


 腕を振り上げる堂穀。その指揮に従って大地から石槍が飛び出し、串刺しにせんと八雲に襲いかかる。その石槍は八雲が凄まじい速度で横に薙いだ腕から発生した真空の刃、カマイタチに粉々に刻まれて再び大地に帰る。カマイタチは更に、触れる大気を切り裂きながら堂穀にその真空の牙を剥いた。

自らに迫りくる脅威に、微笑を洩らす堂穀。

 堂穀を中心に半径1メートル以内に入ったカマイタチが結界に阻まれ、ことごとく霧散する。その結界を突き抜ける拳。カマイタチと共に堂穀へと駆け出した八雲が放った拳は、結界に肌を裂かれながらも、堂穀の頬に深々と突き刺さった。だが、殴られると同時に放った堂穀の天をも貫く蹴りが、同時に八雲の身体を軽々と蹴り飛ばしていた。

 肋骨を折られ、宙を舞う八雲。奥歯を砕かれ口の端から血を流す堂穀。交差する二つの視線。互いの眉間に向けられた二つの手の平。二人が放った莫大なエネルギーの術から漏れた光が当たりの大気を白く焼く。

 その白光から双対して弾き出された二つの影。

 若錬の術師秋間八雲が問いに、老練の術師黄浜堂穀が答える。

 一言限りの問答を終え、二人は再び死合を開始した。


「どういうこと?」

 《千里鏡》を通して状況を伝えた霧葉が困惑を口にする。他の面々も霧葉と同意見だ。

 そして、その困惑は自然とある可能性へと集約された。

「簡単なことだ」

 真っ先に口を切ったのは絶磨だった。

「あの八雲ってやつが今回の事件の黒幕だった、そういうことだろう。燐夜だって見たんだろ、夏姫を襲ったヤツにの首筋に傷があったのを」

 絶磨が確認するように燐夜へ目を走らせる。

 燐夜は黙ったまま、絶磨の問いに微妙に頷いて応えた。

「ん? どうかしたのか、燐夜?」

「いや、なんでもない」

 胡乱気に自分の顔色を探ってくる絶磨に燐夜は微妙な返事を返す。

 燐夜は頭の中で何かが引っかかっているような妙な居心地の悪さを覚えた。それはまるで、一生懸命に解いた問題の大前提が間違っているようなそんな突っかかりだった。

 そんなときだ、机の上に開かれていたパソコンからビーという警告音が鳴ったのは。

「今度は何だ?」

 いい加減うんざりだというふうに、絶磨がパソコンを覗き込む。その瞬間、絶磨の眼はパソコンの中のある項目に釘付けとなった。

「おいおいおい、マジかよ」

「どうした、絶磨?」

「燐夜、いや……。お前らコレを見てみろ」

 絶磨が乱暴にパソコンを持ち上げ、デスクトップ左上、鬼の出現数の項目を指差した。その数約三万と六千。そして、その数は爆発的に増大している。

「野郎、おっぱじめやがったな。おい霧葉、外の状況はどうなってやがる」

「ちょっと待って」

 即座に霧葉が透視を開始する。《千里鏡》を通して霧葉の眼に飛び込んできたのは学園内を埋め尽くす鬼、鬼、鬼。その鬼たちは幾多に分かれ何かを目指し動き出していた。

 鬼たちが目指す先にあるもの、霧葉はすぐに思い出した。

「大変よ、鬼が寮を目指して移動しているわ」

「チッ」

 霧葉の言葉に、絶磨が荒々しく舌を打つ。

「下級鬼に生徒たちを皆殺しにさせる気か」

「そう考えるのが妥当でしょうね。最後の《鬼門》を開けるための贄にするつもりでしょう」

「何、悠長に分析してんだ。俺は行くぞ」

 荒々しく立ち上がり、絶磨が《覇界》を担ぎ上げ扉へと向かう。

 そんな絶磨を、少し呆れ顔を浮かべた霧葉が「待ちなさい」と呼び止めた。

「何だ、霧葉。早く手を打たねえと手遅れになるぞ」

「じゃあ、聞くけど。今、あなたが出て行って事態は好転するのかしら? 落ち着いてよく考えなさい。結局、学園内に現れた《鬼門》を全部閉じない限り、私たちに勝利はないわ」

 霧葉の正論に、今にも飛び出しそうになっていた絶磨が押し留まる。

 それを確認した霧葉は、今度は部屋にいる全員の顔を見た。

「現状を打開する最低条件は二つ。一つはもちろん主犯の鬼を封印すること。二つ目は、開きかかっている巨大な《鬼門》も含め、学園内に開く全ての《鬼門》を閉じること。もちろん、寮に生徒たちが襲われれば即アウト。よってこれからは、鬼を封じる役と生徒たちを守る役の大きく二手に分かれるわ」

 霧葉は矢継ぎ早にそう言うと、続いて燐夜を指差して言った。

「燐夜、あなたには鬼を封じる役をやってもらうわ。いいわね?」

「ああ、分かってる。――でもよぉ、霧葉だって俺が氣術の類が苦手なことは知っているだろ? どうやって鬼を封印する気だ? それ以前に、どうやって今校長たちがいるとこまで行く?」

 燐夜はパソコンに映し出された学園の映像を指し、言った。確かに、堂穀たちが闘う高等部の校庭は、すでに鬼たちに埋め尽くされている。とてもじゃないが、普通の方法では辿り着く前にタイムリミットを切ってしまう。だが、霧葉は「大丈夫よ」とあっさり答えた。

「鬼の封印には別の者を当てるわ。もちろん《鬼門》を閉じるのもね」

「何か策があるのか?」

 燐夜の問いに霧葉は「ええ」と頷き燐夜を含めた全員に聞こえるように作戦を説明した。

「――――ということよ。あとは燐夜、あなた次第。どう、できる?」

 説明を終えた霧葉は確認するように燐夜に尋ねる。

「どの道、やるしかねぇだろ。行くぞ」

 燐夜の号令と共に、四季と彼の看病のために残る胡桃以外の全員が立ち上がり、各々の決意を胸に死地へと続く扉へと向かう。

 最後に、燐夜はベッドの上で以前と変わらない光を眼に湛える親友に言った。

「四季。……待ってるぞ」

 四季が頷くのを背中で感じながら、燐夜は一度も振り向かずに部屋から出て行った。


 高等部の屋上に来た燐夜は、眼下に広がる暗き欲望を見下ろし「クソッ」と悪態を漏らした。天上から暗雲が落ちたんじゃないかと思うほど闇に埋め尽くされた校庭には、無数の赤眼が欲望を埋める血潮を求め漂っている。

 その向かう先にあるのは、学生たちが逃げた寮。

「あいつら、大丈夫だろうな」

 燐夜が寮の護衛に向かったメンバーを心配する。

 しかしその思考は一瞬。燐夜は頭を軽く振り自らの懸念を振り払うと、もう一度暗き校庭へ目を走らせた。

「あれか」

 燐夜の眼が暗黒の一角にまるで修整液を零したかのような穴を捕らえる。それこそ、燐夜の目標地点。大きくドーム状に張られた結界。堂穀と八雲が闘っているはずの戦場だ。

「さぁて、どうしたものか?」

「どうしたもんかじゃねぇだろ。さっさと始めるぞ」

「そうっすよ。ちゃっちゃと始めて、ちゃっちゃ終わらせましょう」

 頭を捻る燐夜を、共に屋上まで来た絶磨と風林か急かした。

 燐夜が振り返り、嫌に意気揚々とした2人を見る。

「何か楽しんでないか」

「何か、なんてとんでもないっすよ」

「そうだ、心の底から楽しんでるに決まってるだろ」

 2人の笑顔に燐夜は霧葉の顔を思い出し、心の底から「バカヤロウ」と叫んだ。

 確かに、霧葉は堂穀のところまで行く方法を考えたが、それはまたとんでもない方法だった。

「クズクズしてる時間はないぞ」

 絶磨がもう一度燐夜を急かす。燐夜は「覚えてろよ」と小さく呟き、ズボンのポケットに白都から渡された物が入っているのを確認。

 最後に大きく深呼吸をして腹を括った。

「よし、ひと思いにやってくれ」

「おう」

「任せてくださいっす」

 燐夜の言葉に風林と絶磨は鷹揚と頷き、霧葉から言い渡された作戦を実行した。

「先輩。準備はいいっすね」

「……ああ」

 まずは風林が一歩前に進み、一応燐夜に確認を取ってから詠唱を開始した。

「終わり無き線

 尽きること無き点

 崩れること無き円 

 共々結びて彼の者を包み 阻むものを滅す球界と成せ

 即席我流法氣術 【光神の守玉】」

 風林の終詠と共に、法気と氣が入り混じった球体が燐夜の身体を包み込んだ。

 その出来に燐夜が「へぇ」と感嘆を洩らす。

 通常、人間は藍夏を代表する“浄”の法気か、燐夜のように“滅”の氣の、二つのタイプに分かれるが、法術師と氣術師を両親に持つ風林はその両方を扱うことができる特異体質を持っていた。今燐夜を包む結界、【絶界の守玉】は内側を強靭な氣で構成し、外側を浄化の性質を持つ法気で覆った風林のオリジナル術であり、他の者では絶対に作り出すことのできない代物だ。

