07
――「あり得ぬっ!!!!」
場内を揺るがすほどの怒声が響いた。
たちまち、空気がひやりと冷え込み、場は水を打ったように静まり返る。
視線は一斉に、観衆席にいる声の主へと集まった。
席を立ち上がっていたのは、ガルノス・グラディーノ――ミメロの父だ。
顔は煮え立つように真っ赤に染まり、講壇を射抜くように睨みつけている。
ミメロの心臓が大きく跳ね、背筋をつたって冷や汗が流れた。
父がここに来ていたことに驚き、思わず息を呑む。
ガルノスが観衆席を抜け、壇上へと詰め寄っていく。
「ふざけるなっ、そんなはずはない!」
祭司は平静な面持ちで眉をわずかに寄せた。
「何を言ってらっしゃるのかしら?」
「そんなことはあり得ない、貴様は嘘を言っているのだ! その本を確認させろ」
「うふふっ」
「何がおかしい?」
「別に見せても構わないのですが、あなた……古代文字が読めるのですか?」
そう言うと、聖典を見開いて正面に差し出した。
ガルノスは思わずたじろぎ、怒りの表情が揺らぐ。
祭司は毅然とした態度を崩さない。
「そもそも、ここは女神様の御前。神官が虚言を述べることは重罪に当たります。そんな危険を冒してまで、悪ふざけをやっているとでも?」
ガルノスは「ぐぅ……」と歯ぎしりし、悔しさに顔を歪めた。
怒りを露わにしてなおも威嚇を残す。
だが、やがて踵を返し、荒々しく足音を響かせて教会を出て行った。
周囲は呆れ顔を見合わせ、やがて小声の囁きがあちこちで飛び交った。
嘲笑と憐みの視線がミメロへ突き刺さる。
祭司がミメロに向かって口を尖らせてウィンクした。
……なんでだよっ、とツッコまざるを得ない。
――――場内にいた子供たち全員の神託が終了した。
程なくして、次の神託対象の子供たちとの入れ替わりが始まる。
祭儀を終えたミメロは、重い足取りで教会を出ていく。
すると、ふと視線を感じる。
目を向けると、遠くでガルノスが腕組みして待ち構えていた。
怒気をはらんだ目は血走り、額には青筋が浮かんでいる。
思わず「ゲッ」と声が出そうになるのを堪え、自然を装うよう背筋を伸ばした。
……そうだった。父は衛兵長をしている。
祭りの警備を口実に、かなり自由がきく立場だ。
おそらく文句を言いたくて、うずうずしながら待機してたのだろう。
ミメロは足早に駆け寄った。
「き、期待に応えられず……、申し訳ございませんでした!」
ガルノスは顔をより険しくゆがめ、声を荒らげ出した。
「まったく、貴様のせいであんな大恥をかかされるとはな、この役立たずのクズめ! 今まで何のためにお前を育ててきたと思ってるんだ? 分かってるのか、この恩知らずがっ!! よもや、こんな裏切りを受けるとはな……、お前を拾ったのは完全に失敗だったぞっ!」
容赦ない罵声。口の両端に、唾液の泡が溜まっている。
――くそっ、始まってしまった。
もはや理屈なんて無い。口答えも許されない。
ひらすら、感情をぶつけられるサンドバックと化せばならない。
地獄の時間だ。
……はぁ、落ち込んでるのは俺の方だっつーの。
むしろ慰めるとこでしょ。
なんだよモノマネって。
祭司の神官もこれまで聞いたことがないって言ってたし。
どうやって生きてくんだよ。マジきちーって。
つか、いつまで続くんだよ説教。
人生2回目じゃなかったらとっくにグレてんぞ。
確実に珍走団に入って、パラリラパラリラやってるだろ。
んで、田舎の中心で爆音で叫ぶんだろ。『だれか気づいてくださぁいっ! 僕はここにいまぁーす!』ってか、めでてーな。
「父上っ!」
声の方に目をやると、ユリウスが父を呼んでいた。
「あちらで酔っぱらいが騒動を起こしているようです。父上の見事なご手際を、ぜひ後学のために拝見できればと」
「そうか、分かった」
そう言って、ガルノスは早足で去っていった。
ユリウスは軽く手を上げ、ミメロにアイコンタクトを送る。
ミメロは大袈裟な困り顔を作り、両手を合わせて小さく頭を下げた。




