ep3
森の中での神秘的な数日間を過ごした後、
灯里と男の子は新たな目的地、
活気に満ちた港町を目指して歩き始めた。
森を抜けるまでの道のりは、
相変わらず幻想的で、
時折現れる珍しい動植物に灯里は目を輝かせた。
男の子は灯里の手を引いて、
迷うことなく森の中の獣道を器用にナビゲートしていく。
言葉は通じなくても、
男の子がこの世界のことに詳しいのは明らかだった。
灯里は男の子に、
森での驚きや感動を伝えようと、
身振り手振りを交えながら話しかけた。
男の子は灯里の言葉の一つ一つに、
豊かな表情で応えてくれた。
彼の透き通るような青い瞳を見つめていると、
言葉の壁など存在しないかのように、
心が通じ合えているような温かい感覚になった。
森を抜けると、
目の前には想像を遥かに超える賑わいの港町が広がっていた。
石畳の道は多くの人々でごった返しており、
その中には地球上では見たこともないような多様な種族の姿があった。
尖った耳を持つエルフが優雅に歩き、
毛皮に覆われた獣人が力強い足取りで通り過ぎる。
背丈の低いドワーフらしき一団が、
楽しそうに笑いながら酒場に入っていくのが見えた。
それぞれの種族が独自の文化や服装を纏っており、
見ているだけで飽きることがなかった。
町には色とりどりの屋台が軒を連ね、
食欲をそそる様々な匂いが混じり合っていた。
甘い焼き菓子の香り、
香ばしい肉の焼ける匂い、
そして潮の香り。
賑やかな話し声や笑い声、
行商人たちの威勢の良い呼び込みの声が響き渡り、
町全体が生きているかのような活気に満ちていた。
灯里はまるで絵本の中に迷い込んだような感覚に陥り、
ただただ圧倒されていた。
男の子はそんな灯里の様子を気遣うように、
優しく手を引いて人混みを縫っていく。
彼の小さな手は、
灯里にとって何よりも心強い道しるべだった。
二人はまず、
この町での拠点となる宿屋を探すことにした。
いくつかの宿屋の前を通り過ぎ、
最終的に「海猫亭」という看板のかかった、
木造りの温かみのある宿屋を選んだ。
宿屋の扉を開けると、
カランコロンと軽やかな鈴の音が鳴った。
中には香ばしい料理の匂いが漂い、
旅人らしき人々が談笑していた。
宿屋のおかみさんは、
ふくよかな体格と朗らかな笑顔が印象的な女性だった。
灯里と男の子を見ると、
おかみさんは少し驚いた様子だったが、
すぐに優しい笑顔で迎えてくれた。
「いらっしゃい。
旅の方かい?
こんな珍しい子を連れてるなんて、
何か特別な旅かね?」
おかみさんは男の子を見て興味深そうに言ったが、
それ以上詮索することはなかった。
灯里は少し緊張しながらも、
宿泊したい旨を伝えた。
おかみさんは快く部屋を用意してくれ、
二人は二階の部屋へと案内された。
部屋はシンプルながらも清潔で、
大きな窓からは港の一部が見えた。
ベッドはふかふかで、
長旅の疲れを癒してくれそうだった。
部屋には見慣れないランプや、
木製の素朴な家具が置かれていた。
異世界の宿屋は、
日本の旅館ともホテルのとも違う、
独特の雰囲気を持っていた。
灯里はリュックを置き、
ほっと一息ついた。
男の子は部屋の中を興味深そうに見回っていた。
部屋で少し休憩した後、
二人は再び町へと繰り出した。
灯里は町の隅々まで見て回りたかった。
石畳の道を歩きながら、
灯里は様々な店を覗いた。
色鮮やかな布地を扱う店、
珍しい香辛料が並ぶ店、
そして怪しげな光を放つ鉱石を売る店。
どれもこれも灯里にとっては新鮮で、
好奇心を刺激された。
男の子は灯里の隣を離れず、
時折、
灯里が興味を示したものにそっと触れたり、
不思議そうな仕草を見せたりした。
特に灯里の目を引いたのは、
魔法具らしきものを扱う店だった。
店の前には、
光る水晶玉や、
奇妙な模様が描かれた杖などが並べられていた。
灯里は恐る恐る店の中を覗いたが、
店番のローブを着た人物は無言で立っているだけで、
少し近寄りがたい雰囲気だったため、
入るのをやめた。
町を歩き進めると、
潮の香りが一層強くなってきた。
港が近いことを示している。
港にたどり着くと、
そこにはさらに壮大な光景が広がっていた。
巨大な木造の帆船が何艘も停泊しており、
そのマストは空高く伸びていた。
中には、
船体に奇妙な装飾が施された船や、
見たこともない素材でできた船もあった。
船員たちが忙しそうに荷物を運び、
活気のある声が飛び交っている。
海の向こうには、
一体どんな世界が広がっているのだろうか。
灯里の胸には、
新たな冒険への期待感が膨らんだ。
この港町は、
異世界の入り口であり、
そしてさらなる未知の世界へと繋がる場所なのだと感じた。
男の子は灯里の隣で、
静かに海を眺めていた。
彼の瞳には、
この広大な海に隠された何かを見通しているかのような、
深い光が宿っているように見えた。
灯里は男の子の小さな手をもう一度そっと握りしめた。
この異世界での旅は、
まだ始まったばかりだ。
隣にいる言葉を持たないこの男の子と共に、
これからどんな出来事が待ち受けているのだろうか。
不安よりも、
未知の世界への好奇心と、
この特別な出会いに対する感謝の気持ちが、
灯里の心を満たしていた。
港に吹く潮風が、
二人の髪を優しく撫でていった。