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ボツ集  作者: からくり
33/36

ボツ集その33

「やはり行かれるのですね」


ここにきてから五回目の【歳重ね】を迎えてしばらくした日だった。

二人で世話になった部屋を綺麗にし、せめてもの餞別にと、麓の街で買ってきたモノを部屋の真ん中に置いて出ようとした時、そう声をかけられた。


「……お祈りの時間だろ、シスター?」

「ちょうど先程終わりましたよ?」


村に住んでいた頃、よく昔話を聞かされていたババよりかはシワの少ないその顔でニッコリと笑いながらそう言う。

鐘の音が鳴り響くと同時に女神様へ祈りを捧げる。

祈りの内容は自由らしい。

感謝でも、懺悔でも。

祈りを捧げることが大事なのだと、彼女たちは常日頃からそう言っていた。


だがしかし鐘の音はたった今鳴り響いた。


「あら? どうやら今日は少し遅れているようですね」

「……今まで世話になった」


そう嘯く彼女に、シスターに頭を深く下げる。

身寄りのなくなった俺たちを快く引き受けてくれて、今まで沢山迷惑をかけたシスターへと。


「世話になったなど……こちらこそ、色々助かっていたのですよ?」

「それでも、身寄りもなく、たった一つの証だけを信じてくれた貴女に感謝を」


俺が気づいた時にはこの部屋の布団の中だった。

かつて俺とミウロゥはこの家の近くに倒れ込んでいたそうだ。

身元を証明する物は、俺が持っていたババから貰った本。

ただそれだけだ。


「……あの日、あの方が亡くなられたかもしれない、とそう聞いた時、どこか疑っていた私がいました。最も村だったあの場所を見てしまったので……」


頭を下げたままにしていると、シスターがそう語り始め、俺の頭をゆっくりと上げ始めた。


「私はかつてあの方にこの命を救われました。自暴自棄になり、もうどうにでもなっていい、とそう思っていた私を救ってくださったのです」

「そ、れは」

「えぇ。今思うとあまりに恥ずかしいことなのですけれども」


フフ、と手を頬に当ててニコリと微笑むシスター。


「それから幾つか歳を経て、身寄りのない、無くなってしまった子ども達のお世話をここでさせてもらっているのは、貴方もご存知の通り」

「えぇ、俺とミウロゥは貴女方がいなければ、あの村で果てていたことでしょう」


村から遠く離れたこの場所へ、誰が送り届けたのか。

あの日からの疑問は今も燻り続けている。


「貴方が見たことをもう一度だけ、旅の始まりの前に聞かせて貰えませんか?」

「詳しいことは何も。ただ」


あの日は確か……急に村長がきて、俺を家の奥に押し込んで、それから


「ただ?」

「いえ、家の奥でこの本を持たされて、いつの間にか眠っていたものですから。その後は」

「この近くで木にもたれ掛かるようにして、二人で眠っていた。そうでしたね」


唯一知っているであろうミウロゥは喋ることが出来なくなっていたし、右腕も無くなっていた。

シスター達が言うには、口と腕に呪いが掛かっている、それは解くことが出来ない呪いだとか。


「ふぅむ……」

「シスター?」

「いえ、失礼しました。あの子も待っていることでしょう。長く止めて申し訳ありません」

「い、いえ! こちらこそ世話になったのに急に出ていくなどと」


お互いに頭を下げ合う形になってしまった。


「いつか人は飛び立つものです。それが早いか遅いかの違いですので。ただ、私達も寂しいのですよ」

「……シスター。それでも」

「えぇ、分かっていますとも。果たすべき何かがある、そういうことでしょう?」

「……」


果たすべきこと。

俺は……


「あまり長く留まらせても行けませんね。あなた方に女神様の加護があらんことを」








二人が旅立って数度の朝を迎えた。

子ども達も他のシスター達もまだ哀しみを心に住まわせている。


女神様へのお祈り。

その内容は自由。

それでも


(あの子たちの旅の終わりに幸せを)


