孝次の発明
**孝次の発明**
一週間後には仕上げのテンポの二分音符、百の早さで弾けるようになった。これだけで自信が凄くついた。
ツェルニーがほぼミスなしで弾けるようになったから僕はひとまわり難しい曲に挑戦しようと思った。
選んだのはこの曲。小三くらいに弾いた覚えがある。バッハ作曲インヴェンション第二番。ハ短調の曲だ。この曲はインヴェンション全十五曲の中でも最もテンポが遅い曲だからあまり困らないだろう。
結局、予想は的中。今では、足の指が一つずつ動かせるほど上達していたから十六分音符も然程苦労しなかった。それに続き、僕は同じくバッハ作曲のシンフォニアをマスターした。なぜなら、インヴェンションをやり終えたら、必ずシンフォニアをやらなけねばならない。そう両親に教えてもらったのだ。
「はーい!次は何を弾く?モーツァルト?ベートーヴェン?それともショパンやっちゃう?」シンフォニアをマスターしたその次の朝に孝次は早速僕の家に遊びに来ていた。僕がモーツァルトにすると答えると考次は、
「了解。じゃあ、ピアノ・ソナタ第十一番イ長調、ケッヘル三百三十二にする?」
「おい、何の曲だ、それは。」
「利久、お前そんなのも知らないのかよお。利久より先に知れるなんて、嬉しいなあ。トルコ行進曲だぞコラ。」
「アッハハー。孝次の馬鹿。正しくは、ケッヘル三百三十一だぞ。二じゃない。それに、第三楽章も入れないと駄目じゃん。」
「孝次はそのまま黙って下唇を突き出した。おそらく、もう嬉しくないのだろう。
「さあ、元気を出す、はーい、拗ねちゃうと、寿命縮むよお。」孝次流に歌ってみた。
この通り、僕は歌詞をつける才能などない。リズム的に全く合わないからだ。これをきっかけに孝次も元気を取り戻した。
それから、僕はトルコ行進曲を勉強することになった。だが、重大な問題が起こった。
「ここんとこ難しいなあ。両手ある人でも、右手は一オクターブでメロディー、左手は常に和音。ということは僕は両足と左手を使わなけねばならない。」
「ん?難しい?」孝次はいつでも気楽でいいよなあ。「そっかあ、こうなるとペダルが出来なくなるねえ。」
孝次は、パリのロダン美術館にある「考える人」の像の姿勢を取り(彼の表情が特に面白かった)、五分ほど考えていた。すると、ひらめいたかのように人差し指をあげ、にっこり笑いながらこういった。
「僕が作ってあげる!」
「何を?」
「えっへへー。それは作ってからのお楽しみ。」
さあ、どんなものを作ってくれるのでしょう。僕はペダル抜きでトルコ行進曲を二週間練習した。孝次が「何かを作る」と言ってから二週間後の朝、玄関のベルが鳴った。
重そうな荷物を抱えながら入ってきた孝次。一言も言わずに防音室へと直行していった。
「ちょっと孝次、こんなに大きい物作ってもらっちゃあ、困るよ。」僕は思わず言ってしまった。
「大丈夫。心配グッバイ、あはは。ジャジャーン。利久専用の足台の完成でえーす。」
孝次は上に被せていた布を取り、そこに現れたのは、まさに世界に一つと言っても良いくらいの足台だった。
「取り外し自由なんだよ。ほら、片手で簡単。」孝次は僕に自慢した。
「わあー。孝次ってこんなことも出来るんだー。早速使ってみよう。」
いろいろな工夫がこの足台に施さえており、すごく使いやすかった。僕は改めて孝次
を尊敬するようになった。




