絶望
**絶望**
ついに退院の日が来た。
「ああ!気持ち良い!」黒猫を抱き、外に出た僕は久しぶりの自然の空気を胸いっぱいに吸った。今は片手が無くなった事を少しの間でも忘れたかったのだ。
「やっぱ外は良いねえ、猫ちゃん。」
「ニャー」
病院は家に近かったから歩いて帰った。玄関に着いたら「あっ、ピッタシ」と声があって、振り返ると、やはり、孝次だ。少しは一人にさせてよね。
「相変わらずお前は陽気だな。これっぽっちも俺のことを考えてないように見えるぞ。」
「考えてるさ。でも俺のモットーはいつも陽気で常にポジティブでいることだからな。」
一応家に入った。すると、これだ。
僕のスタインウェイのグランドピアノが寂しく防音室の中にふたが開いたまま座っている。楽譜も開いたまま放置されている。ドアは半開きのまま、触れられるのを待っ
ている。なんて悲しい光景なのだろう。僕はもう弾けないのだ、この大好きなピアノを。
自然と涙があふれ出る。なぜもっと注意して交差点を渡らなかったのだ。ついつい自
分を責めてしまう。すごく悔しい。人生を懸けてやって来たのにあの事件で全て水の泡だ。
「元気出せよ」と優しい声をかけてくれた孝次。僕は黙ったままだ。そのまま何分か過ぎて行った。すると、リスト作曲、愛の夢が聞こえてきた。頭を上げ、防音室を見ると孝次が弾いていた。彼がピアノを弾くのを見たのは初めてだったから僕は凄く驚いた。
こんな大作をどうやって弾けるようになったのか、全く分からなかった。
曲がクライマックスに差し掛かる。オクターブで引くこの壮大なメロディに僕は気を取られた。なんて美しいのだろう。
曲が終わった途端、「孝次の質問コーナー」が始まった。
「どうだった?気が楽になった?……」
「楽になったよ。とっても。」
それから僕が質問をする番だ。「どこで習ったんだ?」などとね。
孝次の話によると、これは自分で勉強したらしい。いつも僕が弾いているのを見習ったんだって。と言っても凄かった、まだピアノ初心者の彼がリストを弾くのが。難曲が沢山作曲してあったリスト。僕が初めてリストを弾いたのは中学生の時だった。すると、孝次が自慢をするように、こう言った。
「なあ利久。これも弾けるんだよ。」
孝次が弾き出すと、すぐにショパンだという事が分かった。
ショパン作曲ノクターン作品番号……やばい、忘れた。
ノクターンとは夜の静かな雰囲気を表現する曲だ。いつも黙ってはいられない孝次にはこういう曲は似合わないな。でもやはり彼の奏でる音は美しい。
曲が終わるころには抱いていた猫がすやすやと寝ていた。
僕は猫を床に置き、防音室の中へと入った。久しぶりに見る鍵盤が凄く懐かしく感じる。
和音や音階を弾いてみた。今の僕にはこれ以上弾けるものがない、多分ね。和音と音階、頑張ればアルペジオも弾けるかな。
これからはピアノに触れる回数も減るだろう。ピアノを弾けないだけでこんなに苦しむのなら、死んだ方がマシだ、という思いも少しあったが、そうはいかなかった。
まだ両親の願いをかなえていない。
「ピアニストになるのよ!」と心の中で両親の声が響く。
ところで今、僕は東京に住んでいて、両親は秋田県に住んでいたから僕の事件のことを知らない。すぐに教えるつもりでもない。両親を悲しませたくないのだから。




