ep2
森の中は、
まるで別世界のように神秘的だった。
高くそびえる木々の葉の間から降り注ぐ木漏れ日は、
地面に光の絨毯を織りなし、
その上には見たこともないような鮮やかな色彩の花々が、
遠慮なくその美しさを競い合うように咲き乱れている。
空気は澄んでいて、
深呼吸すると草木の生命力が体中に満ちるような感覚があった。
鳥たちのさえずりは、
地球で聞いたことのあるどの鳥の声とも違い、
まるで美しい音楽のように森に響き渡っていた。
灯里は、
昨日この森で出会った、
言葉を持たない妖精のような男の子と一緒に、
その神秘的な空間をゆっくりと歩いていた。
男の子は灯里の手をしっかりと握り、
その小さな手から伝わる温もりが、
灯里の心に安心感を与えてくれた。
時折、
男の子は立ち止まり、
美しい瑠璃色の羽を持つ鳥や、
葉脈が虹色に光る珍しい植物を指さしてくれた。
その度に、
灯里は驚きや感動の声を上げ、
男の子は嬉しそうに微笑んだ。
灯里は男の子に、
自分のこと、
故郷である日本のこと、
学校での友達のこと、
家族との思い出など、
たくさんのことを話しかけ続けた。
男の子が灯里の言葉を理解しているのかは分からなかった。
それでも、
男の子の透き通るような青い瞳が、
灯里の言葉一つ一つを真剣に受け止めるようにじっと見つめ返してくれるだけで、
灯里は話し続けることができた。
男の子は灯里の話に合わせて、
楽しそうに瞳を輝かせたり、
時には眉をひそめて悲しそうな表情を見せたりと、
感情豊かに反応してくれた。
言葉の壁があっても、
心と心は確かに通じ合えている。
灯里はそう強く感じていた。
森の中を歩く二人の間には、
温かく穏やかな時間が流れていた。
森の奥深くへと進んでいくと、
木々の間からキラキラと輝く小さな清流が現れた。
水は驚くほど透明で、
川底の石や水草がはっきりと見えた。
二人はそこで休憩することにした。
灯里はリュックから、
日本から持ってきたお菓子を取り出した。
個包装されたチョコレートを男の子に差し出すと、
男の子は不思議そうに首を傾げた。
灯里が包みを開けて見せると、
男の子は恐る恐るそれを受け取り、
小さな口に運んだ。
一口食べた瞬間、
男の子の目が大きく見開かれた。
そして、
満面の笑みを浮かべた。
どうやら、
異世界にはないこの甘さが、
男の子の舌には新鮮でとても美味しく感じられたらしい。
灯里は男の子の嬉しそうな顔を見て、
自分まで嬉しくなった。
もっと食べるように勧めると、
男の子は遠慮がちに、
でも嬉しそうにチョコレートを口に運んだ。
お菓子を食べ終え、
清流のせせらぎに耳を傾けていると、
男の子が突然、
首から下げていたものを灯里に見せた。
それは、
古びた、
見たこともないような機械だった。
手のひらに収まるほどのサイズで、
表面には複雑で幾何学的な模様が繊細に刻まれており、
長い年月を経たのか、
ところどころが緑青を吹いて錆びついている。
まるで古代文明の遺物のような雰囲気を纏っていた。
「これ、なあに?
君の大切なもの?」
灯里が優しく尋ねると、
男の子はその機械をそっと灯里の手に乗せた。
ひんやりとした金属の感触が、
灯里の指先に伝わってきた。
機械は静かに灯里の手に収まっているだけで、
何も反応しない。
ただの古い飾りなのだろうか、
それとも何か意味があるのだろうか。
灯里は興味深くその機械を眺めた。
灯里が機械の模様を指でなぞっていると、
男の子がその機械にそっと自分の指で触れた。
すると、
どうしたことだろう。
機械の表面に刻まれた模様が、
淡い、
しかし確かに視認できる光を放ったのだ。
光はすぐに消えてしまったけれど、
それは紛れもない光だった。
「えっ!?光った!すごい!
これ、もしかして何か特別なものなの?
魔法の道具とか?」
灯里は驚きと興奮で目を輝かせ、
男の子を見た。
男の子はただ静かに、
そしてどこか遠いものを見るような神秘的な微笑みを浮かべていた。
その微笑みは美しかったけれど、
灯里には男の子が何を考えているのか、
全く理解できなかった。
この機械が光ったのは偶然?
それとも男の子にしかできない何かがあるのだろうか?
灯里は自分のデータ端末を手に取り、
男の子が持っていた機械と見比べた。
自分のデータ端末は、
地球の技術の結晶だ。
一方、
男の子の機械は、
この異世界の、
あるいは男の子自身の秘密を握っているのかもしれない。
異世界に転生して、
まだ一日も経っていない。
それなのに、
灯里の周りでは、
常識では考えられない不思議なことばかりが起こっていた。
灯里は男の子が持っていた機械を大切にポケットにしまった。
この古びた機械が、
この異世界の謎、
そして男の子という存在の秘密を解き明かすための、
最初の手がかりになるのかもしれない。
灯里の胸には、
未知の世界への新たな好奇心と、
これから起こるであろう出来事への少しの不安が、
静かに芽生えていた。
この出会いが、
自分に一体何をもたらすのだろうか。
灯里は、
隣で穏やかに微笑む男の子の小さな手を、
もう一度、そっと握りしめた。