「終わったっす。いやぁー、我ながらうまく出来たっすね」

 自分が作った結界の出来栄えに満足する風林。

 そして、今度は、大刀《覇界》を引き抜き、本当に心底楽しそうな絶磨が燐夜に声を掛けた。

「じゃあ、次は俺様だな。できるだけ手加減はするつもりだが、心の準備はいいか?」

 心にもないことを飄々と言う絶磨に、燐夜が「さっさとやれ」と無愛想に答える。

 その後ろ姿に、絶磨は崩した顔を引き締め、真剣な声で言った。

「燐夜。死ぬんじゃねぇぞ」

「ったりめぇだ」

 お互いの顔を見ないまま、2人は不敵に唇を吊り上げた。

「よし。じゃあやるぞ」

 そう言って絶磨は、《覇界》の柄を両手でしっかりと握り、ドーム状の結界に狙いを定める。燐夜の脳裏に、ニンマリと満足そうな笑みを浮かべる霧葉の言葉が過ぎった。

 ――校長先生のところまで行く手段は簡単。空を飛んでいけばいいのよ――

 燐夜がもう一度、心の中で霧葉に憤激を飛ばす。

 一方、燐夜の後ろで《覇界》を、まるで野球の打者のように振りかぶった絶磨はその肢体にあらんかぎりの力を込め、

「よし、燐夜。――――行ってこいっ!」

 力の限り振り抜き、燐夜が入った【光神の守玉】を野球ボールのように、堂穀たちが戦いを繰り広げているであろう結界へ向けて打ち飛ばした。

 その影は見る見るうちに遠くなって、瞬く間に漆黒の闇へと飲み込まれた。


「だぁぁぁぁぁぁぁー」

 風林に【絶界の守玉】に入れられ絶磨に打ち出された燐夜は絶叫していた。

 予想通り絶磨は手加減抜きで【絶界の守玉】を打ち飛ばし、その中にいる燐夜はさながら絶叫マシンにでも乗せられた気分だ。だが、恐ろしい速度で飛ぶ【絶界の守玉】の中は、硬く上部に構成された内側の氣のおかげで、そこまで衝撃があるわけではなかった。

 そんな燐夜の乗る【絶界の守玉】へ、空を飛ぶ鬼たちが次々と襲いかかる。だが、その鬼は【絶界の守玉】に触れた瞬間に、外側に張り巡らされた法気によって断末魔と共に瞬く間に浄化され、その軀を塵に変えていった。

 ものの数秒で燐夜は堂穀たちの戦う結界に到達。凄まじい速度と強力な法気を纏った【絶界の守玉】はドーム状の結界を難なく突き破り、グランドの地面へ激突。

 その衝撃で地面が深く抉れ、辺りに粉塵を巻き起こした。

「イッテー。霧葉の奴、これで死んでたら恨んで出てやるからなぁ」

 その粉塵の中、燐夜は悪態を洩らしながら立ち上がった。

 舞い上がる土煙を掃いながら顔を上げた燐夜が見たものは、服がボロボロになりながらも自分足でしっかりと立っている堂穀と、同じく服をボロボロにし地面に伏したままピクリとも動かない八雲の姿だ。

「やあ、燐夜君。遅かったね。こちらはちょうど終わったとこだよ」

「校長……」

 少し疲れた笑みを浮かべる堂穀が、服に付いた汚れを掃いながら燐夜に歩み寄る。その様子に燐夜は安心したように息を吐き、少し離れたところに横たわる八雲に目を走らせた。

「結局……、こいつが鬼だったのか?」

「そうさ。この男、秋間八雲は、自身の経歴を偽りこの学園に潜り込んだんだ。その上、私に催眠術まで掛けてね」

「催眠術?」

「ああ。私は彼を昔から知っている、という暗示さ。おそらく先日君に彼を紹介した時点で、すでに私たちは鬼の術中に囚われていたんだろう」

 淡々と推論を述べる堂穀に、燐夜は「なるほどな」と頷く。

 しかし、燐夜の頭の中では、やはり得体のしれない何かが引っかかったままだった。燐夜が疑念を胸に抱きながら八雲を見る。八雲はまったく動く気配を見せなかったが、その身体は細くなった呼吸に合わせ僅かに上下していた。

 そんな八雲へ向けて、堂穀がほとんど袖の無くなった肩腕を持ち上げた。

「まぁ、色々手こずったが。これですべてが終わる」

 そう言って掌に力を込める堂穀は、心の底からの憎悪と嘲りを込め、嗤った。

 その堂穀の横顔に燐夜の背筋が凍る。

 そして、燐夜の中で引っかかっていた点と点が繋がり始めた。

 鬼が現れたにも関わらず学園内に残された生徒

 氣術・法術の名手、風林にすら取り憑いていることを悟られないほどの器

 燐夜の腕を癒し助言を与える八雲

 昔話に異常な嚇怒を見せた堂穀

 燐夜たちの行動を知っていたかのような明美の囮と鬼気を用いない術 

 屋上での攻防

 そして初めに八雲を紹介した時、八雲の首の傷をまるで自分のことのように話す堂穀の笑みと、今、 目の前にいる堂穀の邪悪な二つの笑み。

「なあ、校長……」

 燐夜が唾を呑み、震える声で堂穀に問いかける。

「ん? なんだい、燐夜君」

「最初に『魂噛』に遭った男子生徒の名前って、なんつったっけ?」

 燐夜の疑問に堂穀はしばし思案し、答える。

「さて、なんていったかな? 確か高等部の男子だったよね?」

 あれ~私ももう歳かな、ととぼけたように空いた手で頬を掻く堂穀。だが次の瞬間。その表情が一転。驚愕に目を見開く堂穀の首筋には、堂穀の言葉が終わると同時に飛び出した燐夜が抜刀した、《断理》の鋭利な刃が押しつけられていた。

「な、何のつもりだい、燐夜君。気でも違えたか? まさか、君まで鬼に操られて……」

「安っぽい演技はやめろ」

 背後に回り込んだ燐夜に慌てた様子で尋ねる堂穀の言葉を、燐夜の冷めた声が遮った。

「あの校長が学園の生徒、しかも被害者の生徒の名を思い出せねぇわけないだろ。それに」

 生暖かい風が吹き、燐夜と堂穀の髪が靡く。

 燐夜は堂穀の首筋にある八雲と全く同じ傷跡を瞳に収め、続けた。

「最初に被害に遭った生徒は女子生徒だ」

 燐夜の静かな質疑。

「……いやぁ。まいったなぁ」

 苦笑する堂穀。

 次の瞬間。堂穀の殺意の籠った手が、背後の龍次へと向けられた。

 反射的に堂穀から飛び退く燐夜。堂穀に手を翳された部分の燐夜の上着が放たれた氣にボロ雑巾のように引き裂かれ、その隙間から燐夜の皮膚を晒す。血の軌跡を残しながら堂穀から大きく距離を取った燐夜の顔には、抑えきれない怒りが滲みだしていた。

 すでに動かなくなった八雲から、自分に刃を向ける燐夜に、真っ赤に染まった視線を移した堂穀、いや堂穀の身体を支配した鬼が燐夜に問う。

「いつ、分かった」

 その声はいつもの優しかった堂穀のモノから、暗い地獄の底から沸き上がってきたような低く重苦しいモノへと変わっていた。他の鬼のように真っ赤に染まり人を見下すようなその眼に浮かぶのは、刃を向けた燐夜に対する怒りではなく、純粋な疑問。

 そんな赤き眼を見つめ返す燐夜は鬼の質問を聞き流すことなく、敵を知るため、そして時間を稼ぐために答える。

「そんなのたった今に決まってるだろ。先に分かってたなら、その時点で手を打つさ」

「ほぉ」

 臆すことなく挑発的に自分に挑む燐夜に、鬼は頷き、質問を変えた。

「では、どうしてわかった」

「さっき言ったろ。俺らの校長は学園全員の顔と名前を覚えているような変人なんだよ」

 燐夜の言葉に、堂穀の身体を支配する鬼が哄笑した。

「ククククク。自分の校長に対して、随分な言い草じゃないか」

「日頃こき使われてるからな。どうせ本人じゃねぇんだ、こんな時ぐらい言わせてもらってもバチは当たらないだろう。――ついでに言わせてもらうと、どんなにお前が校長に化けても、やっぱり校長じゃないお前の演技は所々ズレてんだよ。その時は分からなくても、時間が経ち過ぎだ。チグハグだらけなんだよ、お前はな」

「そうか、今後の参考にさせてもらうよ」

 そう言って堂穀の姿をした鬼が、本物の堂穀のように顎髭を撫でる。

 その動作が、燐夜には心底気に食わなかった。燐夜の顔を渋面が彩り、その肢体に力が籠る。

 だが、燐夜は昂る身体を無理やり抑え込み「一つだけ分からないことがある」と口を開いた。

「どうして、お前は校長に取り憑けた?」

 燐夜の眼の光が、殺意から質疑へと変わる。

 質問の源は堂穀の言葉だった。

 ――「あの時の鬼は人の心の隙に付け込んで体を乗っ取るタイプの鬼でね。しかも、乗っ取られている本人にはその自覚はない」――

 おそらく、あのときはまだ堂穀の意思は残っていたはずだ。つまり、堂穀の言ったこの言葉は真実。

だからこそ、燐夜にはあの鋼のような精紳と不屈の魂を持った堂穀が鬼に付け込まれるなど、どうしても納得できなかった。

 燐夜が鬼を睨み、今一度問う。

「校長だって人間だ。心に隙だってあるだろうよ。だがよ、鬼のてめぇに付け入られるほどの大きな隙があるなんて、到底考えられ……」

「あったんだよ。その隙が」

 燐夜の言葉を遮り、鬼がニマリと笑って答えた。

「堂穀の隙……それは君たち、封鬼委員を始めとしたこの学園を守ろうとする全ての生徒たちに対する“信頼”。それがこの男、黄浜堂穀最大の隙だ」 

「何っ?」

 鬼の言葉に僅かに狼狽する燐夜。

 対して、鬼は今までにないくらいの大声で笑い始めた。

「フハハハハハハハハ。本当に人間とは分からないものだ。いや、矮小な種族のことなど分かりたいとも思わないがな。しかし、その昔この私すら退け、《氷心の守護神》と称されるほど感情を殺していた男が見せた隙が、まさか他人を“信頼”したことで生じた『勘』の緩みだったとは。いやはや、恐れ入った。――――だが」

