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03

ミメロが家を出て通りを歩いていると、道すがら子供たちが一人、また一人と加わってきて、気づけば七人ほどの輪ができていた。見慣れた顔ぶれだ。

皆、今日これから祭儀に臨む十歳の子供たちである。


「ふぁ~あ、マジで緊張して全っ然眠れんかったぁ~」


「もぉーー、うち鍛冶屋なのに鍛冶タレントじゃなかったらどうすんだよおぉ」


「大丈夫じゃない? なんか血統を引き継ぐとか引き継がないとか」


「いや、どっちだよ」


「私、魔法系がいいな。豚の丸焼きとか鳥の丸焼きとか、すぐ出来るでしょ。ミメロも料理得意な子が好きでしょ?」


「いや、それもう得意じゃないのよ」


「やっぱ生産系が一番無難でしょ、魔物と戦うとかありえないし」


「戦う系のやつね、でもミメロはそうなんじゃない?」


「名門騎士家だもん、かっこいいよね」


「玉の輿や~、今のうちに唾つけとくぞ、ぺっ、ぺっ」


「ちょ、男子きーたなーいっ」


「ねぇねぇ、ミメロはどんなタレントが欲しいの?」


ミメロは顎に手を当てて考え込む仕草をする。


「……物乞い、かな」


言った瞬間、ドッと笑い声が弾け飛んだ。


「それ最高っ!」


「気付いたら、お供え物だらけとか? もはや神っ」


「極めたら、王様から国貰えっちゃったりしてぇ~」


「あははっ」


笑い声が響く中、周囲の街並みは祭りの装いに彩られていた。

通り沿いの家々のベランダには、《女神教会》の紋章入りの白いタペストリーが掛けられている。

いつもは素朴な石造りの家々も、この日は静かに引き締まった雰囲気を漂わせていた。




《十齢祭》とは、十歳まで無事に育ったことを祝い、同時に女神へ感謝を捧げる年中行事である。その起源にして、メインイベントとなっているのが《女神の神託》という祭儀だ。

十歳を迎えた者には、《女神オーサリア》から『タレント』と呼ばれる才能が授けられる。そのタレントによって人生が決定される、まさにタレント至上主義の世界と言えるだろう。


期待と不安を胸に、子供たちは教会の方角へ足を向けていく。






ミメロたちが公園横の路地に差しかかったとき、低く荒々しい声が空気を裂いた。


「ごらぁっ!」


この公園は普段から治安が悪く、子供たちは視線を向けないようにしながら、静かに足早に通り過ぎることにしていた。

今日は祭りで衛兵も多いはずなのに──運が悪いにも程がある。

しかも、神託を受けるこの日に限って幸先が悪いってもんだ。


一人の浮浪者風の男が、ふらつきながらこちらへ向かってくる。

周囲の子供たちは一斉に後ずさり、ざわめき、恐怖で硬直してしまった。


「うっせぇーーーんだよっ、ごらあぁーー! 叫んでんじゃねぇぞっ!」


近づくほどに分かる異様さ。

口端からは糸を引くよだれが垂れ、目の焦点は虚空に泳ぎ、膝はうまく曲がらず歩き方はぎこちない──完全にイっちゃってらっしゃる?


