08
十齢祭の期間中、夕刻になると中央広場では祝宴祭が開かれる。
彩られた広場は人々であふれ返り、祭りの熱気に包まれていた。
通りに並んだ露店の天幕が、夕風にひらりと揺れ、祭りの雰囲気を引き立てている。
串焼きの肉はじゅうじゅうと音を立て、香ばしい匂いをあたり一面に放つ。
甘い焼き菓子の香りがそれに混じり、鼻をくすぐる。
中央には仮設の舞台があり、笛や太鼓の音に合わせて踊り子たちが華やかに舞っていた。
酔っぱらった大人たちの笑い声と子供たちのはしゃぐ声が入り交じる。
それらの喧騒が折り重なり、夕空に響き渡っていた。
祭りの主役である、その日に神託を受けた子供たちは、この日だけ飲食無料となっている。
あちこちで少年少女たちが目を輝かせ、人生初めての贅沢に戸惑いを隠しながらも興奮した様子だ。
初めて見る異国の菓子や色鮮やかな氷菓、それらを手に持ち満面の笑みで見せ合いっこをする。
その横を浮かれて駆けていく子供たちの笑顔も、ひときわ眩しい。
そんな中、賑わう輪から外れ、ミメロは独りうなだれていた。
露店の通りを、肩を落としてとぼとぼ歩く。
食欲などまったく湧かない。
腹の底に重石でも入れられたように、気分が沈んでいる。
いつもなら顔を見れば声をかけてくる友人たちも、今日は誰も寄ってこない。
――そりゃ、あんなキチガイ親父がいるって知れば、誰も関わらねーよな。
考えれば考えるほど、ため息ばかりが漏れてしまう。
ふと足が止まった。目に入ったのは、紐くじ屋。
天幕の下、同じ白紐が束となって垂れ下がり、その先に景品が結ばれている。
引いた紐の先に見事に景品が括られていれば当たりだ。
もっとも、ほとんどが残念賞というか、そもそも当たりがない場合も。
なつかしさが、ふいに遠い記憶を呼び起こす。
よく行った地元の祭りで見かけた光景。
景品の最新ゲーム機を、ただ指をくわえて眺めていた子供の頃の自分だ。
掲げられた景品に目をやる。
え~~と、一等が……「聖剣エクスカリバー」――いや、嘘じゃん。
二等が……、「魔剣グラム」――笑わせんなって。
三等、「伝説の盾イージス」――やりたい放題かっ!
めちゃくちゃだろ。
それ以外の景品もありえん、無法地帯かよ。
前方から賑やかな集団が歩いてくる。
その中心にいるのは、神官服をまとった一人の少女。
純白で清楚な装いが、その小さな顔立ちをいっそう引き立てていた。
取り巻きの少年たちは顔を緩めて媚びを売り、少女たちは競うようにおべっかを並べていた。
あ~、あの子がライガが言ってた、激マブか。
確かに可愛らしいな。
大人になれば、相当の美人になるだろう。
んでも、今の俺からしたら、お子ちゃまなんだよな。
十年後にお目に掛かりたかったよ。
少女はミメロの前で立ち止まり、にっこりと微笑んだ。
「あら、ごきげんよう」
そう言って、スカートの裾を両手で軽く持ち上げ、優雅に腰を折る。
ミメロは思いがけない挨拶に一瞬言葉を失った。
「え?あっ、あぁ、こんばんは」
「あなたのパントマイム、すごくお上手でしたわよ。楽しく拝見させて頂きましたわ」
「えぁ、いやいや、その……お恥ずかしい限りで」
「……。……あの、お名前をお聞きしても?」
「あ、はいっ、すみません。申し遅れました、ミメロ・グラディーノです」
「わたくし、セフィネア・サンテローズと申しますわ。どうぞお見知りおきを」
「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」
周りの子供たちが驚いたように顔を見合わせる。
けれども、誰より戸惑っていたのはミメロだった。
――なんだよ、この凝り固まった空気は。気まじー。
「何をご覧になっていらっしゃったの? あら、くじ引き?」
「い、いや別に……」
「面白そうですわね。わたくし、やってみようかしら」
おいおい、ウソだろ。
いや、当たんねーから。インチキだから。
セフィネアが露店主に丁寧に声を掛けると、店主のオヤジがにこやかに応じた。
「はい、1回5000マネールですよ~」
クソたけぇーーーーっ、正気かこの店。
まさか、料金高く設定することで景品本物ですよ感を演出してるつもりか。
※1マネール=約1円
セフィネアは紐の束をじっと見つめた。
白く細い指先が一本、また一本と紐を弾き、絡み合った束の奥まで目を凝らして追っていく。
「はてさて、どれにいたしましょうかね~。やっぱり一等を当てたいので、ん~~っと。あれがこうきて……、ああなってるからっと、え~、こっちに絡まって……、うーん……ふむふむ」
真剣な顔つきで、時折、口元に小さな笑みを浮かべる。
「これー、かしら? ……いえ、やっぱりこっち。これね! うふふっ、一等を取っちゃってもいいのかしら? はい、間違いなく、これですわ」
その自信に満ちた声に、周囲の子どもたちがざわめく。
「お嬢ちゃん、決まったかな? は~い、それじゃ引っ張りますよ~」
店主が声を伸ばし、小芝居めいた手つきで紐を手繰り寄せる。
さぁさぁさぁ……と調子をつける口上に、周りの視線が一斉に集まる。
固唾を飲む空気の中、紐を一気に引き抜き――
「……おっ! あ~~、ざんね~ん。ハズレでした~」
うん、知ってた。
セフィネアの表情が一瞬固まり、「……え?」と小さく漏らす。
まさかの”ザ・シンジラレナイ”って感じの真顔に、思わず吹き出しそうになってしまった。
彼女は、肩を落として悲しげにうつむいた。
すかさず、周囲の取り巻きが慌てて慰め始める。
「惜しいっ」「あー惜しかったぁ」
「セフィネア様、惜しかったですよ」「惜っしぃー」
いや、何が惜しいだよ。惜しいも肥やしもあるかっ!
