プロローグ
プロローグ
時刻は夜半。
黒上町の港にある倉庫の中では、無数の影が蠢いていた。
影は小柄で、大きさ猿ほど。皮膚はなく、筋肉がむき出しで体液に濡れた身体は、古びた倉庫の隙間から洩れる月明かりに妖しく光っている。身体と不釣り合いに大きな頭部には、まるでカメレオンのように、ギョロっとした眼球が左右ばらばらに動いている。
そして、頭部に生える異形の証である二本の角。
世界が眠る夜は、まさにこの異形の者たちにとっての昼。彼らは今まさに、自らと同じく夜の快楽に浸る人間たちを貪りに行こうとしていた。
―――ガシャン
静寂の中、突然倉庫のシャッターを開く音が響き渡った。妖眼が一斉に、外の光に照らされ内に伸びる三つの人影へと向けられる。
「校長の言った通りだな。わんさかいるぞ」
異形が満ちる倉庫、その中に響く人の声。
手に刀を携えた長身堅躯、漆黒の闇より黒い髪を乱雑に切り、威圧的な切れ目の双眸でありながらもどこか頼りがいのある面持ちをした学生服姿の男子が、異界と化した倉庫の中へと足を踏み入れた。
「燐夜。油断するなよ。ほとんどが《等活地獄》か《黒縄地獄》の鬼だけど、校長の話じゃ一体だけ、《大叫喚地獄》の鬼が混じってる」
「そうだよ、燐ヤン。油断しちゃダメだって!」
続けて倉庫に踏み行った、燐夜とは異なりシッカリと髪の毛を整えている、どこか愛着のある糸目に眼鏡をかけた男子生徒と、小柄でどこか悪戯っ気のある大きな眼のポニーテールの女子が、揃って刀を携えた男子――――紅月燐夜を諌める
「うるせぇよ。わかってる」
2人の言葉に癇癪を起しながら、燐夜は刀の柄に手を掛け、すらりと引き抜いた。
戒めを解かれたそれは、日本刀。『切る』という一点のみに鍛えられたその造形は、機能美という形で視る者を魅了する。今、月光を宿し倉庫の中を漆黒に染める暗闇すらも切り裂く銀の刀身は、至高の宝石にも勝る美しさを秘めていた。
燐夜は何度か手を握り、柄の具合を確かめる。悪くない。どこか安心したように眼を閉じ軽く息を吐く。
そして、再び目を開けた燐夜は――――心の底から笑っていた。




