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4 封印の祠

 △


 中天で燦燦と太陽が輝いている。気温は穏やかで頬を撫でるそよ風が心地よい。


 そんな絶好の外出日和の中、私は動きやすい軽装に身を包み、野原を縦断する道を徒歩で移動した。


 アホ王子に婚約を破棄されてしまった失態の禊として、私は王立魔法学院に入学するまでの間、冒険者になって世の荒波に揉まれてくると家族に提案した。


 何不自由のない生活をしていた公爵家令嬢が命の危険と隣り合わせの冒険者になるのだ。与える罰としては申し分ない、と思っていたけど、家族の反応は様々だった。


 お母様は「見識を広めるために外を知るのは有意義だわ」と支持してくれた。


 ヘンリーお兄様は「お前一人で生活できるのか?」と心配してくれた。


 ルリオは「お姉様がいなくなるのは嫌だよ」と涙目だった。


 お父様は「冒険者になるだと!? 可愛い娘にそんな危険なことをさせてたまるか! 謹慎でいいではないか謹慎で!」と猛反対だった。私の不徳で婚約を破棄されてしまったのに謹慎だけで済ませるのは甘いよ、お父様。


 とはいえ、みんなの反応は理解できる。お母様が肯定的だったのは意外だったけど。ああ見えて昔はお転婆だったと聞いたことがある。昔冒険者をやってとかかな? 親の昔の話ってあまり、というかちゃんと聞いたことないからわからないんだよね。ゲーム本編でもクラウディウス家の面々はほとんど名前しか出てこなかったから情報が乏しい。


 さておき、私が冒険者をやると言ったのには理由がある。


 先ずは行動範囲を広げるためだ。実家にいたのでは色々と制限されてしまう。王都を拠点に冒険者として活動すれば自由に動ける。ここはモンスターがいる世界だ。冒険者の知識と技術は学んでおいて損はない。今後のためにもできることは増やしていったほうがいい。


 そして、いち早く実家を出たかったのは、人知れず魔王としての力を覚醒させるためだ。護衛を連れて行けとお父様にしつこく言われても断ったのはそのためだ。単独行動のほうが気軽に動ける。


(そろそろかな)


 私はクラディウス公爵領の端にある人気のない森に入った。この辺りにいるモンスターは今の私でも十分対処できる。お父様から貰ったモンスター除けのお守りもある。そのおかげでここまでモンスターと遭遇せずに済んだ。


(もう少し先だったかな?)


 私は魔眼で魔力の反応を辿った。リディアが魔眼の力に気付くのはもっとあとだが、私は使えることを知っているからか、使おうと試してみたら普通に発動できた。


 ここに来たのは、魔王の力を封じている祠を訪れるためだ。


 先代の聖女と魔王の戦いは聖女が勝利したが、魔王は転生を繰り返し、再び世界に舞い戻る。先代の聖女はそれを阻止するために魔王の魂を王都の地下にある遺跡に封印した、と表向きには言い伝えられているが、実際は魔王の魂と力を切り分けて封印したのだ。


 この森には魔王の力が封印されている。魔族もまさかこんな辺鄙なところに魔王の力が封印されているとは思わないだろう。先代の聖女は見事に敵も味方も欺いたのだ。かなりやり手である。


 ところが、時間の経過と共に封印は弱まっていき、魔王の魂は遺跡から自力で脱出することに成功した。しかし永い間封印されていた影響で自我が希薄になってしまい、自分が何者なのかわからないまま当て所もなく彷徨っていたところに落馬して瀕死状態のリディアと遭遇し、依り代にして憑りついた。そうしてリディアの中で少しずつ力を蓄えていたのだ。


 通常ルートの終盤では、リディアの意識を侵食することに成功した魔王は自らの手で力の封印を解き、主人公たちに戦いを挑むことになる。他のルートではそれぞれ経緯は異なるが、封印が解けることに変わりはない。


 今はリディアが婚約破棄されたプロローグを終えたばかりの序盤だ。この時期に魔王の力を取り戻すのはリスクが大きいけど、こうして私が自由意志で動けるということは、この世界は必ずしもゲーム本編と同じストーリーを辿るわけではないはずだ。


 もしかしたら、目に見えない運命の力か何かで無理矢理物語を修正される可能性はある。そうなるとトゥルーエンドに辿り着けなければ私は死ぬことになる。


 だからと言って諦めるつもりはない。トゥルーエンドに至れなかった場合も考慮して、少しでも生き残る確率を上げるためにできることは何でもしておきたい。


 幼少期の頃からお父様とお兄様が剣の稽古をつけてくれたおかげで覚醒前の今でも最低限戦うことができるけど、これだけでは足りない。早々に魔王の力を取り戻し、今の内から使い方に慣れておけばこの先あらゆる場面で優位に立つことができる。物にしない手はない。


(リスクはあるけど、ここまで来たらやるしかないよね)


 封印を解いて力を取り戻すのはいいが、魔王に意識を侵食される恐れがある。ゲーム本編のリディアもルートによってはそうだった。


 私はゲームの知識があることと、既にリディアと魔王の記憶の一部分を共有していること、あとは前世の記憶をはっきり思い出したおかげか、意識は完全に前世の私だ。ちょっと意識を侵食されるくらい平気なんじゃないかな? なんて楽観視している。


(もしトゥルーエンドに辿り着けなかったら主人公たちに殺されるし、動ける内からできることは増やしたほうがいいよね)


 地道に鍛えていたのでは主人公たちの成長速度に追い付けない。魔王の魂が宿っていなかったらリディアはただの凡人だ。ゲーム本編のリディアは瞬く間に成長する主人公を目の当たりにして劣等感を抱き、嫌がらせや妨害をしていた。その負の感情が原因で魔王に意識を侵食されることになるのだけど、私は社畜から解放されたからか、すこぶる精神状態が良い。エナドリに頼らないで体がこんなに動くなんて信じられない。ああ、きっとこれが若さなんだろうな。


 なんて考え事をしながら歩いている内に、私は祠の前に到着していた。年季の入った石造りの小さな祠だ。苔がびっしり生えている。。


(……あった。これだ)


 私は祠の中から黒い水晶玉を取り出した。魔王の魂が脱出した影響を受けて封印が弱まっているのか、小さな亀裂が入っている。

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