店主が愛想笑いを浮かべながら、大きな箱を差し出した。
「は~い、残念賞だよ。この中から好きなものを一つ持ってってね~」
中には色とりどりの小物や玩具が無造作に詰め込まれている。
セフィネアは好奇心から目を丸くしながら、箱の中をがさごそと探り続けた。
「え~~と、う~ん、ん? これは何ですの?」
「あー、それは開けてビックリのお楽しみ品だよ。思わぬお宝が入ってるかもしれないぞ」
「では、これを頂きますわ。どうもありがとうございました」
そう言って深々とお辞儀をし、セフィネアは得体の知れない丸筒を手にした。
......あっそうか、意外とあの中に高価な物が入っていたりするのかも。
なかなか憎い演出をするじゃないか、あのオヤジ。
「ミメロさん、すみませんが、これを開けて下さらない? ちょっと、わたくしには固くて」
「はい、よろこんで~」
うおーい、また取り巻き差し置いていきなり俺かい。
ビックリして、思わず居酒屋の店員みたいな返事しちゃったよ。
蓋をつまみ引いてみる、あっけなく外れた――いや、ぜんぜん固くないじゃん。
「どうもありがとうございます。んっと、何が入っているのでしょう? えー、これは……」
中から出てきたのは、一枚の紙。
広げれば、ガタガタの汚い字で「宝の地図」と書かれていた。
こら、ハゲーーーーーーっ!!
これは酷いぞっ、多分あのオヤジが描いた落書きだろ。
ゴミを渡してくるとは。ぼったくり猛々しいとは、まさにこのこと!
周囲は一瞬唖然とし、やがて呆れたような沈黙が漂った。
だが、セフィネアはふわりと微笑んでいる。
「宝……、宝探し。それは浪漫あふれる大冒険。……恐ろしく危険なダンジョン、襲い来るモンスター、危機一髪で避ける罠、深まっていく仲間との絆、……そして何度も死地を乗り越え、辿り着く真実の―― 愛」
彼女はうっとりとした表情を見せていた。
ミメロが淡々と口を開く。
「お宝は?」
「そんなものより、大切なものがありましてよ」
「へっ、箱入り娘ならぬ、箱入り尼ってか」
「は? なんですってぇ?」
「いやはや、ピュアで羨ましいなと」
その瞬間、セフィネアの眉がぴくりと跳ね上がった。
「はぁ~~? あ、あんた誰に向かってそんな口聞いてるわけぇ~? じき聖女になるあたしに向かって、ちょーー生意気なんだけどぉ~!? なによ、このざぁ~~こッ!」
取り巻きが慌てて彼女を取り囲んだ。
「セフィネア様っ、落ち着いて!」「周りに見られてますよっ」と、必死になだめる。
セフィネアは周囲の視線に気づき、はっとして表情を整えた。
ミメロは静かに告げる。
「そうそう。子供がそんな無理して猫かぶらなくてもいいんじゃないの? さっきの素でいる方が、可愛らしいと思うけどな」
やっぱさ、子どもは素直に限るよ。
つか、あの空気がヤバいっての。ブリキの世界に迷い込んだかと思たわ。
「こ、このっ、後で覚えときなさいよ、へっ、変態~っ」
セフィネアは両手で顔を覆い、ぷいっと背を向けると、小走りで去っていった。
取り巻きたちが慌てて後を追う。
いや、いまのやり取りで変態要素あったか?
というか、もう会わないっしょ。
ふと空を見上げる。
すでに日は沈み、澄んだ夜空が広がっていた。
星々がきらめき、祭りの灯りを嘲笑うように瞬いている。
「はぁ~、冒険なんて行きたくないけど……でも、家にも帰りたくないよ~」




