ep1
「あーあ、私も異世界転生とかしないかなぁ」
スマホの画面に映る、
剣と魔法の世界で無双する主人公を見ながら、
佐倉灯里は深いため息をついた。
ごく普通の、
どこにでもいる中学二年生。
成績は中の下、
運動神経も人並み、
特別な才能なんて何一つない。
将来の夢も、
特にやりたいことも見つからず、
漠然とした焦りだけが胸の中にあった。
そんな自分を変えられるとしたら、
それはもう異世界に生まれ変わるしかない、
と本気で思っていた。
ファンタジー小説や異世界転生モノの漫画、
アニメ、ゲームが大好きで、
現実逃避のようにそれらの世界に没頭していた。
特に「トラックに轢かれてチート能力を持って異世界に転生」
という王道展開には、
何度読んでも、
何度見ても、
胸を熱くしていた。
まさか、
それが自分に降りかかるなんて、
この時は夢にも思っていなかったけれど。
その日は、
いつもと変わらない放課後だった。
友達と学校の門で別れて一人、
お気に入りのアニソンをイヤホンで聴きながら家路を急いでいた時、
それは突然起こった。
交差点で信号が青に変わり、
左右を確認して横断歩道を渡り始めた、
その瞬間――
耳をつんざくようなけたたましいクラクションの音。
全身を襲う、
強烈な衝撃。
体が宙を舞い、
視界がぐにゃりと歪む。
まるでスローモーションのように、
アスファルトの地面が遠ざかっていくのが見えた。
ああ、
これが、
私がずっと憧れていた異世界への扉なのだろうか。
薄れゆく意識の中で、
そんな現実離れした、
けれどどこか納得しているような呑気なことを考えていた。
次に灯里が目を覚ましたのは、
柔らかく湿った草の上だった。
頬に触れる草の感触が心地よい。
耳に届くのは、
聞いたこともないような美しい鳥のさえずり。
そして、
木々の葉が風に揺れる音。
ゆっくりと体起こすと、
そこは息をのむほど美しい森だった。
木漏れ日がキラキラと光の粒となって降り注ぎ、
地面には淡く光る苔が絨毯のように広がっている。
深呼吸をすると、
鼻腔をくすぐる清々しい森の香り。
土と植物の匂いが混ざり合い、
都会では決して味わえない新鮮な空気だった。
そして何よりも灯里を驚かせたのは、
視界の端をふわふわと漂う、
小さな光の粒たちだった。
それはまるで、
意思を持っているかのように宙を舞い、
キラキラと輝いている。
「……妖精?」
思わず声に出していた。
震える声だった。
本当に異世界に来られたのかもしれない。
その可能性に、
胸が高鳴るのと同時に、
現実感が追いつかないような不思議な感覚に襲われた。
恐る恐る自分の体を調べる。
体は元の姿のようだった。
そしてトラックに轢かれたはずなのに、
どこにも痛みはない。
傷一つない。
これも異世界転移の特典だろうか?
チート能力とまではいかなくても、
怪我をしない体、
とか?
立ち上がって周囲を見回す。
見たことのない植物、
聞いたことのない鳥の声。
そして、
遠くに見えるのは、
見たこともないほど高く、
高くそびえ立つ山々だった。
その山頂は厚い雲に隠され、
まるで世界の果てのように見え、
神秘的な雰囲気を醸し出している。
灯里は、
この世界の広大さと圧倒的な美しさにただただ立ち尽くしていた。
ここが本当に異世界なのだと、
改めて、
強く実感する。
しばらく景色を眺めていると、
近くの草むらからガサガサと音がした。
警戒して身構えると、
そこから現れたのは、
灯里と同じくらいの年の男の子だった。
しかし、
その姿はどこか人間とは違う。
透き通るように白い肌、
ピンと尖った耳、
そして背中には光を反射する小さな羽が生えている。
身につけているのは、
この森の植物の繊維で編まれたような、
簡素で自然な色合いの服だ。
男の子は大きな瞳で灯里をじっと見つめている。
警戒した様子だが、
敵意は感じられない。
その瞳の奥には、
不安と同時に、
何か強い意志のようなものが宿っているように見えた。
灯里はゆっくりと、
男の子に近づいてみた。
「あ、あの、私は佐倉灯里です。あなたは?」
恐る恐る話しかけてみるが、
男の子はやはり何も答えない。
言葉が通じないのだろうか。
ただ、
灯里の手元にあるスマホに強い興味を示しているようだ。
この世界にはないものなのだろうか。
珍しそうに、
画面をじっと見つめている。
あたりを見回すと、
先ほど見た光の粒が、
男の子の周りをふわふわと漂っていることに気づいた。
まるで男の子に懐いているかのようだ。
やはり妖精なのだろうか。
男の子は、
その妖精たちに慣れている様子で、
時折優しく手で払っている。
灯里は、
自分が憧れた異世界とは少し違うらしいこの場所で、
この謎めいた男の子との出会いが、
これから始まる壮大な物語の始まりなのだと、
この時はまだ、
漠然とした予感としてしか捉えていなかった。
小説は前々から書きたいと思ってましたが
書いたことが無くて初めて書きました。
後で文章を変えることがあるかもしれませんが
宜しくお願い致します。