 笑いが突然止み、鬼の声色が深い怨嗟の籠ったモノに変わった。

「そこは老いても歴戦練磨の封鬼師、か。どこまでも私の邪魔をしてくれる」

「……どういうことだ?」

 燐夜の問いに、鬼は目に見えない堂穀を呪い殺すように言葉を噤みだした。

「簡単な話だ。本来、私の計画ではこの最後の《聖霊点》をこの堂穀自身の魂を食らうことで穢すつもりだったのだ。それを、この男は……」

 あまりの怒りに、鬼が言葉を切り、憤激に震える身体を両腕で抱きしめた。

 腕を掴む指に力が籠り、まだ残っていた上着が破れ、皮膚が裂け、鮮血が飛び出す。

 そして、数秒後。

 自信の怒りを抑え込んだ鬼は、極限まで頬を吊り上げ、背筋の凍る笑みで燐夜を睨んだ。

「だが、お前が来た。その身に内包した凄まじい氣。そして、堂穀が最も信頼を寄せる器。人柱には申し分ない上に、堂穀にとっては最大の屈辱だ。お前の魂、この私が頂くぞ」

「『はい、そうですか』なんて、言うと思ってんのかよ?」

 燐夜が遂に自分を押し留めていた枷を外し、

「頂くのは俺の方だ。てめぇが奪った物、全部まとめて返してもらうぞ」

 言葉を後方に置き去りにして飛び出した。

 堂穀の身体を借りた鬼は迎撃態勢を取っていない。燐夜は一撃で全てを終わらせるために、全神経を鬼の一掌一足に集中する。

 だが、それが仇となった。突進する龍次をゆるりと見ながら鬼が宣言する。

「だが、お前の相手は私ではないぞ」

 鬼へ一直線に疾走する燐夜を、屋上での一戦の時のように横手から光輝く氣龍が襲った。

「やっぱり……くるよな」

 燐夜が咄嗟に鬼へ向けていた切っ先を横手に振るい、襲いかかる龍を切り裂いた。

 燐夜が視線を横に向ける。

 その視線の先には、夏姫と共に鬼と消えた三神が立っていた。

「三神……」

 苦しげに呟き、一瞬、三神に目を走らせる燐夜。

 だが、燐夜はすぐにその視線を鬼に戻した。

 そう。鬼さえ封じれば、すべて終わるのだ。

 しかし、燐夜が視界に収めた堂穀の皮を被った鬼は、まるで観戦するように腕を組み、醜い笑みを浮かべて燐夜を見ていた。

 その不快な笑み目掛け、燐夜が再び飛び出す。

 だが、またしても燐夜の進攻が止まった。

 三神から真逆の位置から燐夜目掛けて放たれたのは、一般の学園生徒が護身用に扱う法氣具。《后針こうしん》と呼ばれる、本来なら真っ白な針身を黒く染める無数の針だった。

 その力は敵の動きを数秒止める程度のものであるが、ある一戦を超えた者同士の戦いにおいて、その一瞬の隙は死に直結する。

 燐夜が僅かに視線を横に向け、針を放った者を視認する。

 そこにいたのは、三神同様に『魂噛』の被害に遭った生徒たちだった。

「この外道野郎がっ!」

 燐夜がギリッと奥歯を噛み締める。

 だが、彼らを一瞥すると、すぐにその視線を鬼へと向けた。

 燐夜が状況を即座に計算する。

 氣術の名手三神の術も、生徒たちが放つ無数の針も、確かに厄介ではある。が、所詮は遠距離射撃。到達するまでにタイムラグがある以上、隙を見せない限りはそれほどの脅威ではない。

 鬼との接近戦にさえ持ち込むことができれば、鬼自身をも巻き込むかもしれない遠距離攻撃はなくなるはず。

 確信を得て、燐夜は再び飛び出した。

 この時点で、燐夜の判断は正しかった。

 けれども、そこにはある重要な人物の存在が抜け落ちていた。

「っ!」

 突如として燐夜の背に悪寒が走り、燐夜の勘が意識とは無関係の回避信号を出す。

 大きく前方へ向けて身を投げ出す燐夜がいた場所の空気が横一線に分断された。

「……そういや、お前もいたっけな」

 地面に転がった燐夜は、立ち上がりざまに背後から攻撃を仕掛けた人物に視線を走らせる。

 眼の前で薙刀を模した封具《武刻ぶこく》を構え直す夏姫に、燐夜が戦場に似合わない悲しい目を向けた。

 対して、そんな燐夜の視線を受け止める夏姫の瞳には、人の感情を表す一切の光が無い。

 その眼は開いているのだが、まるで瞼を閉じているかのように何も見ておらず、視線の定まらないその瞳はただただ昏い闇に染まっていた。

 そして、近・中距離線を得意とする夏姫の参戦により、最低でも目の前の夏輝か遠距離攻撃を仕掛ける三神と生徒たちのどちらかを戦闘不能に追い込むしかなくなった

 一瞬の思案。

 決心した燐夜は、夏姫に向けて《断理》を構えた。

「悪りぃな、夏姫。ケツはしっかり持つからよ」

 静かに相対する燐夜と夏姫。

 先に動いたのは夏輝だった。

 構えていた《武刻》を夏姫が大きく、そして速く縦に振るう。

 しかし、いくら速くても攻撃は直線的。

 燐夜は悠々と体を横手に捌き回避する。

 だが、夏輝の一撃の真骨頂は、燐夜が体を捌いた後にこそあった。

 真下に振り落されていたはずの太刀筋が突然軌道を変え、回避を取った燐夜の太腿に食らいつく。寸前で、夏輝の攻撃の真価を思い出した燐夜が狙われた脚を引くが、《武刻》は燐夜の制服と太腿の皮を見惚れるほどに綺麗に切り裂いた。

 燐夜が夏輝から絶妙な間合いを取る。

 そして、夏輝の攻撃が読めなかった自分の愚かさを叱咤した。

 通常、一度出した攻撃の太刀筋が変わることはない。いや、変えることができないといった方が正しいだろう。

 しかし、それは武器が拳や刀だった場合のことであり、物事には何事にも例外というものが存在する。

 夏輝の《武刻》は薙刀。そして、薙刀と刀との一番の違いは、柄を握る二つの拳との距離と武器全体の長さとの比率にある。刀のように柄を握る拳と武器全体の比率が小さい場合は、扱うモノの力が武器に伝わりやすいためその威力が大きくなるが、薙刀のように武器全体が長い場合は力が武器に伝わりにくく当然その威力も激減する。

 だが、長い武器にももちろん利点はある。それこそ、先ほど夏姫が放った一撃の正体だ。手の握り幅と武器全体の長さの比率が大きければ大きいほど、小さく手首を捻るだけで武器の先の軌道は大きく変わることになる。

 夏姫が燐夜に向かって飛び、すさまじい速度で《武刻》を振るった。斬る、突く、払う、薙ぐ、叩く。分裂したかのように複数の攻撃が燐夜の視界を覆う。対する燐夜も神速の太刀捌きで《断理》を振るい応戦するが、ただ操られているだけの夏姫が放つ攻撃の意図を読み切れず、いなし切れなかった《武刻》の刃が、無数に燐夜の肌に斬傷を刻んだ。

「くっ」

 幾筋もの流血を流す燐夜は空気中に鮮血の軌跡を残し、夏姫の攻撃圏から大きく飛び退いた。

 体中を刻まれながらも、燐夜の闘志は依然として健在。

 戦闘が始まってから恐ろしい速度で昂りだした、燃え滾るような瞳で夏姫を睨む。

 そんな燐夜に対し、夏姫が構えを変えた。

 長い武器にはもう一つ利点が存在する。

 それは、遠心力がかかりやすいということだ。

 距離を開いた燐夜に対し、夏輝は《武刻》を右手一本で握り、迷うことなく突っ込む。その太刀筋は、一番初めに燐夜を襲った時のような横一線。

 今度は、燐夜は避けることはせず《断理》を盾に《武刻》の刃を防いだ。しかし、

「グッ」

 片手で振るったことにより、速度・威力・重みが増した一撃は《断理》ごと燐夜を吹き飛ばした。

 地に片手を付き体勢を立て直す燐夜。そんな燐夜を挟み撃ちにしようと左右から襲う紅蓮の砕火と無数の黒針。瞬時に、燐夜は夏姫の飛ばされた身体を支えていた手を引き戻し、自分が飛ばされていた方向へさらに跳躍する。

 顔を上げた先に捉えたものは、黒針を食いつくす紅蓮の炎と、それを飛び越え頭上から《武刻》を振り下ろす夏姫の姿だ。

 だが、燐夜はこれを好機と見た。

 燐夜は今度こそ飛ばされる身体を完全に止め、進行方向と逆方向に発生した反発力を利用し、宙に舞う夏姫へと跳躍。振り下ろされる《武刻》の刃の腹を《断理》で叩き、空中で夏姫に当身あてみを食らわせた。

