時が来る
**時が来る**
天目先生との出会いから早一年がたった。時にしてはもう既に二〇〇四年の夏。翌年にはショパンコンクールがあることになる。
そんなある日、僕は孝次と一緒に猫ちゃんを連れて公園に行った。猫ちゃんもすでに大きく成長し、立派な女の子になった。
僕たち二人と一匹が言った公園の名は代々木公園。すごく大きい公園だ。そんな僕たちは空いていた場所にビニールシートを敷き、ピクニックをした。
「わあー、美味そう!利久の手作りってめっちゃ美味いんだよねー。」孝次はにこにこしながら言った。
「そう?ありがとう。そういえば一度も孝次の手作りを食べたことないなー。」僕は答えた。
「はあ?俺料理できないよー。小学校に家庭科が無かなかったこと言わなかったっけ?」
「小学校に家庭科がない?意味分からん、そんなこと聞いてないよ。」
「ニャー、ニャッニャッ、ニャー」猫ちゃんも僕と賛成だね。
「あーおなか空いたよお、早く食べよう。」孝次は絶対に話題を変えようとしてるな。
弁当を食べ終わった後、孝次と僕は来年行われるショパンコンクールの話題に入った。
「来年のショパンコンクール出ようと思ってんだけど、どう?」僕は聞いた。
「賛成!『黒鍵のエチュード』も完璧に弾けるんだろ?天目先生ていう人もいるんだし、頑張ってみたら?応援してるよ!」
これで全ては決まった。二〇〇五年のショパンコンクールに出る事がね。家に帰った僕はすぐ天目先生にメールでこのコンクールに出場したいと伝えた。返ってきたメールにはこんな事が書いてあった。
「黒木君、君が出たいというのならわしは止めん。だが、これだけは覚えておいたほうがよかろう。たとえ手が一本なくとも、審査法は変わらん。ゆえに、君には良い結果を出すのは相当難しくなるだろう。それでも良ければ、コンクールに出なさい。出ると決めた場合、メールで知らせてください。その時に課題曲を送ります。
では、メールを待ってるぞ。
天目」
僕はすぐさま先生に返信した。
「先生、良い結果を出せなくてもコンクールに挑戦してみたいです。昔から僕の夢であり、両親の夢でもあります。なので、コンクールを受けてみます。
宜しくお願いします。
黒木」
天目先生は僕に課題曲を送った。ちなみに、課題曲は次の三つだった。
ショパン作ノクターン遺作
同じく、幻想即興曲
リスト作ラ・カンパネッラ
僕は考えた。どれにしようかなあ。三つともすごく難曲なんだし…
そして思い出した。四年前に見た白石空さんの弾く・カンパネッラを。僕はそれに憧れていたのだ。一旦孝次に相談し、彼もそれに賛成だったのだ。
その土曜日、僕はレッスンで天目先生にラ・カンパネッラを弾きたいと伝えた。
「では、ラ・カンパネッラの楽譜を渡そう。コピーしてきてね。来週までに譜読みしてくるように。」先生は言った。
すべてはまだ始まったばかり。僕は少しずつコンクールへの道を歩いて行く。そして、ラ・カンパネッラを練習し始めてから約一年が経った。
黒木利久、二十九歳。ただいまポーランドのワルシャワにあるホールの舞台袖に孝次といる。客席には姉、それに愛する両親がいる。
僕は一歩、踏み出てみる。直ちに拍手が巻き起こる。堂々と、ステージを歩く。そして、一礼。椅子に座り、そっと指を鍵盤の上に置く。数秒後、僕は音楽と一体になっていた。
再び拍手が巻き起こる。演奏は終わったのだった。
次の日には発表があった。予選を通過できればいいな。そこで名前を呼ばれた。
「ナンバートゥエルブ、リククロキ!」
やばい、通過しちゃいましたよ。でもまだまだ予選だ。
予選に続いて、二次予選と本選も通過した。残すは全国大会のみだった。全国大会は自由選択の協奏曲を弾かなけねばならなかった。
ラフマニノフ作曲、ピアノ協奏曲第二番一楽章
この曲にした。
当日、僕は緊張していた。そして、ピアノの前に座った。指揮者はなんと父の黒木拓海だった。オーケストラとの演奏はやはり綺麗だった。
また、発表の瞬間は今までにない緊張感を味わっていた。
「ユウショウハ……」
誰?誰?早く教えてよ!
「エートデスネ……」
まだ?まだ?
「リククロキ!オメデトウ!!!」
「やったああああああああああああああ!!!!!!!!!」
「利久!お前やったな!」孝次も嬉しそう。
「うわーん!りくう、あんたすごすぎるわー」義姉はうれしさのあまり泣いている。
両親も泣いていた。母親の美優は、
「利久!初出場で初優勝なんて、お母さんの自慢できる子になったわねー!!」
「ええ、じゃあ今までは普通の人間だったわけ?」僕は言ってみた。そうしたら父の拓海が、
「普通じゃないよ、お父さんとお母さんの大切な息子だよ。ただ、自慢できる理由が一つ増えたということだよ。」
「えへへ、そうなんだ。」すると孝次と姉の舞の会話が耳に入って聞いた。孝次、
「ねえ、舞い姉さん、何で泣いてるの?」
おいおい、三歳児じゃあるまいしこんな質問聞くんじゃないぞ。僕は思った。
「えっ、ちょっと、泣いてないわよ。それより孝次君は何で泣いてないの?」
姉も相変わらずだな。
「俺?泣き虫って呼ばれたくないから。」
「ふーん。ということは利久が優勝したことに感動してないのね。」
「はあ?そうじゃないよ。もちろん感動してるさ。泣くのは嫌だけなことだし。」
「何で嫌なの?」
「嫌っていうか、だから嫌じゃないってば。」
「なら泣いてよ。」
「えっ、分かったよ。」
そこで孝次は変な顔をし、うそ泣きっぽい泣き方で泣いた。姉と僕はあまりにも面白い孝次の表情に爆笑した。
ショパンコンクールで優勝したのもとても嬉しかったが、僕には何よりも家族が幸せであることが、僕にとっての幸せであった。
**エピローグ**
その後、僕は三〇歳にて始めてCDを出した。想像以上に売れ、近所の人までが僕のためにパーティーを開いてくれるほど有名になった。
今、僕の部屋にはコンクールで受け取ったトロフィーがある。見た目は、ご自身の想像にお任せいたしますが、とても立派で自慢できるものだった。
「絶対にあきらめてはならぬ。不可能と思っていても、必ず成功する日はやってくる。自分の、今出来ることをやれば、君は立派な人間だ。」
ピアニストになってこう思った。
(おわり)




