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悲劇

僕の名は黒木利久、どうも初めまして。指揮者の父、黒木拓海とオーボエ奏者の母、黒木美優の間に生まれた僕は一歳半でピアノを始めた。決して自分で始めたのではない。無理やりだった。全く興味が無かった僕はいつも鍵盤を弾くのではない。叩くのだ。その時はティンパニをやりたがっていたのだが、両親は許さなかった。「ピアニストになってパパとママの願いを叶えるのよ」と両親はいつも僕に言っていた。ショパンやモーツァルト。ベートーヴェンやバッハ。次第と慣れてきたはずだった……

「僕はピアニストになる!」

と言ってもかなりの時間が掛ったであろう。なぜかって、こう思い始めたときにはすでに僕は高校二年生になっていたからである。

さて、高校二年生になった僕はピアニストへの道を歩み始める。決して道は綺麗で平らではなかった。坂道や階段は多く、砂利だらけの凸凹道。たくさんの時間が掛ったであろう。


「絶対に諦めてはならぬ。不可能と思っていても、必ず成功する日はやってくる。」


僕はその道を歩いているときに感じた。



**悲劇**


一九九六年七月三日。悲劇がおこる。

二十歳になった僕は四年後に行われるショパン国際音楽コンクールに向けて練習を積んでいた。五年に一度しか行われないこの大舞台。ピアノをやっている人、誰もが一度は目指す大会であろう。僕はあの夢の舞台にやっと出られるのだ。

ドーンドーンドーン……

十二時だ。何か買って食べようかな。

近くのスーパーで弁当を買って帰る所だった。

「キーッ!」

この音が僕の耳を襲う。激しい痛みが僕を惑わす。あたりが一瞬で暗くなる。


気づいたらここだ。僕の大嫌いな病院の臭いが鼻を刺激する。

「あ、利久!気づいたんだ。良かったー。」よく見ると親友の桂木孝次ではないか。

あ!僕、なんでここに?

はっとなって僕は焦った。練習、練習。

「おい、孝次……」

「無理さ。」

僕が話し終わる前にも孝次が答えた。さすがは親友、互いの思っていることが分かってしまうのだね。

「……………」

しばらく沈黙が続いた。そして、孝次が口を開いた。

「利久、おまえはピアノを二度と弾けないかもしれない。」

彼の言っていることがさっぱり分からなかった。単なる交通事故で何故僕が?

「おまえは精神的に強いから言っても良いだろう」と孝次は続けた。「右腕を肩から失ったんだ。そのかわり、こいつを受け取ってくれ。お前、猫が大好きだったろ?」

小さなポケットから出てきたのは手の平より小さい雌の黒猫であった。確かに、猫は好きだけど、片手を失った僕がどうやって育てるって言うんだよ、まったく。

そして、孝次は何事も無かったのように帰った。僕のことは関係ないって言うつもりなのかよお。

そのあとも、僕は現実を受け入れられなかった。自然と怒りが混みあがる。僕を轢いた運転手への怒り。そして、思いやりがなさ過ぎている孝次への怒り。すでに取り返しのつかないことになってしまったのだ。

怒りを納め、猫に話しかけてみることにした。「なぁ、猫。俺一体どうすればいいんだ。」ちなみに猫はベッドの周りでうろちょろしていたのが僕を見上げ、「ニャー」と鳴いた。改めて思った、夜の病室のベッドはなんて悲しい場所なのでしょう。

次の朝、一週間ご退院できることが医師によって伝えられた。

それはもちろん、嬉しかったさ。僕にとっては牢獄に感じるこの病院からやっと出られるのだからね。しかし、その嬉しさは長くは続かなかった。

そう、朝飯配布の時間だ。聞き手が右の僕に突きつけられた現実。腕を動かそうとすると、できない。そもそも無いのだから。仕方なく、左手で食べるしかなかった。

食べていると悲しくなってきた。あんなに大切にしてきた僕の腕をだれが奪ったって言うのだ!怒りと悲しみに触れながら、我慢できなくなってきた。

思いっきりテーブルを叩きつけてしまったのだ。涙があふれ出し、止まらなくなった。今はあの運転手にこう言ってやりたい。

「お前んとこの信号は赤だったろ?盲目じゃないくせになにスピード出しやがって。説明しろよ!何故僕を轢いた。俺は悪いこと一つでさえしてないのに。お前ストレスでも溜まってるのか?ああ、そうか。俺はお前のストレス発散道具になっちまったって言うのか。貴様の腕でもよこせ!」

言いたいのはまだ沢山あるけど、言う勇気でさえない僕はどうなっちまったのだろう。すると、「ニャー。」猫が飛び起きてしまった。寝ていたのに・・すまない、猫ちゃん。

ちょうど良いタイミングでドアにノックがあった。予想は的中して、入ってきたのはやはり、孝次だった。

「ほら、これ。猫用のミルクだよ。」

なにのんきに言ってんだよ、こらあ。と言いたかったけど、「お前いい加減にしろよ、いちいち」と言った。

すると、孝次はニコッと笑い、だんだんと大声で笑い始めた。僕もつられて笑った。

「で、名前は決めた?」

「まだ、思いつかない。」

こうして孝次と話してるとあっという間に日が暮れた。


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