ボツ集その35
酒場といえば、シスターが昔話を聞かせてくれる時に出てくる場所だ。
荒くれ、と呼ばれる暴れん坊が沢山いる場所で、子どもだけでは行っちゃいけない場所なんだって。
でも、特別にここ、エリーストの街の酒場は行ってもいいとか。
その理由が
「あら、セトルじゃない。後ろは……ミウロゥちゃんね。どうしたの、二人だけで」
私たちに話しかけてきたこのお姉さんにある。
ここは酒場。
またの名を冒険者の集会所。
そしてこのお姉さんはここで二番目に偉くて強い人、なんだとか。
「冒険者になりにきた」
セトルがそういった時、酒場の空気が止まった、ように感じた。
「……分かったわ。シスターから何か預かってないかしら?」
「これを預かってる。あとリーダーにこれを渡せってさ」
「こっちは……あとで確認するとして。リーダー、ね。あの人今外にいるからいつ戻ってくるか」
お姉さんが顔に片手を当てて少し悩んでいると、
「なんだァ? この街じゃガキでも冒険者になれんのか。こいつァとんだお笑い種だなァ!」
ゲハゲハゲハ!
と、汚い笑い声が聞こえた。
「気にするな。どうせここで呑んだくれてるだけの酔っ払いだからな」
「そーそー。酒に呑まれてる暇があるならとっとと依頼をこなしてくりゃいいのに」
たまたま近くのテーブルに座っていたお兄さんとお姉さんが私たちに話しかけてくる。
ここに来るとお世話になってる人だ。
「あ? んだ、テメェら……喧嘩売ってんのか?」
酔っ払いの一人がフラフラとテーブルに向かって歩いてくるのが見えた。
「安い喧嘩を売る必要性を感じないものでな。喧嘩を売るならもっと大物に売るさ」
「そうかそうか。んだったら」
酔っ払いがテーブルに近寄ったと思ったら背を向けて離れようとして、
「ここで沈んどけや!!!」
振り向きざまに殴りかかろうとして、
「お痛はそこまでよ」
「……姐さん」
その拳を軽く指で止めたのは最初に私たちに話しかけてきたお姉さんだった。
お兄さんは立ったまま呆れた顔をして、お姉さんを見ていた。
確か名前は……
「ヒュー! さっすが姐さんだよねぇ」
「ハイハイ。どちらかと言うとマスターって呼んでくれた方が嬉しいんだけどねぇ」
そう、マスター。
酒場を経営しているのが、お姉さんのマスター。
冒険者の集会所でリーダーをやってるのはまた別の人。
「で? アンタら、次喧嘩売ったら出禁だって言ったよね?」
「い、いやあのその……」
「あ、姐さん! お、俺たちは悪くねぇよなぁ?! ぜ、全部コイツ一人で喧嘩を売ったんだ!」
後ろのテーブルから、そうだそうだ、なんて声が聞こえてくるけど、
「ハイハイ。アンタら止めもしなかったんだ。全員まとめて出ていきな。他の街なら拾ってくれるかもよ」
まだブーブー文句を言っていた酔っ払いは結局、酒場にいた他の人達に外へと出されて行った。
「で、だ。セトル、ミウロゥ。本当に冒険者なんてものになりにきたのかい?」
「あぁ。やらなくちゃいけないことがある」
正確にはセトルにはなくて、私の方にあるんだけども。
「うーん……アンタら、【歳重ね】は何回目だい?」
「俺もミウロゥも十回だ」
「……分かった。なら次の朝、ここにきな、依頼を用意しておく。その成果次第では冒険者になってもいい」
「おいおい、姐さん。正気か? まだ小さいんだぞ」
お兄さんからそんな声が聞こえる。
「だからこそだよ。うちは【歳重ね】を十回終わってたら受け入れる方針なんだ」
「だからといって、いきなりすぎるだろ。なんならうちで面倒見ても」
「リベオ。それ以上はダメ」
「ミドレ……」
お兄さんがリベオ。
お姉さんはミドレ。
二人は確かパーティー? を組んでいるとかなんとか。
「小さいからなに? 私たちだってあんな頃があったのに?」
「それは……」
「それにさ、無茶をさせるつもりも無いんでしょ? ね、マスター」
「そりゃそうさ。今から依頼内容を言う訳にはいかないけど、冒険者になりたいヤツなら全員最初に受けるものさ」
そこで一度言葉を区切ってマスターは私たちと目線を合わせるようにしゃがんで
「その時決めればいいのさ。冒険者になってもいいし、ならなくたっていい。ならない時はここでお手伝いとして雇ってやるさ」
「そりゃいいや! ミウロゥちゃんが、酒場で働いてくれるなら俺達、朝からずーっといてもいいんだからなぁ!」
「そうだそうだ!」
「酔っ払い共は黙ってさっさと依頼をこなしてきな! まったく」
腰に手を当てて周りの酔っぱらい達に呆れた顔をするマスター。
「それに、うちにそんな余裕ないでしょ。主にリベオの武器とか」
「ぬぐぅ……」
「いつも言ってるよね? 血はちゃんと拭えって。それが出来ないなら、弓とかにすればいいじゃん」
「だ、だって弓だと気持ちよくねぇじゃん……」
「あのねぇ……冒険者舐めてんの?」
「ち、違う! そういうわけじゃ!」
私たちの傍で喧嘩を始めてしまった。
セトルは興味なしって顔だし、マスターはいつものって顔だし……
「それよりも、だ。アンタら住む場所は? ないならここの上を貸せるけど?」
「ポリパとモメアのところで世話になる」
「ポリパ……あぁ、あの小屋番のか。そりゃいい。この近くで私も安心ってもんだ」
そういえば、夕方の鐘がなる前にモメアに話をしないといけないんだった。
「モメアにはこれから話をするのかい?」
「あぁ。これを見せろってポリパがな」
板を袋から取り出し、チラッとだけ見せるセトル。
「ふぅん……なんなら、私もついて行ってもいいが……いや、ちょっと待ちな」
そう言ってカウンターの向こうへ戻り、ガサゴソと何かを始めた。
セトルの手を引っ張るけど、セトルはこっちを向いて
「大丈夫。何も悪いことは起きないさ」
とだけ言ってくれた。
「よし。とりあえず、私からも話は付けておいた。一応その板を見せるんだよ」
「ありがとう、マスター」
「いいってことよ。それよりもさっさと行きな。もう鐘が鳴っちまうよ」
そう言って私たちは酒場から優しく押し出されたのであった。