そう祈らずにはいられない。


今から数えて五回前の【歳重ね】から少し経った時だった。


鳥たちが少し騒がしく、いつもと違う気配を感じ、外へ出たところ、男の子と女の子が寄り添うように木にもたれかかっていた。


男の子の手の中にはかつての恩人が大事にしていた本が抱き締められていた。

が、それよりも酷かったのが女の子の方だった。

二人を抱えて急いで戻り、寝台へ載せてその姿に驚きを隠せなかった。


右目、右腕は強大な呪いにより治療魔法すら弾かれる始末。

他に異常はないかと、検査をすれば口内に呪いの痕。


いつから見えないのか。

いつから腕がないのか。

いつから言葉をなくしたのか。


先に目覚めた男の子に聞いてみたかったが、まず混乱が大きかった。

目を覚ますと知らない場所で、知らない人が近くにいればそれは混乱もするだろう。

何とか落ち着かせたと思った矢先、女の子が目覚めたとの報告。

それを聞いた途端に走り出す男の子を追いかけ、治療室に入り込むと、抱きしめる男の子と不思議そうな表情で抱きしめられている女の子。


落ち着いて話を聞けたのは数度朝を迎えてからだった。


女の子の右目は生まれてから三回目の【歳重ね】で呪われたらしい。

それなら城のある王都へ向かえば遠くても次の【歳重ね】までには間に合うし、呪いも手段と方法次第では解呪できたはず。


そう考えていた時、


「そういえば、これ」


と、手渡されたのは実に見覚えのある印の入った手紙。


「こ、れは……」

「むらのばばからなにかあったときは、しすたーをたよれって。しすたー……だよな?」


手紙をこちらへ差し出しながら小首を傾げる男の子、セトル。

確かにこれは見覚えがある印で、私は彼の言うところのシスターだ。


それに


「ほ、他には何か言っていませんでしたか?」

「うーん……しすたーはしるしとほんをしっている? っていってた」


なるほど。

私の眼でようやく分かる程度にうっすらと、それでいて強力な封印魔法。

それがこの手紙と本にはかかっている。

確かにこれは私でなければ解けない封印だ。


「ありがとうございます。しばらくこちらをお預かりしてもよろしいでしょうか?」

「かえしてくれるなら」


部屋には私一人。

まずは手紙から封印を解く。


『この手紙を読んでいるということは……あぁ、私は死んだんだろうね。そして、久しぶりだね。私の愛おしい弟子よ』


っ……

信じられない気持ち半分とそうではない気持ちの半分。

あの呪いを受けた女の子、ミウロゥ。

あの子の呪いを見れば、恐らくそうなんだろうとは思っていた。

覚悟はしていた、はずだった。


『全く、アンタはすぐそうやって泣くんだ。泣いたところで私が変わるはずがないだろう?』


これは記憶の魔法。

事前に紙に仕込んでおいたのだろう。

高価なものだというのに……

私の様子も恐らく予想していただろうけども。


『さて、懐かしい挨拶はこれくらいにしておいて、だ。本題に入ろう。御山の封印が解けかけた。恐らくアンタの所に呪いを受けた女の子と本を持った男の子が来たはずだ。本はあとで魔法を解いて返してやりな』


御山の封印。

それは確か……


『大昔得体の知れないモノを封印した話をしたね? その封印が緩んでミウロゥ、女の子に呪いをかけたんだ。解呪しようにも私は離れられない。かと言って、解呪できるかどうかも怪しい。あの子には償っても償いきれないのさ……』


それで……


『で、だ。この手紙はいつか困ったらアンタに渡すよう伝えてある。が、他のシスターが見たら、アンタの所に持っていくように誘導する魔法を掛けてあるから安心しな。詳しいことは文字で記してあるから後でお読み。それと最後に』


最後……そうか、師匠はもう。


『アンタのことは一度たりとも忘れたことは無かった。親として、友として、心からアンタのことを私は、愛していたよ』


師匠






気づけば、手紙から魔法の痕跡は綺麗に消えていて、文字だけが残っていた。

それを記憶したあと手紙だけは塵に変えておいた。


「しすたー。あ、ありがとう」

「いえ、どういたしまして」


セトルに本を返し、これからのことを聞く。

彼らはまだ子ども。

それに


「ミウロゥちゃんも不便だと思いますし」

「……ここにいてもいい……のか?」

「えぇ。いつかやってくるその時までずっと」


寝床で少しうなされているミウロゥちゃんを見守りながら、私は


いつか訪れるその日が少しでも遅ければいいのに。


そんなことを思っていた。

時系列的には最初の話のちょっと前だったり。

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