 ビクンと夏姫の身体が跳ねたかと思うと、今後はガクンとその首が前方へ折れ、手から《武刻》が零れ落ちる。

 燐夜は力が無くなった夏姫の身体を受けとめながら、カランという《武刻》が落ちる音と共に地上に着地した。

 そんな燐夜の耳を、再びあの嫌な声が撫でる。

「おやおや。女性に手を上げるなんて随分なことをするではないか」

 自分のことを棚に上げ燐夜を責める鬼。

 対する燐夜は、抱きつくように項垂れる夏姫を支え、殺意のみで敵を殺さんとばかりに炯炯と輝く双眸で鬼を睨みつけた。

「てめぇ……。覚悟はできてんだろうな」

 声に籠る尋常でない覇気。

 だが、その覇気を向けられた鬼はいたって涼しい顔で答えた。

「そんなことを言っている暇はあるのか? こ奴らはまだ終わってないぞ」

「何っ?」

 燐夜が言葉を発したのと、燐夜に寄り掛かる夏姫が動き出したのはほぼ同時だった。

「夏……」

 動き出した夏姫が燐夜にしがみつき、凄まじいで腕力で燐夜を締め上げその動きを封じる。

 燐夜の当て身は確かに決まっていた。

 だが、今の夏姫は鬼に操られているだけの意識なき傀儡。

 もとより、意識を絶つ当て身など意味がなかったのだ。

「夏姫。放せっ!」

 燐夜が必死に身をよじり夏姫から逃れようとする。いくら夏姫とはいえ、ひとりで肉体的に鍛え上げられた燐夜を抑えきることなど不可能だ。

 ……そう、一人なら。

「お、お前らっ!」

 もがく燐夜に夏姫や三神同様に鬼に操られる、『魂噛』を受けた生徒たちの腕が延び、夏姫と共にその動きを封じた。

 身体を締め付ける夏姫の腕と、肢体に絡みつく八本の腕。

 燐夜の動きが完全に止まる。

「このクソ野郎がっ」

 燐夜はそんな自分を見て嗤う鬼に、心の底から叫んだ。

「はははははは。大丈夫だ安心しろ、殺しはしない。お前の魂は私が頂くのだからな」

 燐夜の声に、鬼がさらに大声で笑いながら答える。

 心の底からの腐った笑い。

 燐夜は束縛された体から自分の首を刎ね、首だけになってでもその鬼の喉元に食らいつきたくなった。

 そんな燐夜の眼が、燐夜の動きを封じる集団から一人離れて印を結ぶ三神の姿を捉える。

 その瞬間。燐夜の顔がこれ以上ない憤怒に彩られた。

 鬼は自分を封じる夏姫たちごと、三神に攻撃させる気だ。

「どちくしょうっ」

 薄ら笑いを浮かべる鬼に向けて燐夜が吠える。

 この鬼は三神の魂と身体を奪うだけではなく、「仲間殺し」の傷を三神の心に刻みつけるつもりなのだ。

「三神ー。止めろ――――っ」

 燐夜が必死に三神に向かって叫ぶ。

 しかし、その呼びかけは虚しく大気に消え、三神の詠唱が辺りに響き渡った。

「森羅の開闢かいびゃく

 万象の栄盛えいせい

 牢白ろうはく真黒しんごくが生みし常世の槍」

「なっ!」

 三神の唱える詠唱に、燐夜の顔が青ざめた。

 三神の身体が膨れ上がった氣で発光し、膨大な氣に当てられた周囲の大気が震えだす。三神が発動しようとしている氣術は、そのあまりの威力と術師への負担から禁術に指定されている術。鬼は燐夜を殺しはしないと言っていたが、この攻撃を無抵抗のまままともに受ければ、いかに燐夜いえども、燐夜を抑え込む夏姫たち共々粉々に砕け散るだろう。

 燐夜の脳裏を「絶望」の2文字が駆け廻る。

「光と闇の誘うままに 皆全回帰の深淵に堕ちよ

 裏氣道拾壱が一つ 【無痕絶槍むこんぜっそう】」

 そして、三神が術を放った瞬間、燐夜を取り巻く状況が一転した。

 燐夜の肢体を抑え込んでいた八つの腕が離れ、夏姫を燐夜から引き離す。そのまま夏姫と共に倒れ込み夏姫の体を抑え込んだ。さらに、三神が放った触れるもの全てを飲み込み無へと帰してゆく光り輝く神槍は、何が起こったのか分からず呆然とする燐夜ではなく、薄ら笑いを浮かべていた堂穀の身体を支配する鬼へと放たれていた。

「なんだと?」

 自分に迫りくる氣の神槍に驚愕を浮かべた鬼は、すぐさま自分の前方に堂穀の氣で強固な三重の結界を構成した。

 ぶつかり合う矛と盾。

 一瞬の閃光の後に雷のような轟音が辺りに鳴り響く。

 身体を翻弄する爆風に耐えた燐夜は、鬼を覆い隠す粉塵を油断なく凝視する。

「いやぁー。間一髪とはまさにこのことだね」

 そんな燐夜の背後から、いやに聞き慣れた口調が響いた。

「大丈夫かい? 燐夜君」

 続いて親しげに肩を叩く手。

 燐夜が首を回すと、そこには先ほどまで倒れ伏し動かなかった秋間八雲が立っていた。

 だが、その表情は初めて会ったような厳しいものではない。向かい合うものを安心させるほがらかな笑み。その笑顔はまるで、

「校長……?」

 そう、常に学園生徒を見守っている黄浜堂穀のものだった。

「校長……。校長なのか?」

 しばらく呆けていた燐夜が、八雲に詰問する。

 すると堂穀のものと同じ笑みを浮かべる八雲は、鷹のような眼を緩め「ええ」と頷いた。

「待たせてすみませんね。燐夜君」

 その口調。その笑み。その瞳。

 そこにいるのは間違いなく九条学園現校長、黄浜堂穀だった。

 向けられた笑みと謝罪に、燐夜が顔を僅かに崩す。

 そんな二人を、未だ粉塵が漂う中から放たれた氣と鬼気が混じった気弾が襲った。

 舌打ちをして迎え撃とうとする燐夜。

 だが、放たれた気弾はすべて八雲、いや堂穀が前方に構成した結界に阻まれ、粉々になり霧散した。

燐夜が体中の筋肉を緊張させ砂塵を睨む。

「よくもやってくれたな。三界において私が最も憎む者よ」

 辺りに、深い怨嗟の籠った呪言が木霊した。同時に、内側で爆発でもあったかのように粉塵が膨張し一気に吹き飛び、中から凄まじい怒りの形相に顔を歪める鬼が現れた。

 だが、激情に任せ突進するかと思われた鬼は、怒りを深く呑み込みその赤い瞳に冷静さを取り戻していた。

 どんな達人でも激情してすぐに冷静さを取り戻すことは容易ではない。それが本能ですべてを決定する鬼ならばなおさらだ。

 燐夜が確信する。

 この鬼は本当に強い、と。

 燐夜、八雲の姿をした堂穀、堂穀の身体を乗っ取った鬼の視線が絡み合った。

「コソコソと何をしているかと思えば、貴様、私の術の上にさらに術を掛けていたのか」

 最初に口を切ったのは、冷静さを取り戻した鬼だった。

 その鬼の言葉に、堂穀が鷹のように鋭い眼光で鬼を睨み、答える。

「私の大切な教え子たちを、お前などの駒にさせるわけではいかないのでね」

 まるで火花が飛びそうなほどの闘気を瞳に湛えながらにらみ合う両者。

 完全に後れをとった燐夜は、鬼に細心の注意を払いながら堂穀に疑問を投げかけた。

「校長。いったい何の話をしているんだ? 何で校長が八雲の姿をしているんだよ?」

「ああ、ごめんごめん。そういえば話していなかったね。時間がないから簡単に説明するよ。この身体、秋間八雲というのは、私の古い知人が数十年前、私が全盛期の力を誇っていたころの細胞から作り上げた、人型。今風にいえば、私のクローンということだ」

「……は?」

 あまりに突拍子のない話しに燐夜が呆ける。

「まあ、詳しい話はこの戦いが終わってからにしよう」

「絶っっっ対に説明してもらうからな」

 微かに笑みを湛えながらそう提案する堂穀に、燐夜は不敵に笑い見返した。

 そして、二人は再び注意を鬼へと戻す。

 堂穀の瞳から優しさが、燐夜の瞳から甘さが消えた。

「夏姫君以外の子は私の術が掛けてある。夏姫君は私が押さえるから、燐夜君はヤツを頼む」

 堂穀の頼みに、燐夜が口の端を吊り上げて好戦的な笑みを浮かべ、答える。

「こっちを手伝ってはくれねぇのか?」

「生憎、この身体の方が限界でね。彼らを奴の手中に渡さないようにするので精一杯さ」

「……一応訊いとくけど、あっちの身体に未練とかある?」

「生まれてから使い古した身体だ、愛着はあるが……仕方ない。存分にやりたまえ」

 堂穀の言葉に、燐夜は無言の凶悪な笑みを浮かべ一歩前に踏み出した。

 敵は明確。身体は絶好調。氣は充填。上がりきっていないギアは、戦いの中で上げればいい。骨髄が次々に新しい血液を生成し、心臓が尋常でない圧力で血を送り出す。闘気、殺気、覇気、戦闘に必要な感情以外を削ぎ落とし、身体を生きるための肉体から、戦うための肉体へとシフトする。戦いの準備は整った。

 燐夜がもう一度、先ほどと同じ言葉を鬼に向け放つ。

「おい。封印される準備はできてんだろうな」

 燐夜の問いに鬼が答える。

「この学園を墜とす準備なら、とっくの昔に整っているわ」

 殺意が大気を殺し。闘志が大地を揺るがす。

 この学園の命運を握る戦いが、今、始まった。


 狙うは接近戦。

 燐夜は迷うことなく、真正面から鬼へと切り込んだ。対する鬼はその場から動くことなく、片腕を持ち上げ、燐夜を迎撃せんと氣を練る。その掌から無数に放たれた、命を刈り取る漆黒の気弾。飛翔する気弾に向け、燐夜が《断理》を振るう。その太刀筋が残すのは、綺麗に切り裂かれた気弾。鬼の攻撃は一つとして燐夜に届かない。

 その光景に鬼が「ふむ」と頷き、技を替えた。

 鬼の周りに燃え盛る火球が出現。大気を焼く黒き獄炎、【鬼火】が燐夜に向かって放たれる。

 神速で刀を振るい、襲いかかる【鬼火】を切り伏せる燐夜。

 だが、それは鬼の謀略の内だった。

 二つに裂かれた【鬼火】は消えることなく、その勢力を倍に増やし、燐夜の肌を焼き、肉を焦がす。瞬く間に、燐夜の身体が地獄の黒炎に包まれた。

「ぬるいんだよっ!」

 獄炎の内から響く燐夜の怒号。

 燐夜の裡から放出された並々ならぬ気合に【鬼火】が消し飛び霧散する。

 燐夜の燃え上がる闘志は、地獄の業火をも退けた。

 ――まだだ――

 燐夜が自分自身に確かめるように心の中で呟く。戦いを心から好み、特異体質を持つ絶磨のように、燐夜は戦闘開始時から持てる力の全てを出すことができない。戦闘の激化。流れ出る血潮。死と生の狭間に立って、ようやく燐夜の潜在能力は解放される。

 燐夜が再び飛び出す。待ちうけていたのは、氣を極限まで凝縮し、金剛石の強度を持つ鋼鉄に錬金した無数の刃。燐夜の視界を、今度は闇夜に鈍く煌めく刃が覆う。鋼同士がぶつかり合う甲高い金属音。燐夜は飛来する刃物を片っ端から弾き落とした。

 だが、その数は尋常ではない。燐夜が神速で《断理》を振るおうと、その微かな間隙を縫い飛び出た 刃が、燐夜の身体を無数に切り裂いた。

 しかし、それでも燐夜は止まらない。

 飛び散る己が鮮血、増える裂傷など完全に無視し、燐夜が鬼との間合いを詰める。

 燐夜の背に、冷たい悪寒が走った。

 勘が理性を置き去りにし、燐夜の身体を真横へと飛び退かせる。大地が蠕動する低い音。燐夜が向かっていた場所の地面が隆起し、数本の太い土槍となって大気を串刺しにした。

 あのまま進んでいたならば、燐夜はあの土槍で身体中に風穴を空けられていただろう。

 だが、今の攻撃は悪手。

 鬼に生まれた小さな隙。

 その間隙を見逃さず、燐夜は一気に鬼との間合いを詰める。

 だが、それを易々と許す鬼でもなかった。

 鬼が片腕を上げたかと思うと、地面に転がる石が空中に浮かびあがり、弾丸を彷彿させる石飛礫となって燐夜の進攻を妨げる。

 しかし、今度こそ燐夜は速度を止めなかった。

 首から上を襲う最低限の礫だけを叩き落とし、身体を襲う激痛を気合でねじ伏せ、鬼との距離を一気に詰め懐に潜り込む。

「喰らえっ!」

 燐夜が横一線に《断理》を振るう。《断理》は間違いなく堂穀の身体に宿る鬼に食らいついた。手応えもある。

 だが、食らいついた《断理》が反対側へと突き抜けた瞬間。

「罠だ。燐夜君」

 背後から堂穀の声が響き、鬼の身体が揺らぎ蜃気楼のように消え、その後ろから拳を構えたもう一人の鬼が現れた。

 燐夜の勘が再び最大警告を発する。

 間に合わないっ!

