ロマン派の始まり
**ロマン派の始まり**
新しく孝次が作ってくれた足台を使い、僕はトルコ行進曲を弾きこなした。続けてベートーヴェンの悲愴もけるようになった。
古典派の中から二人の作曲家の曲を弾けうようになり、僕はより最近の作曲家の曲を一から勉強したくなってきた。そう、一七八〇年から約百三十年続いた、ロマン派の音楽。この時代は「カンタビーレ」、つまり歌うことが主に要求される。強弱もはっきり楽譜に書かれてあり、レガートやスタカ―ト、それにリタルダンド(だんだん遅くする)やアッツェレランド(だんだん早くする)も沢山ある。自由の時代と言ってもいいくらい。僕の一番気に入っている時代だ。
ロマン派と言うと僕はショパンやリストを考える。もちろん、ほかにもシューマンやドビュッシー、それに「歌曲の王」とも呼ばれているシューベルトもいる。
まあ、それはさておき、いよいよ足でショパンに挑む時がやってきた。弾きたい曲は沢山あり、どれから始めればいいのか分からなくなったから、僕は孝次に電話で相談してみた。
「ショパン?」彼はいきなり叫んできた。いくらなんだって五月蝿過ぎるよ。
「うーん、ああ、えーっと・・・」今頃孝次は例の「考える人」ポーズを取っている
に違いない。そして、分かったときには人差し指をあげ、頭上には想像上の豆電球があ
るはずだ。だが、今日は様子がおかしい。孝次はそのままこう言ってきたのだ。
「ごめん、利久。いまはなにも思いつかない。考えてからまた明日掛け直すね。」
「うん、分かった。気にしないで。」とりあえずこう答えた。
すると、孝次は何も言わずに電話を切ってしまった。そのあと数日も孝次から連絡がなかった。
孝次には絶対何か起こっている。そう思った僕は彼の家に行った。ベルを鳴らした。五分ほど待てば孝次がチェーンのかかった扉を数センチ開けた。そのまま「バタン」という音と共に扉を閉め、チェーンを外す音が聞こえた。そして完全に開いた扉の向こう側に孝次が……なんと泣いていた。
「り、い、い、く……き、き、い、て、くれ、れ、て、あ、あ、ありがとう、うわーん!」孝次は泣きながら僕に抱きつこうとしたが、彼自身で止めた。
「孝次、いきなりどうした?こうだと誰かが死んじゃった雰囲気じゃないか。」
「うわーん!」あ、僕、余計に泣かせてしまったのかも。
「さあ、泣かないで、はーい、立ち直るよ、さあ、元気に!」これで良くなるかな?
「うわーん!利久、聞いて、たまきちが、たまちんがあ……!」
「えっ?玉吉がもしかして……」
「うん、うわーん!僕う、どうすればいいの!うわーん、りくう、たまちんが死んじゃったよお!悲しいよお!」
あ、そういえば、ちなみに玉吉とは孝次の亀だった。もう年だから死んでしまったのだろう。
だから孝次はこれだけ落ち込んでいるというわけか。僕と孝次は可哀想な玉吉くんにお墓を作った。それで孝次も気持ちがすっかり楽になった様子だ。
「ロマン派だったよな、そういえば。」彼は突然言った。「『黒鍵のエチュード』はどう?俺の一番好きな曲なんだよなー。」
「『黒鍵のエチュード』かあ。じゃあ、うん、やってみるよ。」
この通り、僕にはショパン作の「黒鍵のエチュード」なんか弾く自信が全くなかった。「黒鍵のエチュード」なんて、こんな難曲をどう足で弾けって……
いつの間にか自信が消えてしまった。悔しくて、悲しくて、孝次のあの一言で怯える僕はなんて情けないのでしょう。
案の如く、駄目だった。一日必ず最低十時間、死ぬほど練習していたが、駄目だ。なかなか上達しない。僕は一体どうしちゃったのだろう。




