09
ミメロは重く沈んだ足取りで、屋敷へと帰り着いた。
窓の灯りが、いつも以上に冷淡に感じられる。
玄関の扉を開けると、ユリウスが気を遣うように出迎えた。
「おかえりミメロ、祝宴祭は楽しめたかい?」
「もちろんです! いろんな催し物が見れて、もうずっと興奮しっぱなしで。それに、美味しい物もたくさんあって、ついつい食べ過ぎちゃって。あーもう、お腹がパンクしちゃいそう」
ミメロは精一杯の作り笑顔で答えた。
ユリウスはミメロの肩に軽く手を置き、柔らかな眼差しで頷いた。
父ガルノスは夜勤に出ており、母セリーナも不在で、相変わらず遊び惚けているようだ。
それに、最近はドレイクを家でまったく見かけない。
どこで何をしているのか、いや、知らぬが仏というものだろう。
そのまま稽古場へ向かうと、リオネルドが待っていた。
木剣を手にし、低く冷ややかな声を響かせる。
「あんなに見得を切っておいて、授かったタレントがモノマネだと? まったく笑えんぞ、ミメロ。まさか剣才の類いですらないとは呆れ果てる。グラディーノ家の名を貶める気か?」
「それでも、微力ながらこの家を支えることはできます」
「抜かせ。無能の戯言など届かんぞ」
「まだこのタレントの実力は未知数です。これからなのです」
リオネルドが氷のような視線でじりじりと迫ってきた。
「ならば見せてみろ。その才能の芽を――いま、ここでっ!」
ミメロは覚悟を決め、木剣を両手で握りしめて構えた。
リオネルドが突進し、剣の鍔が激しくぶつかる。
鍔元で受け止めたものの、ミメロは身体ごと押し飛ばされた。
十九歳と十歳の体格差では当然で、力比べでは勝負にならない。
さらに、リオネルドは容赦ない打ち込みの連打を浴びせてきた。
ミメロは防戦一方で、後退し続ける。
手の痺れがじわじわと腕に広がっていく。
それでもなんとか耐え凌ぐ。
対して、リオネルドは無表情のまま攻め立ててくる。
「そんなものか、情けないぞ」
そして、次なる一撃は下からの強烈な斬り上げ。
彼の得意技、アッパースラッシュだ。
――その瞬間、ミメロは剣の柄を右手で握りしめ、切先側を左足で押さえて受け止める。だが衝撃に耐えきれず、宙へと弾き飛ばされ、床に叩きつけられた。
一瞬、息が止まる。
うぐっ、……いてて。
あんな技、もろに喰らったら重症じゃすまねぇ……殺す気かよ。
段々、マジで腹立ってきたぞ。
ミメロは一度深く息を吸い、集中した。
脳裏に浮かぶのは、あの男の剣――あの動き……思い出せ。
全身の硬さを抜き、すべての関節をふにゃりとさせたような感覚。
まるで軟体動物になった気分だ。
目を見開き、構えを変える。
両手持ちから片手持ちに切り替え、切先を相手の剣先に向けた。
リオネルドが眉をひそめ、不快げな表情を見せる。
「ただでさえ非力な分際で、片手持ちだと? 舐めているのか?」
「いえいえ。ただ、力ではとても適わないので」
「……? まさか、貴様……」
リオネルドは冷静に間合いを詰めると、すかさず打ち込んできた。
だが、その剣撃がミメロの刃先に当たると、滑るように受け流され──
そのまま纏わり絡みつくように、剣身の自由を奪った。
傍から見れば、剣と剣が磁石でくっ付いてしまったかのようだ。
グラディーノ家代々の剣は剛の剣──押さば押せ、引かば押せ、とにかく力でねじ伏せるものだ。
それに対し、ミメロのこの剣は柔の剣──相手の力に逆らわず受け流し、気を合わせることで、力の向きを操る。
強引に押せばいなされ、引けば合わせて離れない。
リオネルドは思わず、剣を頭上へと大きく振り上げた。
その一瞬の隙を突き、ミメロは相手の懐へ潜り込む。
と同時にバチーンと、強烈なカーフキックを叩き込んだ。
ふくらはぎに痺れる激痛が走り、リオネルドの顔が歪む。
激昂したリオネルドは、柄頭をミメロの頭頂部めがけて振り下ろす。
「くぅおら! っ、……うぐっ!?」
――が、すでにミメロは眼前から消えていた。
相手に絡みつくようにして背後へまわり込んでおり、しかも身を滑らせる際に、柄頭で相手の右脇腹を抉るように打ち込んでいた。
「ガハっ」と呻き、リオネルドが膝をつく。
すかさず振り返るも、目の前でミメロの木剣の刃先がぴたりと止まった。
「……バ……カな」
ミメロは静かに木剣を下ろし、腰へと収めるように手を添えた。
「リオネルド兄さん、ご指導ありがとうございました」
一礼を終え、静かに扉の方へ歩き出す。
しかし、やけに頭がぼーっとし、視界がかすむ。
体も鉛のように重だるい……
ドガアアアっーーーーーーーーーー!!!!
視界が一瞬で流れ、ミメロの身体が床を滑っていく。
――くっ!? なんだっ、なにが起きた?!
「貴様ああああぁぁっ!!」
くそっ、マジか!? リオネルドに蹴られたのかっ!!
こいつトチ狂いやがった!
騎士が背中から攻撃するとは、誇りも矜持もねぇのかよ!
リオネルドがうずくまったミメロの顔面を蹴り飛ばす。
「調子に乗りやがってえぇぇ」
鮮血が床に散り、赤い飛沫が点々と染みを作った。
さらに数発蹴り飛ばした後、ドスンっ、ドスンっと鈍い音が床に響く。
リオネルドが手首の紋様をさすると、鉄環が出現して地面に転げ落ちていた。
落ちた箇所の床板がバキリとたわんでいる。
……あ、あれはタテューじゃなくて、リストウェイトだったのか?
しかも上腕や足首、至る所に……それに、なんなんだあの重さは。
こいつ、いったい何十キロの重りを付けて、さっきまで動いてたんだ……
リオネルドが鬼の形相で迫ってきた。
「コケにしやがって。全身を砕いて、放り出してやる」