 燐夜の顔面に、握力で固められた岩のような拳が突き刺さった。

 勘に突き動かされた燐夜は、ギリギリのところで衝撃を逃がす後方へと飛んだが、殺しきれなかった衝撃に鼻孔から朱い筋が垂れる。

 再度警告を鳴らす燐夜の勘。

 前方を向く視界は、間違いなく鬼の双眸を捉えている。

 しかし

「なかなかやってくれるな。小僧」

 燐夜の聴覚が背後から発せられた声を、燐夜の触覚が背中に当てられた掌をそれぞれ捉えた。

「燐夜君。逃げろっ!」

 堂穀の叫びが校庭に響き渡る。

 だが、前方の鬼の赤き双眸に縛られ、燐夜の動きが止まった。

「裏氣道拾壱が一つ」

「なにっ?」

 燐夜の顔に焦燥が駆けた。

 鬼が行おうとしているのは、堂穀が最も得意とした、祝詞を唱えずに技を発動する詠唱破棄。

 背中に当てた鬼の手に、堂穀の氣が籠る。

「【雹仙花ひょうせんか】」

 周囲の気温が急速に下り、大気が震え、甲高い音が響く。

 冷気を吐き出し、全てを凍らせる鬼の手から白煙が立ち上った。

 だが、その先に燐夜の姿はない。

 腕から血を流し、背中の一部を氷で覆われた燐夜は、2人に増えた鬼と等間隔になるように間合いを 取り注意深く2人を睨みつけていた。

「「なるほど。痛みで私の鬼眼を破るとは、なかなか面白みのない解決方法を選んだものだ」」

 燐夜の血が流れる腕を見ながら、2人の鬼が同時に同じことを喋る。

 そんな鬼の挑発を無視し、燐夜は内から湧き上がる興奮を抑えながら視界に入る2人の鬼に向かって呟いた。

「【分け身】……か」

【分け身】

 それは高等の鬼が使う鬼術の一つで、その名の通り自分の分身を作り出す術。

 だが、今鬼が使っている【分け身】は、他の鬼が使う術と格が違っていた。

 切り伏せた一体目の鬼も、燐夜の顔面を殴った二体目の鬼も、【雹仙花】を放った鬼も、ほぼ同程度の質量をもった実体。本物は間違いなく一人だが、さすがは最奥から二番目に深い《大焦熱地獄》の鬼。生み出された分身も本物とほぼ同等の能力を持っている。

 厄介ないことこの上ない代物だ。

 荒々しく肩で息をし、劣勢に回る燐夜。

 だが、その頬は明らかな微笑を湛えていた。

 あと、少し

 昂る身体、漲る血潮、どこまでも戦いを求める心に、燐夜自身が恐怖する。

 それでも燐夜の覚醒はまだ完全ではない。

「「何か企んでいるようだが、まさか私に勝てると思っているのではないだろうな」」

 再び同時に声を発する鬼。

 燐夜は今度こそ、その挑発に乗った。

「思ってるに決まってんだろ。ようは、斬る相手が一人から二人になっただけだ」

「一人と二人では」「変わらないというのか」

「ああ。てめぇの大道芸に付き合うつもりはねぇ。誰かに見てもらいてぇならサーカスにでも入ってろっ」

 挑発的に睨む燐夜。

 それを強がりと見た鬼が、「「ほう」」とワザとらしく頷いた。

「「では、これなら付き合ってくれるかね?」」

 燐夜が目を見開く。

 その眼の前で、2人だった鬼がさらに各三人に分裂した。

 六つの同じ顔、十二の赤き眼が燐夜を囲み、その顔を醜く歪め嗤った。

「「「「「「さあ、ショーの始まりだ」」」」」」

 重複する声を後方に残し、鬼が一斉に動き出した。

 前方にいた一体目の鬼が正面から燐夜へと拳を放つ。その攻撃に、燐夜が「それが、どうした」と叫び《断理》を薙ぐ。上方へ大きく跳躍する鬼。その背後から、二体目の鬼が燐夜に強力な回し蹴りを放った。身を屈めて辛うじて蹴りを避ける燐夜。その横手から三体目の鬼が、まるでサッカーボールでも蹴るように、容赦のなく燐夜の横っ腹を蹴り飛ばした。「っぐ」と苦しげに燐夜が呻き、肺から送り出された空気と共に、真っ赤な血が口から吐き出される。地面に転がる燐夜。頭上から襲いかかる四体目の鬼の膝。寸前で回避した燐夜が今まで寝ころんでいた地面が、突き刺さった膝の衝撃で爆ぜ、大きく抉れた。

「どうした? 動きが止まっているぞ」

 声と共に五体目の鬼が背後から燐夜を羽交い絞めにし起き上がらせた。

 燐夜の動きが完全に封じ込まれる。

 そして、

「「裏氣道拾壱が一つ 【扇月せんげつ】」」

 最初に燐夜へ飛びかかった鬼と六体目の鬼が、五体目もろとも燐夜に攻撃を仕掛けた。二体の鬼が作り出した十と二の光り輝く三日月の刃が、触れる大気を切り裂きながら燐夜に迫り、五体目の鬼ごと燐夜を切り刻む。全身から血液を噴き出す燐夜と、幻のように消える鬼。後頭部に走る鈍痛。血をまき散らしながら前方に吹き飛ぶ燐夜を追う影。燐夜の腹部にすさまじい速度で拳が繰り出された。

 だが、吹き飛びざまに渾身の力で刀を振りぬいた燐夜は、迫りくる拳を切断。空中に血の緒を描きながら吹き飛ぶ腕を確認もせず、さらに首と胴体に刃を走らせた。

 再び幻のように消える鬼。相対して現れ、燐夜を取り囲む三体の鬼。横手へと水平に飛ぶ燐夜の腕をそのうちの一人が掴み。残りの腕と、他の二人の鬼とともに燐夜を殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る。まるで壊れたカラクリ人形のように同じ行動を繰り返す。

 一通り燐夜を殴り終えた鬼は燐夜の腕を掴む己の腕を持ち上げ、傷だらけになったその身体を吊るした。

 だらりと垂れさがる首、血だらけの身体、浅い呼吸音。

 鬼の口元が凶悪に吊りあがる。

 だが、その笑みはゆっくりと首を持ち上げた燐夜の相貌にかき消された。

「痛ってーじゃねぇかよっ!」

 燐夜が笑う。

 口の端から血の筋を流し、頭部から血を吹き出し、自由を奪われているこの状況で、燐夜は笑っていた。

 そこにいるのは、戦闘が始まった頃の紅月燐夜ではなかった。

 戦闘に順応にして昂った燐夜の身体は、平常時の物とはまるで別物。

 燐夜が限界を司る制御装置をぶち壊す。

 遂に鬼を倒す全ての準備が整った。

「覚悟、決まったか?」

 燐夜の浮かべた底知れぬ好戦的な笑みに、燐夜を吊るす鬼の表情が凍る。

「まあ、もう時間切れだけどな」

 その凍った首から先は、燐夜の放った一太刀で、身体を残し闇の空へと吹き飛んだ。

 幻として消える前に殺された身体は力無くゆっくりと崩れ落ち、燐夜を吊るしていた手を放す。

 幻として消える分身。

 現実に覚醒した燐夜。

 燐夜の変貌を認め飛び退いた二体の鬼。

 本体を含め敵は残り三体。

 燐夜の反撃が始まった。

 一番手近かにいた鬼へ、燐夜が駆ける。そんな燐夜に向けて、三方からの集中砲火。焔、氷、雷が燐夜に襲いかかる。だが、鬼が支配下に置いた超然とした自然の力ですら、今の燐夜を捉えることはできなかった。

 爆発を背後に残し、燐夜が刀を振り上げる。鬼が自身の腕を鋼に変え、燐夜の刃を受け止めんと腕を持ち上げる。二つに割れる鬼の面。鋼腕の防御など意に貸さず、燐夜の放った一撃は鬼の脳天から股間までを一瞬のうちにすり抜けた。

 割れる鬼の後ろから飛び出す黒刃。最後に残った分身が己の血肉から作り出した黒刀で燐夜に切りかかる。そこに一切の手加減はない。燐夜を人柱にする計画を変更してでも、この場で燐夜を殺さなければと鬼は直感した。

 前後左右から襲いかかる凶刃が燐夜の動きを止め、逆手が放った凄まじいほど怨念が凝縮された鬼気が燐夜を巻き込み爆発した。

 その瞬間、間違いなく燐夜は鬼の前方にいた。

 が、鬼の攻撃には手応えはなかった。

「なっ……」

 鬼の背から胸部を突き抜ける、冷たい刃。 

 心臓に穴が空き、引き抜かれた刀により栓を失った血液が噴水のように体外へ流れ出る。

 苦痛に顔を歪ませ、最後の分身が幻と消えた。

「また一人になったな」

 崩れる分身を背に笑いかける燐夜に対し、一人残された本体の鬼は驚愕に顔を歪めた。

 鬼は恐怖と力のみが支配する《大焦熱地獄》の中においても、随一の実力者と称されていた存在だ。今は幾分力が制御されているとはいえ、一対一、しかも【分け身】まで使用してなお劣勢に回るとは思いだにしなかった。