ミメロが一歩前へ踏み出した。


「おっ、落ち着いて下さい」


「うるせえぇぇえええぇぇぇぇぇ! 黙れって言ってんだろがよおおぉぉおぉ!」


ダメだ。話が通じるってレベルじゃねーぞ。


次の瞬間、男の手がミメロの胸倉をつかみ、そのまま軽々と持ち上げた。


「っ……!」


男の手は固く、見た目の粗末さに反して、意外にも力が強かった。


うお、おおぉお、腕の圧がすげぇ……けっこう、ごついぞこの男。

これマジ、……やべーかも。


子供たちは狼狽え、恐怖で顔を引きつらせながら、涙目で叫びにもならない声を漏らしていた。

首が締まり、呼吸が詰まる。ミメロの表情が苦悶に歪む。


「ちょ、っ、だっ、だれか……」


と掠れた声を漏らした瞬間、横目に大柄な影が映った。

逆立った短髪、厳つい顔、190センチを優に超える巨体……


──ドレイク・グラディーノ。当家の次男だ。


その鋭い眼光は助けるでもなく、ただ無表情に遠くからこちらを見すえていた。


くそっ、マジかよあいつ。

ドレイクはグラディーノ家の中でも特に近寄りがたい。

何を考えているのかさっぱり分からないし、機嫌が悪ければそのへんの物をすぐぶっ壊す、どうしようもなく粗暴なやつだ。

できれば関わりたくない人物ナンバーワン。

でも、兄弟が殺されそうになってんのに、あんな涼しい顔で眺めてられるか普通。


「静かにいぃぃしぃろおおぉぉおぉぉ!」




この野郎っ!調子に乗ってん――


ミメロは両手で男の手首をしっかりと掴み、勢いよく両脚を跳ね上げ、上腕を挟むように巻きつけた。相手の肩をロックし、そもまま上体を反らしながら、捻るようにして肘関節を伸ばしきる。


――じゃねーつうの!


男の肘が軋みを上げる。腕十字固めだ。


いやっ、やっぱムズいな。完全には極まりきってないけど……

靭帯は確実に痛めたはず。


ミメロが男から離れる。




だが、男は片腕をぶらんと垂らし、喉の奥から低い唸り声を漏らした。

そして再び、狂ったように肩を揺らし、ふらつく足取りで突っ込んできた。


「……痛覚キレてるのか? えーーっ、どうする? どうすりゃいいんだ?」




ヒュッ──何かが男の背後を掠めた。


男がそのまま覆いかぶさるように倒れ込んできたため、素早く横に身を捌いてかわす。だが、男はその場にうずくまり、立ち上がれなくなった。


よく見ると、両足のアキレス腱が深々と断たれ、切り口から鮮血が脈打つように噴き出している。


ミメロのすぐ横から、血に濡れた剣を握った少年が歩み出てきた。


「ユリウス兄さんっ!」


「最近、巷で増えてるジャンキーさ。まるで酔っぱらったグールって感じだね、フフッ」


軽く剣を払って血を落とすと、ユリウスは涼しい顔でそう言った。


「たっ、助かったぁ……あっ、ありがとうございます!」


安堵の息を漏らしながら、ミメロは深々と頭を下げた。

周囲の子供たちも涙を拭いながら、我先にと兄へ感謝を述べ始めた。

女子たちは頬を紅く染め、まるで物語の王子様を前にしたかのように目を輝かせている。


世間で天才剣士と評され、イケメンで気配りもできる頼れる兄。

男女問わずモテる男だ。

――だけど……


「兄さんはもしかして、祭場の警備でここに?」


「そうさ。父上に頼まれたとあってはね。多分、ドレイク兄さんもいるはずだけど……」


地面でうめき声が上がった。男が悶えている。


「感覚が戻ってきたみたいだ。うわ~~、痛そっ」


ユリウスは男の足元に広がる鮮血を見て、わずかに微笑んでいる。


「あとで衛兵に連絡して、連行させるとしよう」


そして、ミメロに向き直る。


「ミメロ、教会内は帯剣できないからって、丸腰で出歩くのは感心しないな。預かり所があるだろ。さっきみたいに、いつ危険が降りかかってくるか分からないんだから」


「は、はい……。ごめんなさい」


注意に素直に頷くと、ユリウスはミメロの両肩に手を置いた。


「それと――お前がどんなタレントだろうと、俺は変わらない。無論、お前もこれまで通りだ。自分を貫くんだ」


真剣な眼差しが真正面から突き刺さる。

ミメロはその重みに押されるように、力強く頷き返した。




……そろそろだ。祭儀の時間。運命の刻が、目の前に迫っている。




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