5 魔王の力
(あとは賭けるしかないね)
私は水晶玉を地面に叩き付けた。砕け散った水晶玉から溢れ出た黒い靄が私の体に吸い込まれていく。途端に全身の力が漲ってきた。担いでいた重い荷物から解放されたような感覚だ。
(すごい。これが魔王の力なんだ)
私はぐっと拳を握った。力を取り戻したと同時に魔王の記憶も一部蘇ったけど、幸い意識が侵食されているような感覚はない。
(この力があれば当面死ぬ心配はなさそうだね)
これで私を脅かせるのは成長した主人公のみ、と言いたいところだけど、実は他にもいる。
不安の芽は早急に摘むべきだ。私は早速使えるようになった転移魔法を使って森をあとにした。
(到着っと)
私が転移した先はとある洞窟の前だ。ここは主人公たちが最初に訪れるダンジョンだ。低レベルのモンスターが生息しているので、序盤のレベル上げでプレイヤーは必ずここを訪れる。
魔王として覚醒した私が来たところで意味はないように思えるが、実はここ、本編クリア後に裏ボスへと繋がる裏ダンジョンが解放されるのだ。
私は裏ダンジョンへの行き方を知っている。ゲームではシステム上の制限でプレイヤーにできることに限りがあったが、この世界は現実のものとなった。ゲームでは壊せないオブジェが壊せるのは屋敷で既に確認済み。力業でこじ開けることができるはずだ。
(先ずは戦い方を覚えないとね)
ゲームをプレイしてキャラクターを動かすのと、自分の体で戦うのとでは感覚がまるで違う。いくら強くても戦い方が素人では話にならない。
この世界で死んだらどうなってしまうかわからない。そのまま死んでしまうのか、それともまた転生するのか。もちろん確かめる度胸はないので、生き残るのを大前提に行動していくつもりだ。
洞窟の中に入ると、ゴブリン三匹と遭遇した。魔眼で強さを確認するまでもない。
ゴブリン三匹は棍棒を片手に飛び掛かってきた。覚醒済みの私ならダメージは通らないはずだ。試しに受けてみると、痛いどころか棍棒のほうが砕け散った。
「先ずは小手調べ。ヘルフレイム」
私はゴブリン一匹を黒炎で焼き払った。前世では自分の手で生き物を殺すことなんてできなかったけど、リディアと魔王の記憶が作用しているのか、何の抵抗感もなく殺すことができた。もしかして知らない間に二人の意識に侵食されているのかな? 多重人格みたいにはなってないから今のところは心配しなくても良さそうだけど……。
(手を抜いたのにすごい威力)
闇属性の魔王は闇に関連した魔法を極めている。状態異常魔法やデバフ魔法も該当しており、最終決戦で苦労させられたのを覚えている。ゲーム本編では魔王と一部の敵だけが使ってきたけど、元プレイヤーとしては自分で使えるようになるのは感慨深い。
残ったゴブリン二匹は力の差を思い知ったのか、見るからに怯えた様子で後退った。ゴブリンに恨みはないけど、襲い掛かってきたのは向こうが先だ。私の特訓のために犠牲になってもらおう。
(魔法で攻撃するのに抵抗感はない。あとは……)
私は腰に提げた剣を引き抜き、二匹目のゴブリンを一刀両断した。思っていた以上に体がすんなりと動いた。もしかしてリディアと魔王の経験が体に反映されてる? だとしたら特訓は必要ないかもしれない。念のためこのまま確認はしていくけどね。
「グラビティバレット」
私は指先から撃ち出した重力の弾丸で逃亡を図った三匹目のゴブリンの胴体を貫いた。
やっぱりモンスター相手なら戦うのに抵抗感がない。これならこのまま裏ダンジョンへ行っても問題なさそうだ。
(うーん……ダンジョンの中だと転移魔法は使えないみたいだね)
転移魔法でさくっと移動しようと思ったけど、いくら試しも魔法が発動しなかった。この辺はゲームと同じだ。システム上、というより他の違う力が作用しているのかもしれない。転移魔法で気軽にあちこち移動できたら生活が一変するだろうしね。転移魔法は高位の魔法で使い手は少ないみたいだけど。
私は奥へと進んだ。岩壁にある水色の魔石が光を発しているおかげで、洞窟の中なのに明るい。ゲームで見るのと自分の足で見るのとでは得られる感慨がまるで違う。モンスターがいなければ観光気分を味わえたはずだ。
雑魚モンスターを蹴散らしながら進んでいくと、やがて目当ての場所に到着した。行き止まりの区画でこれといったものは特に見当たらない。
(なるほど。今の段階だと封印魔法が施されてるんだ)
魔眼で探査してみると、奥の岩壁に強大な魔力反応があった。
「ディスペル」
試しに解除魔法をかけてみると、魔力がごっそり消費されたのを感じた。ゲーム本編だと一定の魔力量で最大の効果を発揮するが、この世界では使用する魔力量で効果が増減するようだ。
(や、やっと終わった……)
魔力を四分の一消費した辺りでようやく封印を解くことができた。岩壁が砂になって消え、奥へと続く道が現われた。
やっぱりここに来てよかった。現実になったこの世界では私が知っているゲームの知識がすべてではないはずだ。慎重にできることとできないことを探っていこう。