 引き結ぶ口元に先ほどまでの笑みはない。

 恥辱を味合わされた鬼の眼が、憤怒の炎に燃え盛る。

 だが、目の前にいる人間は、憤怒に満ち殺気を解放した体でなお、容易に攻められない力を持っていた。

 雪降る夜のように静かに、そして嵐のように激しく睨み合う両者。

「そろそろか……」

 鬼の内心を敏感に悟った燐夜は、霧葉の作戦を決行することを決心し、自身の血で真っ赤に染まった唇を開いた。

「おい、真名を名乗れ」

「……なに?」

「聞こえなかったのか? 真名を名乗れって言ってんだよ」

 燐夜が鬼に向かって叫ぶ。

 だが、燐夜の無謀な言葉に鬼よりも堂穀の方が強く反応した。

「何を考えているんだ? 燐夜君!」

 生徒と夏姫が戦闘に巻き込まれないよう、共に後退していた堂穀が声を荒げて叫んだ。

「馬鹿なことを考えるんじゃない。今すぐ鬼を封印するんだ。真名を解放し本来の存在を具現化した鬼の力を知らない君ではないだろう」

「考えたのは俺じゃない。文句があるなら霧葉に言ってくれ。――それに、この鬼は普通の封印を破ったんだろ。だったら真名封印を掛けて完全に封印するのが最善だ」

「しかし……」

「校長っ。黙ってみていてくれよ。――俺らのこと、信頼してくれてんだろ」

 燐夜が首半分だけ振り向き自分のことを心配する堂穀に告げる。

 堂穀は苦悶を小さく漏らしたが、燐夜の横顔に相当の覚悟を見て取り、それ以上燐夜を止めようとはしなかった。

 それを確認した燐夜が、視線を再び鬼へと定める。

 実際のところ、燐夜も堂穀の危惧は重々承知だ。

 真名とは、詰まる所その名を冠する者の存在そのもの。その真名を媒体として鬼に課す真名封印は、一度決まれば決して覆ることのない、封鬼師における最終奥義の一つ。

 だが、強力な手段というものは相応のリスクを伴うもの。真名封印に至っては、真名を名乗ることで、鬼が本来の存在を解放することがそれにあたるだろう。

 存在を解放した鬼の力は、真名を名乗っていたころの数倍に跳ね上がる。それが《大焦熱地獄》の鬼ともなれば、燐夜といえども打ち倒すことができる保証はない。

 だが、それらをすべて承知の上で、燐夜は霧葉の案に乗った。

 要は勝てばいいのだ。

 それですべてが終わる。

 燐夜はもう一度鬼に問いかけた。

「真名を、名乗れ」

 静かに響く燐夜の声。

 燐夜の覚悟を認めた鬼がその心意気に純粋な闘気を讃え、応えた。

「いいだろう」

 突然、本来の堂穀から黒い煙が湧き上がり、その煙が一人の人型を形作り始める。

 現れたのは精悍な顔に真っ赤な瞳と頭部に双角を宿す、鬼気に満ちた青年だった。

「聞け、矮小な人間よ。わが名は亜欺羅アギラ。《大焦熱地獄》の王がひとり、“欺演ぎえん”の亜欺羅だ」

 先ほどまでとは異なり、堂穀の身体から抜き出た本来の自分の声で亜欺羅が己の名前を名乗る。

その瞬間、燐夜が睨みつける亜欺羅の存在が変わった。

 もとから充ち溢れていた鬼気は、さらに辺り一帯の生を吸い尽くすかのように膨れ上がり、死を具現化したような赤き眼がさらにどす黒い邪気を湛え、爛々と輝く。

 姿形こそ人間であったが、今亜欺羅が放つ存在感と圧迫感は、まるで荒荒とした岩肌を晒す断崖絶壁の様な絶望に満ちていた。

 そのあまりの変化に燐夜が思わず息を呑み、額から流れる血に混じり冷や汗を流す。

 亜欺羅の本気を引き出しみたが、それはまさしく化け物だ。

「初めてだな。人間相手に真名を名乗るのは」

 亜欺羅が短く言葉を吐き出す。

 そのなんでもない言葉は、常人が受け止めたならそれだけで寿命を刈り取るような邪気に満ちていた。

 今の亜欺羅に、燐夜が掛け値なしの畏怖を抱く。

 それは、制御装置を外した燐夜が初めて感じる恐怖。

 燐夜の全細胞が緊張し、いつでも、どんな攻撃にも対処できるように身構えた。

「さあ」

 口を開いた亜欺羅は燐夜の間合いの外にいた。

「第二ラウンドといこうか」

 口を閉じた亜欺羅は燐夜の間合いの内にいた。

 燐夜の視界が好戦的な笑みを湛える亜欺羅の顔に埋め尽くされる。驚愕に口を開く暇さえない。限界を超えた燐夜の更に上をゆく亜欺羅は、燐夜の神経が情報を伝達するよりも早く初撃の態勢を整えていた。燐夜の鳩尾に鋼鉄の質量と光の速度を伴った拳が突き刺さる。燐夜に後方へ飛び威力を軽減する暇はない。内臓がやられたのか燐夜は口腔から血が吐きだし、腹部から背中へ突き抜ける衝撃と共に後方へと身体をくの字に折り、吹き飛ばされた。

 なんとか大地に両足を付き飛ばされる体を止める燐夜。身体を駆け巡る激痛。意識を蝕む鬼気。

「調子に、乗んじゃねぇぇぇぇーっ!」

 だが、燐夜はその眼に炯炯と闘志を宿したままだ。

 睨み殺さんばかりに叫び、素早く《断理》鞘に収め、数日前の倉庫街での一戦のように燐夜が腰を落とす。

「刹那にきらめけ 宝鳥ほうちょう 

 封鬼戦刀流 弐の太刀 【閃隼せんしゅん】」

 燐夜の姿が霞む。

 亜欺羅の初撃にも劣らない神速の抜刀術が、悠然と立ち尽くす鬼に牙を剥く。

「遅い」

 耳を撫でる、見下すような鬼の声。

 燐夜が振りぬいた切っ先は虚しく虚空を斬り、亜欺羅の掌が燐夜の腹部に押し当てられた。

「【鎌風かまかぜ】」

 バザッという烈風音。

 亜欺羅の掌から発生した鬼気の旋風が制服をズタズタに切り裂き、燐夜の腹筋に螺旋状の傷跡を刻みつけた。

 血筋の緒を引き後退する燐夜の表情が驚愕に歪む。

 制御装置を外した【閃隼】を、この鬼はいとも容易く見切ったのだ。

 飛び退く燐夜に向かって突き出される、青年姿の亜欺羅の細い腕。燐夜がその手に向けて、《断理》を力の限り掬い上げる。だが、亜欺羅の腕を斬りつけた《断理》が伝える感触は、肉を切る手応えではなく、硬い鋼鉄を切りつけたかのような痺れ。先ほど燐夜が屠った分身のように、しかしそれよりも遥かに硬度を増した亜欺羅の手が、燐夜の頭部を鷲掴みにした。

 燐夜の頭蓋骨が万力に掛けられるかのように悲鳴を上げ、口から苦悶が漏れる。亜欺羅は苦しむ燐夜を嗤い、頭を掴む手を放すと同時に凄まじい勢いで横手から蹴りつけた。

 肋が悲鳴を上げ、燐夜は受け身も取れずに校庭へ転がった。そしてピクリとも動かない。

 亜欺羅は更に執拗な攻撃を燐夜へと仕掛けた。

「【嶽土がくど】」

 亜欺羅の呼び掛けに応じ校庭の地面がうねり、固まり、巨大な土石球が出来上がる。亜欺羅が片手を持ち上げると、彼と共に球体は重力から解き放たれたかのように浮かび上がった。

 空中で揺らめきながらその時を待つ球体が、動かない燐夜を静かに見下ろした。

 絶対的な力の差。亜欺羅が凶悪な笑みを浮かべる。

 その笑みに、二人の攻防を見ていた堂穀が「やはり止めるべきだった」と後悔した。

 本来、並の封鬼師ならば真名を名乗っていない《大焦熱地獄》の鬼を封印する場合でさえ、数人の封鬼師と法術師と共に三日三晩をかけて封印するのだ。戦力が違いすぎる。

「逃げるんだ、燐夜君!」

 堂穀が叫ぶ。だが、意識が飛ばされたのか、燐夜は無反応。

 先ほどまで亜欺羅と死合っていたとはいえ何もできない自分に、堂穀が悔しげに唇を噛む。

 そんな堂穀を視界の端に収めた亜欺羅が、堂穀のほうを向き、嗤った。

 再び燐夜に視線を戻す亜欺羅は、少なからず彼に感謝した。

 数十年前に味あわされた屈辱と数十年間募りに募らせた憎悪が今ようやく果たされようとしているのだ。これが嗤わずにいられるか。

「良くやったな……。だが、これで貴様も終わりだ」

 最後に、これは本心からの称賛を燐夜に与えた亜欺羅が、持ち上げた腕を振り下ろす。その動作に呼応した空に漂う土石球が、隕石さながらに燐夜へと降り注いだ。燐夜にぶつかり爆散する土の塊。痛みに引き戻された燐夜の意識が更なる痛みに明滅する。

 終わる爆音。

 小さく聞こえる呼吸音。

 まさに奇跡。

 燐夜は、まだ生きていた。

「ほう。まだ息があるか」

 何とか繋ぎ止めた意識の中で、感心するように頷く亜欺羅の声がした。よく生き残ったものだと燐夜自身も感心する。だが、もう力はなかった。最後に残しておいた氣も今の攻撃を耐えのに使ってしまった。薄く開かれた視界に、空に浮く亜欺羅が映る。亜欺羅は笑っていた。そりゃ、笑いもするだろう。笑われても仕方がない。

 だけど、やっぱり腹が立つ。

 でも、どうしようもなく動かない身体は、すでに死を認めたかのように静かだった。

 燐夜の心も、体と共に死を認めかけた。だが……、

「あちらの方も、すでに終わったのであろうな」

 くくくっと満足げに嗤い顔を手で覆う亜欺羅の言葉に、燐夜の死にかけていた心が蘇り、ギリギリで残った意識が頭の片隅で鬼の言葉を吟味する。

あっちて、どっちだ? 

