ぼくは中身じゃない
着ぐるみに包まれるのが好き。
それは秘密だった。
誰にも言えない、心の奥でだけこっそり膨らんできたもの。
高校を卒業してすぐの春、ショッピングモールのマスコットバイトに応募した“ハル”。
ふわふわのウサギの着ぐるみに袖を通したとき、身体が震えた。
内側のこもった熱、視界の狭さ、誰にも顔を見られないという密閉感――
(ぼくは……ぼくじゃなくなる……)
それがたまらなかった。
リハーサル中、テンションの上がったハルは無意識にスーツの中で少し荒い息を吐いてしまう。
その様子に、隣でアテンドをしていた女性スタッフ“ノノ”が気づく。
「……ちょっと、動きすぎじゃない?」
その言葉に、ハルはびくっと反応した。
中で固まったまま動けない――でも、ウサギの顔は変わらない。
ノノはふと笑うと、ウサギの耳をくいっと引っ張って耳元に囁いた。
「中で、興奮してたでしょ?」
視界の中が真っ白になる。
それは秘密だったのに――
なのに、彼女はすぐに次の言葉を続けた。
「そういう子……たまにいるの。バレたくないなら、私の言うこと、ちゃんと聞いてね?」
その日から、ノノの“アテンド”は変わった。
休憩室で着ぐるみを脱ぐ直前に、わざと後ろのチャックをゆっくり下ろす。
「中、蒸れてるでしょ。ほら、汗いっぱい……触ってあげる」
汗ばんだインナー越しに手を当てて、くすぐるように撫でる指。
イベント中もわざと密着してきて、手を取ってリードする。
「ウサちゃん、動きがへたっぴだねぇ。もっと可愛く、腰振ってみてよ」
耳元で囁かれるたび、スーツの中で鼓動が早くなる。
あるときは、ハルが完全に動けなくなるくらいきつくファスナーを閉められ、
「今日はこのまま、お昼まで中でじっとしてて」と命令された。
モールの裏通路に連れていかれ、人のいない倉庫の前に立たされたまま――
閉じられた世界の中で、着ぐるみの皮膚だけが外との繋がり。
(この中が……ぼくの居場所になっていく……)
ノノの笑みと囁き、着ぐるみのぬくもり、抜け出せない快楽。
もうバイトじゃない。これは、服従の遊戯。
「ねえ、ハルくん。中の人、いなくてもいいよね。
――ウサちゃんになりきれたら、それで幸せでしょ?」
ぼくは、着ぐるみの中に閉じ込められて。
だけどそれが、一番の“自由”だった。
「……ちゃんと、ウサちゃんでいられた?」
イベントが終わり、ハルが着ぐるみのまま控室に連れ込まれる。
ノノが鍵を閉め、静かに笑った。
「ご褒美、あげよっか」
ハルはうなずくこともできず、ただじっとスーツの中で震えていた。
もこもこの頭部をかぶったまま、チャックも開けられない。
閉じられた世界の中、聞こえてくるのはノノの足音と、ハル自身の息遣い。
――カチャッ。
ノノがスーツの背中のジッパーを少しだけ開けると、そこから一筋の空気が入り込んだ。
それだけで、ハルの身体はビクリと反応する。
「ほら、汗でびしょびしょ……ちゃんと感じてる証拠だよね?」
ノノの指がインナー越しに背中を撫でる。
そして、わざとらしくファスナーを途中で止めると、耳元で囁いた。
「言ってごらん? 着ぐるみの中で、なにされたい?」
「……もっと……」
「え? 聞こえないなあ。ウサちゃん、もっと大きな声で」
「……もっと、撫でて……ノノさんに……してほしい……」
「ふふ。素直でよろしい。じゃあ――罰も必要ね?」
ノノは手早く、背中をぴったり閉じた。
そして頭部を少しだけずらし、スーツの口元に水を少し流し込んで言った。
「これから30分、誰も来ない。ここで、ウサちゃんとして立ちっぱなし。動いたら、バレちゃう。スーツの中が、どうなっても……ね?」
その言葉を合図に、ハルの内側の人格が崩れていく。
動けないまま、ぬくもりの中で一人きり。
暑い、苦しい、でも快感が体の奥からじんわりと広がっていく。
ノノの支配が心に焼き付き、羞恥と悦びが混ざる――
(ああ……もう、人間に戻れない……)
扉の外には、次の交代を待つスタッフの声。
でもこの空間だけは、“ノノの所有物”として存在できる時間だった。
ノノは最後にこう囁く。
「ねえウサちゃん。中の子、どんどん小さくなってくでしょ?
そのまま、着ぐるみの中身として、溶けていっちゃえばいいのにね」