02
ミメロが自宅の屋敷に到着する。
グラディーノ家は貴族といっても下級の男爵。財産は乏しく、裕福とはとても言い難い。
それでもこの一家は、実情を覆い隠すように見栄を張り続けている。
玄関の金具は磨かれているが、絨毯の端はほつれ、壁の絵は額がゆがんでいた。
リビングに入ると、ちょうど母セリーナがだるそうに起きてきた。
酒臭い。昨夜も夜遊びしていたのだろう。
「おはようございます」と挨拶したが、返ってくるのはいつも通りの一瞥のみ。
壁には大きなガラス瓶が置かれている。
ミメロは朝にもらった銅貨を、からりと音を立てて瓶に落とし入れた。
流し目で見ていたセリーナが、「ちっ、相変わらずしけてるわね」と言い舌打ち。
これまたいつものことだ。
ダイニングへ向かうと、使用人が皿を並べており、父と兄がすでに席に着いていた。
仏頂面の父ガルノスに冷ややかな目つきの長男リオネルド。
ミメロは挨拶し、席についた。
ガルノスがミメロを鋭く睨みつけ、威圧的な表情で口を開いた。
「今日がどんな日か分かっているな?」
「もちろんです父上。今日の神託で、僕は必ずレアタレントを授かるでしょう。そして、兄上たちと協力し、再びこのグラディーノ家を上級貴族の地位へと取り戻します」
ガルノスは険しい表情を崩さぬまま、ゆっくりと頷く。
なんとも無駄なプレッシャー。
誰がどんなタレントを授かるかなんて誰にも分からない。
だが、こうして啖呵でも切らなければ、長々とした感情任せの非論理的な説教が始まってしまう。
リオネルドが口の端をわずかに吊り上げた。
「随分と大口をたたくじゃないか、ミメロ」
「いえ、僕は感謝に答えたいだけです。僕が三歳の頃、父上が孤児院から養子として迎え入れてくれました。学校に行けて、上等教育まで受けれた。全てに恩返ししたいのです」
「ふんっ、そう事が上手く運べばいいがな。三男のユリウスは、幼少のころから明らかに剣筋が違った。だからあいつはレアタレントを得た。得るべくして得た。だが、お前はどうだ? 凡才の極み! その見透かしたような生意気な態度くらいなものか、お前の長所は。ふんっ」
自分のことは棚に上げて、よくそこまで言えるものだと心の中で呆れ返る。
四兄弟のうち、レアタレント持ちは三男ユリウスだけ。父も祖父も違ったらしい。
けれど、レアタレント持ちがいないこと自体が凋落の原因ではない。
その一点に固執し、それ以外の道や努力を探そうともしない
――短絡的で自己中心的な姿勢。
その結果、彼らは執拗に憧れ、焦り、心の余裕を失ったのだ。
「ミメロ、お前は大丈夫だ。お前を信じているぞ」
父がこんな台詞を言うのは珍しい。
いつもと違う温度に、ミメロは少し驚く。
リオネルドも父の顔をちらと見て、違和感を覚えたのか眉をわずかに動かした。
だが、すぐにいつもの冷淡な表情へ戻った。
グラディーノ家には四人の子がいる。
長男リオネルド、十九歳の見習い騎士。
次男ドレイク、十七歳の騎士候補生。
三男ユリウス、十四歳の学徒。
そして末弟ミメロ、十歳の学徒。
その中でもミメロだけが働かされている。
両親は容赦なく、「働かざるもの喰うべからず」と六歳の頃から彼だけを叱責してきた。とはいえ、子どもが働ける場所は限られており、労力としても大して役に立たない。
それでも使用人などのつてを頼り、軽作業で駄賃程度から始めた。
少しずつ信用を重ね、今では大人の半分ほどの時給を得られるようになった。
どれほど状況が酷くても、ミメロに文句を言う選択肢はなかった。
もし家に逆らって追い出されれば、死の危険が一気に跳ね上がるからだ。
街に残れば、盗賊やチンピラに囲われ、使い潰され、最後は捕らえられて死刑。
そうでなくても縄張り争いに巻き込まれ、いずれ命を落とすだろう。
街を出たとしても、外には魔物がいる。
熊すら瞬殺できるようなモンスターも珍しくない。
運悪くエンカウントすれば、これまた即死亡だ。
ここが一番安全なのだ。……少なくとも、子どものうちは。