 生徒たちのいる寮のことか?

 終わったってどういうことだ? 

 あいつら、死んじまったのか?

 頭で思考が廻るにつれ、燐夜の身体に闘気が戻り始めた。

 そして、自らの思考を否定する。

 あいつらはそんな簡単にやられるタマじゃない。

 俺の仕事は……、こいつをブッ倒すことだ。

 だがどうにも身体が動かない。いや、仮に動けたとしても、存在を具現化した亜欺羅に、血も、氣も、体力も尽きた俺が勝てるのか。いや勝てない。今のまま、人間である限りこいつを倒せない。だから、燐夜は選んだ。人間を棄て、己を棄て、残りのすべての時間を棄てることを。体の奥の、心の奥の、魂の奥のさらに奥。封印の札に手を伸ばす。大丈夫、こいつさえ倒せば、あとは誰かが、あいつらが俺を止めてくれる。

 燐夜は、紅月燐夜として見る視界に別れを告げ、目を閉じ、封印の札に指をかけた。

「自己犠牲はだめですよ。燐夜さん」

 耳を撫ぜる、聞き親しんだ声。

 身体を覆う、清浄で健やかな法気。

 封印の札から指を離し燐夜が浅く瞼を開くと、そこには自分に【手当て】を施す天宝院藍夏の笑顔があった。

「藍夏っ。どうしてここに?」

 浅く開かれていた燐夜の目が完全に見開かれる。

 そんな燐夜を見下ろして、藍夏は朗らかに答えた。

「来ちゃいました」

「来ちゃいましたって……。何考えてんだ、寮のやつらはどうした」

 狼狽して藍夏に問いただす燐夜。その黒眸が自分たちを見下ろす亜欺羅を捕らえる。

 しかし、混乱しているのは燐夜だけではなかった。

「貴様、どこから現れた」

 困惑を隠せない亜欺羅が叩きつけるように藍夏に問う。

 すると藍夏は、優しげな目を細め、冷笑を浮かべ亜欺羅に向き直り、答えた。

「あなたがご用意した鬼の中を、堂々と、まっすぐに」

 その笑みはどれほど亜欺羅の自尊心を傷つけたのだろうか。一切の警告はない。亜欺羅は夏樹の澄ん だ眼を睨みつけ腕を突き出した。

 亜欺羅の動作に合わせ漆黒の闇の中から【鬼火】が召喚。轟々と燃え盛る黒き獄炎が大気を焼き払いながら藍夏と燐夜に襲いかかる。

 二つの影が【鬼火】と燐夜たちの間に飛び込んだ。

「失せろっ!」

「消えちゃえっ!」

 藍夏の法気に身を包んだ一色の双剣と桃乃の拳が【鬼火】に突き刺さる。

 眩い発光が辺りを包んだかと思うと、燐夜の前に一色と桃乃が舞い降りた。

「お、お前ら?」

「またまた、桃乃。ダーリンの危機に颯爽と駆けつけました」

「サッサと立て、このうつけ者が。藍夏様の御手を煩わせるな」

 服が所々破れ、外気に肌を晒す桃乃と一色が、亜欺羅に身体を向けたまま燐夜に叫ぶ。

 そんな二人に燐夜は慌てて口を開いた。

「おい、なんでお前たちがここにいるんだ。寮は、生徒たちはどうなった?」

 状況が飲み込めず混乱する燐夜に、藍夏が再び優しげな、しかしどこか悪戯気な笑みを浮かべ、その細い腕で空を指差した。

「あちらをご覧ください。燐夜さん」

「……はぁ?」

 藍夏が指差す先を見る燐夜が、暗雲に映し出された幾つものスクリーンを捉え、口をあんぐりと開けた。

「「行っけ――――っ!」」

 学園を覆う悪しき暗雲に映し出されているのは、武器を持ち鬼と戦う生徒たちの姿だった。


「九条学園科学部兵器第六号、発射」

 分けの分からない巨大な機械を持ち出し、前方にいた鬼の一団を機械から放射した法気の奔流で消し飛ばす生徒と教師。

「手柄一番乗りは俺だ」

 白兵戦の鬼首が乱れ飛ぶ中、頭部に包帯を巻きながら数十人の仲間ともに様々な武器を持ち、鬼軍団に切り込む海斗。

「みんな、いくよ」

 大きく円を作り、逃げられないように結界を張り、結界内の数十体の鬼を、一瞬にして法気で浄化する生徒会法術女隊。

 次々に鬼を滅す学園の生徒。

 その先頭にいるのはやはり封鬼委員のメンバーだった。

「オラァァァー」

 力任せに《覇界》を振るい、三体のリョウメンスクナの五体をバラバラに切り裂く絶磨。

「……邪魔」

 軽やかな動きで戦陣の中央に飛び降り、躰を裂かれた鬼の血花に飾られた戦場に舞う楓。

「すみませんがここは通らせてもらいます」

 印を結び、体中に札を張り付けた蟹のようなハサミを持つ鬼たちを、氣札から燃え上がる白い炎で骨も残さず焼き払う白都。

「荒れ狂う青竜

 生満ちる朱雀

 牙を剥く百虎

 死を遮る玄武

 四神を束ねる黄竜と共に馳せ参じ 悪しきモノを打ち滅ぼせ

 我流法気術  【五神の武宴(ぶえん】」

 詠唱を終え呼び出す五体の幻獣で、一帯の鬼たちを諸共跡形もなく消し飛ばす風林。

 恐怖を知らない鬼と、臆することなく立ち向かう九条学園全生徒による総力戦。

 戦乱の最中、生徒たちは力の叫んだ声は確かに燐夜へと届いた。

「「燐夜っ、負けんじゃねーぞ。こっちは俺たちが引き受けたーっ」」


「おい……、何やってんだ?」

 その光景を、口元に小さな笑みを湛えながら燐夜が呟いた。

 その呟きに答えたのは、傍らで困ったように微笑む藍夏だった。

「初めは、ちゃんと寮で大人しくしていらしたのですが。どうも皆さん、待つことが苦手なようでして。しょうがないので、一緒に来てもらいました」

 その藍夏の言葉に、呆けていた燐夜が笑う。

「あいつら、……どれだけ馬鹿なんだ」

 そんな燐夜の呟きに、戦場の中にいながら、藍夏はいつものようにクスっと笑った

「ええ。この学園の生徒たちはみんなおバカさんですよ。私も、学園の生徒も、先生方も、おバカになるくらい燐夜さんのことを信じていますから」

「藍夏……」

 学園で暴れまわる生徒たち。

 己が力を存分に振るい鬼を滅す封鬼委員。

 微笑みかける藍夏と背中越しに頷く一色と桃乃。

 燐夜の心臓が、彼らの雄姿に高鳴った。

「っち、くだらん。贄は贄らしく、恐怖に怯えていればいいものを」

 対して空に浮く亜欺羅は、「興醒めだ」とその光景を見ていた。

 そして、すでに校庭外郭まで踏み込んできた生徒たちに向けて、鬼術をまき散らす死の腕を持ち上げ、宣言する。

「もういい。最後の人柱の準備はできた。そんなに死にたいのならば、我が直々に我の故郷に送ってやろう」

 嘲笑ではなく、己の計画に支障を与える者への純粋な苛立ちに、亜欺羅が掌に鬼気を込める。

だが、掌に集まる気の流れは唐突に途絶え、亜欺羅の背に言い知れぬ何かが走った。

「待てよ」

 亜欺羅が頬に汗を流し、振り返った。

 生徒たちへの攻撃の矛先を向けた亜欺羅を押し留めたのは、今しがた自分が極限まで痛みつけた封術師の、爛々と輝く二つの眼光から溢れ出す闘志だった。

「お前の相手は、俺だろ。それともこのまま背を向けて逃げる気か?」

 それが先ほどまでの封鬼師の言葉だったならば、亜欺羅は一笑の下に無視したであろう。

 だが、亜欺羅は感じた。氣が尽き、法術を施されたとは言っても体力がほとんど残っていない封鬼師ではあったが、今この男に背を向けることは断じてできない、と。

「降りてこいよ」

 このとき、なぜ亜欺羅は自分が封鬼師の言葉に従い地に降りたのかわからなかった。

 だが、その疑問はすぐに解決する。

 亜欺羅の魂が叫んだのだ、この男は今ここで滅さねばならない、と。

 鬼はそんな自分を鼓舞するため、そして、わずかな戦慄を否定するように燐夜に向けて嘲笑を浮かべた。

「フッ。他がために己が命を賭けるとは、馬鹿な奴らだ」

 鬼の嘲りに、藍夏たちが目に剣呑な光を宿し一歩前に踏み出す。

 だが、その進行は柔らかく持ち上げられた燐夜の片腕に止められた。

 燐夜は、笑っていた。

 そして、底抜けに垢抜けた笑みで一切の気負いなく鬼に言い返した。

「それなら、俺は馬鹿でいい。あいつらと同じ、馬鹿でいい」

 言い切った燐夜の顔は、味方であるものからすれば『頼もしい』の一言に尽きるものだった。

「藍夏、百乃、一色。ここは俺一人でやらせてくれ」

 燐夜の言葉に、藍夏たちはこくっと頷き何も言わずに身を引いた。

 そんな彼女たちに、燐夜は顔半分だけ振り返る。

「ありがとな」

 その言葉に三人は何も言わず、『信頼』という名の微笑みを返した。

「待たせたな。決着、つけようぜ」

「―――よかろう」

 向かい合う両雄。

 堂穀のもとへ下がり、共に戦いを見守る藍夏たち。

 学園の命運を握る第三ラウンドが今、ここに始まった。

「一に止めよ 正鳥せいちょう

 封鬼戦刀流 壱の太刀」

 静寂の中、燐夜が静かに言葉を紡ぎ、最後の構えを取った。

 直立の姿勢から半歩引かれた左足。僅かに大地から浮く両踵。臍から拳一握りの位置に持ちあげられた《断理》の柄の端を握る左手。赤子の手を握るかのように軽く《断理》の柄に添えられた右手。臍の僅かに下に据えられた重心。伸ばされた姿勢。無駄なく力を抜かれ、いかなる攻防にも対処できるように緊張した全身の筋肉。正中線に合わせられた《断理》。僅かに傾けられた刀身。

 そして、まるで乱れることなく亜欺羅を見つめる双眸。

「【明烏あけがらす】」

 正眼

 それが燐夜の選んだ、最後の構えだった。


 僅かな氣の波も立たせず構えを取る燐夜。

 その相対する敵に、亜欺羅が思考を巡らせる。

 数十年前の雪辱から、今回の事件に対して亜欺羅は自身でも驚くほど慎重に行動した。数日前の倉庫の鬼のように、何度か力のある鬼を利用し燐夜たちの戦闘を観察し、その技に対する対処法も練った。先ほどの【閃隼】がそのいい例だ。

 だが、亜欺羅はこの【明烏】だけは未だ見たことが無かった。燐夜の封鬼戦刀流に一の太刀があることは知っていたが、それまでの情報から燐夜の力量ならばどんな技を繰り出されても勝てる自信があった。

 ジャリッという砂が擦れる音。

 自分の足元を見た亜欺羅が目を見開く。

(馬鹿な)

 その音は、自分が後退りしている音だった。

(この私が、後退しているだと?)

