情報、秋田に渡る
**情報、秋田に渡る**
よし、ツェルニー三〇番の練習曲から第一番にしよう。僕の選択が正しかったのかは、分かるはずがない。だけど、僕のは自信がついた。絶対やって見せる。立派なピアニストになって世界が驚く日はいつか来る、絶対に。
との事で練習し始めた僕でしたけれど、なかなか難しい物だった、片手でいきなり練習曲とか。でも、もう二度と諦めないと決めたのだから、始めたものは最後までやり遂げるのだ。(なんかいつも同じようなことを言っててしつこかったら、すみません、今度から気をつけますです、ハイ)。
小学生の時に無理矢理この練習曲を弾かされた覚えがある。懐かしかったなー……というより怖かったなー。あの日々。怖いと行っても今思い返してからの気持で実際には多分悲しかったのだと思う。友達とも遊べなかった。時間がなかったわけじゃない。両親が許してくれなかった。ピアノを練習していない時は勉強をやらされていた。まあ、そのおかげで成績も上がったけどね。
リーンリーンリーン……
電話が鳴った。さあ、誰だろう、僕にもさっぱり分からない。もしかしたら孝次かも
しれない……なわけないか。少し緊張しながら受話器を取ると共に、
「利久、あんた何してんのよ!」と叫び声が聞こえてきた。
おいおい、電話の相手が僕じゃなくて孝次とかだったらどうするつもりだよ。
ちなみに、電話の相手は今まで紹介してなかった、僕の姉の舞だった。気持ちの変動が激しくて、なれないと相手にするのは難しい。
「右手失ったですって!?いつの話なのよ!説明してよね!」
はあ?その情報一体いつここ、東京からあっちらへんのあっち、秋田に渡ったって言うんだよ?埼玉、茨城、群馬、栃木、福島、新潟、宮城と山形の八県が間にあるんだぞ。
「ねえ、聞いてんの?早く答えてよ!お母様とお父様が泣いてるわよ!」
え?いつからこんな貴族みたいな話方をするようになったの、姉ちゃん?
「ちゃんと責任取ってくれるんでしょうね。じゃないと打ん殴るわよ!だから利久、聞こえてんの?答えてって言っ……」
「分かったよ、分かった。」やっとの思いで僕は答えた。「ちゃんと説明するからそんなに怒らないでよ。」
「ちょ、ちょっと私がいつ怒ってるって言ったのよ!利久が返事しないだけで私は…」
「もう良い。腕の話を全部するから少しの間黙ってて、姉ちゃん。」
「やっと話してくれるのね……」
だから黙っていてって言ったばかりじゃん、もうお姉ちゃんはいつもこうなのだから。
僕はこの後、すべてを話した。最初から最後まで、全て。猫ちゃんの事も入れて。大体十分くらいずっと休まないで話してただろう、息切れしそうになったけれど構わなかった。話し終えると、姉の反応は孝次と似てた。
「何で横断歩道を渡る時もっと気をつけなかったの?」と姉はいきなり聞いてきた。
「気をつけていなかったわけじゃないし。車の運転手が馬鹿だったんだよ。」
「馬鹿って言葉使わないでよね。それと何で孝次はあんたに猫なんかをあげたの?養っていけてるの?」
「だから、さっき言ったばかりじゃん、ちゃんと生きてるって。あと何で猫かは孝次に聞いてよ。」
「ピアノは今何弾いてるの?ハノンだって言わないでよね。」
ああ、なんでぼくの姉はこんなに記憶が悪いのでしょう。
「ああ、だから!いちいち聞かないでよ!さっき全部話したじゃん、ハノンはもちろんやってるけど、主にツェルニーだって!」
思わず叫んでしまった。やばい、怒られる、と思ったけど姉は珍しく冷静だった。
「そっかー。ごめんね利久、私、記憶力低下し始めてるから。ほら、もう三十代だし。
でもこれだけ聞かせて。これからはコンクール出るつもりなの?」
そういえば、この事だけは話してなかったかも。
「うん、ちゃんと弾けるようになったら出るつもり。いつになるかは分からないんだけどショパンコンクールは多分十年後の大会になると思う。」