 笑止、と亜欺羅が自分自身を駆り立てる。敵はただ構えているだけだ。何を後退する理由があろうか?

 亜欺羅は自身の鬼術を発動する鬼手を、燐夜に向かって構えた。

「消えろ。矮小な人間がっ!」

 己、そして自身に刃を向ける燐夜に対し鬼が叫ぶ。その怒号に呼応し、数えきれないほどの【鬼火】が亜欺羅の周りに出現。消えろ、と亜欺羅が手を振るうと、無数の火球が飛礫となって燐夜を襲った。そのあまりの熱量に大気に満ちる酸素が一瞬にして奪い去られる。

 だが、燃え盛る業火は燐夜の間合いに入った瞬間、まるでその存在が否定されたかのように全て消え去った。

「なにっ?」

 亜欺羅が思わず叫ぶ。

 燐夜は一歩たり、一掌たりとも動いてはいないのだ。

「貴様……、何をしたっ?」

 亜欺羅が燐夜に問う。

 燐夜は答えない。

 覇気に満ちる眼を爛々と輝かせて、ただ正眼を構えて立ち尽くすのみ。

 そんなただ構えるだけの燐夜に、亜欺羅は平静を殴り捨てた。いや、平静でいられるわけがない。ただ構えているだけの人間に、自分の技が通じないのだ。

 ならば、と亜欺羅が次の手に打って出る。

 その身体が不自然にぶれたかと思うと、亜欺羅を中心として【分け身】によって生み出された、亜欺羅と同等の力を持つ分身が現われ、本体共々燐夜へと駆けた。

 だが、ただ構える燐夜の瞳は作り出された分身など意に貸さず、ただ一人の亜欺羅の正体のみに向けられていた。燐夜の間合いへと立ち入る六体の亜欺羅。そのうち虚像の五体は燐夜が何かするわけでもなく、一瞬のうちにかき消える。

 その異様な状況に、共に燐夜へ飛び出した本体の亜欺羅が脇目も振らず飛び退いた。

 再びただ構える燐夜に向けた赤き眼は、隠しきれない焦燥を湛えていた。


 自分の間合いに飛び込んできた亜欺羅に燐夜が【断理】を振るわなかったのは、そこで亜欺羅に攻撃をしても避けられることを予測したからだ。正直、燐夜の身体は限界。藍夏の《手当て》を受けたとはいえ、せいぜいあと二太刀を振るうのが精一杯。

 飛び退く亜欺羅に向けて、燐夜はただ構え続ける。

 そう、燐夜はただ構えているだけだ。

 一に止まると書いて正。

 燐夜の真の正なる構えの前にはいかなる虚構も打ち消される。

 それこそが絶磨の豪力を受け止め、楓の疾風を捕らえ、霧葉の策略を打ち砕く【明烏】の、燐夜の真の力なのだ。

「では、これならばどうかな?」

 亜欺羅が口元を吊り上げ、これまでにないくらい鬼気を練り上げる。すると、亜欺羅の頭上にこれまでとは比べ物にならない一つの巨大な【鬼火】が出現した。

「お前を人柱にするのは諦めよう。骨も残さず燃え尽きるがいい」

 迷いなく燐夜に向けて超巨大な【鬼火】を放つ亜欺羅。それはもう、避けるという問題でもなく、燐夜の正眼を持っても打ち消せる規模ではなかった。

 ここにきて初めて燐夜が動く。

 自身に迫る火球に、燐夜は何の感慨もなく腕を振り上げ、

「破っ!」

 手に握る《断理》を、神速を持って振り落とした。

 二つに裂かれた火球は燃え上がりながら大きく二方向に吹き飛び、様子を覗っていた鬼たちを焼き尽くす。

 鬼に向かって嘲笑を浮かべる燐夜。

 その笑みに、混乱の中に漂う亜欺羅がキレた。

「人間風情が、私を笑うのかぁっ!」

 一振りの刀を具現化した亜欺羅が、燐夜に向かって疾走する。

 その動きは人間の視認できるレベルを遥かに超えていた。

 瘴気にまみれた亜欺羅の踏み出す一歩に大地が死に、吐き出す怒声に大気が死んだ。

 横手から襲いかかる亜欺羅の一振りは時界をも切り裂き、燐夜の首へと走る。

 その切っ先が、燐夜の首、数ナノメートルに迫ったとき、

 燐夜が腕を振り上げた。

 一瞬の一振りを放つ亜欺羅に、刹那の一振りをもって応じる燐夜。

「な……」

 二つに分かれた亜欺羅の身体。

「に……?」

 その間を、《断理》を振り下ろした燐夜がすり抜けた。

 自身が生み出した速度と、燐夜が放った一撃の衝撃で二つに分かれ宙に舞う亜欺羅。その傷口というにはあまりに大きい断面から亜欺羅が今までに襲い食らった魂が濁流の如く溢れ出す。

 しかし、亜欺羅は死んだわけではない。

 カチャっという刀が鞘に収まる音と共に、燐夜が叫ぶ。

「四季ぃ――っ」

 別れ飛ぶ亜欺羅の二つの眼が捉えたのは、遥か彼方に輝く一条の光だった。


「四季ぃ――っ」

 先ほど絶磨に燐夜が打ち出された高等部の屋上に、燐夜の声が響く。その音源は、燐夜がポケットの中に入れた札と繋がる、白都が用意した連絡用の札だった。

「わかってるよ。燐夜」

 屋上でひたすらこの時を待っていた、全身に包帯を巻いた四季が答える。

 待ちに待った霧葉の作戦が成就する瞬間がやってきた。

 いくら生徒会に藍夏を初めとした優秀な法気師がいるとはいえ、幾つも現れた【鬼門】を全て封印する時間はない。

 そこで霧葉は考えた。

 ――「数が多すぎるのなら、一つにまとめてしまえばいいのよ」――

 要するに、霧葉は学園内に出現した【鬼門】を一番巨大な【鬼門】に集め、真名封印を楔とし一気に閉じようと提案したのだ。

 だが、この作戦には最低限クリアしなければならない条件が二つある。

 一つは燐夜が鬼の首謀者の真名を聞き出した上で倒すこと。

 そしてもう一つが、四季がこの屋上から超超遠距離射撃により鬼に真名封印を掛けることだ。

 霧葉はボロボロになった自分を信じてこの役目を任せてくれた。

 燐夜はボロボロになった自分に「待っている」と信じてくれた。

 燐夜はその役目を果たした。ならば……

「ここからは、僕の仕事だ」

 白都の眼に燐夜と同じ光が宿る。その手に構えているのは銃ではなく、本来の姿、より封力の強い弓の形状を成した【穿陽】だ。

 隣で見守る胡桃が作り出した封矢をつがえ、打ち起こし、第三、と入り、弓を引き分け、整えた手の内で弓を押す。

 真名封印を施した矢を口割に付け、会を伸び、空に舞う亜欺羅の頭を西月に合わせた。

 ビュンと矢が風を切る。

 四季の放った矢は、学園に展開された【断世解離の黒城】と【鬼門】を巻き込みながら、光陰となり暗き空を駆け抜けた。


 亜欺羅が捉えた遥か先の光はその数瞬後、亜欺羅自身が学園に振り撒いた全ての鬼気、邪気を巻き込み、空を舞う亜欺羅の半身に突き刺さった。

「ぐああぁぁぁーっ」

 初めて亜欺羅の喉から敗北の声が吐き出される。

 矢はさらに断末魔を上げる亜欺羅を空中で引きずりながら大きな口を開ける開きかけの【鬼門】に突き刺さった。

 渦を巻く氣と鬼気の奔流に【鬼門】が大きく歪む。さらに螺旋を書きながら捻じれる【鬼門】に亜欺羅の残り半身が引き寄せられ取り込まれた。

「おのれぇー。この私がっ。矮小な人間風情に、他人を信じ、隙を作る愚か者どもにーっ」

 憎々しげに反面を歪める亜欺羅の赤き眼。

 その醜い半面に燈る禍々しい光を、燐夜は真っ直ぐな人眼で睨み返した

「黙れ。お前の時は終わったんだ。お前が侮った“信じる心”に、お前は負けたんだよ。浄化なんかしねぇぞ。未来永劫、【鬼門】を閉じる楔になってろ」

 その後、真名封印が完了するまでの数十秒間、尽きることのない怨念を吐き続けた亜欺羅と共に、暗雲と他の【鬼門】を巻き込んだ巨大な【鬼門】は邪気の一片も残らず消え去った。

 長かった闇が明ける。

「「ウォォォォォォーッ!」」

 後に残されたのは、数日振りに日の光が差し込んだ九浄学園と、勝利の歓喜に沸く生徒たちの尽きるこのない歓声だった。


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