第1話 どうやらねこ?に転生したようです
ねこ?の冒険が始まる
とろけるようなおひさまの下で目覚めた。ぼんやりとした視界がくっきりとしてきた。いつの間に寝ていたのやら。辺りを見回す。
「あれ、ここどこ?」
見渡す限りの高い草。
「空があんなに遠い」
首がもげそうなほど見上げる。
「あれ、おかしいな。なんでこんなに地面と近いんだ?」
明らかに目線が低い。
「んん?」
視線を巡らせてみる。
「え?」
それは人の手とは程遠い形をした手があった。
「なんじゃこりゃあ!?」
どう考えても猫か犬の手にしかみえない。
「まてまて、俺はいつから四足歩行になったんだ?」
背中を反って立ち上がろうとすると、うまくいかない。
「ぐぬぬ。いったい全体どういうことだ?」
状況の把握ができない。非常事態だが、周りには草しかない。助けを求めることもできない。
「なにか、なにかないのか?む?」
カサッと音がした。
振り向くと視線の先に舌をちょろちょろと動かすヘビ頭が見えた。
「え、まって、もしかして俺をえも……▲○☆⚫□ッ!?」
考える隙もなく鋭い牙がチラ見えした。脱兎のごとく逃げる。
逃げる先なんてない。草、草、石、草。
「はぁはぁ……な、なんとか逃げ切れた」
見晴らしのいい湖畔に来れた。
「あ、ここなら俺の姿を……」
歩き慣れてきた足で湖まで歩いてみる。そーっと水面を覗く。
「俺はいったい、なんなんだ?」
ゆれるゆれる。
「……」
水面が落ち着いて姿が現れる。
「ねこだ」
まごうことなき、ねこだった。
「なんで?」
しかもこのねこは大人になってもさして大きくならない品種だ。
「この柄、結構高貴なイメージあるなぁ」
名前はなんだったか思い出せないが、それなりに人気の品種だ。
「なんでねこ?」
考えても埒が明かない。
「こういうときはあれだな」
頭を回転させて自分にできることを思い出す。
「探知!」
半径100メートル内に存在する物や生き物を探す術を発動する。
「おー、なんもない。ヘビとかイノシシは見当たるけど、生き物はそれくらいか?お?これは道か?」
湖の向こうに誰かが築いた道があった。それもどこかに続いている。
「人もいるのか?ちょっと気になるな」
俺も記憶の中では人に関わっていた。その記憶でもなぜか目線が低い。
まさかねこからねこに転生した?なんてことないよな?
道に到着した。ねこのジャンプ力は侮れない。危うく湖に落ちかけた。
「さてさて、どちらに向かおうかな」
探知を広げて遠くの彼方を探す。すると、とある一団を見つけた。
「おー?ひ、と?」
道を反れて森の中に進んでいく。
「薬草でも摘みに行くのかな?」
その一団に興味があった。一団が向かう先にはゴブリンと呼ばれる魔物の一種がいたからだ。
「俺の探知も遠いほど精度悪いし、どっちもゴブリンの可能性も……いやいや、一応見に行っても損はないか」
身体強化をして急いで現地に向かう。
「あれ?なんか逃げてない?」
一団のうちひとりを置いて、その集団は離れていった。
「なんなん?」
様子見をすべきか。ひとりはゴブリンに囲まれている。なにやらきな臭い現場に立ち会ってしまったのかもしれない。
「気になるからいくけどさー」
襲いかかる既のところで着いた。
「んー?子どもにゴブリンか?俺の探知もなかなかだな」
子どもの腕を掴み、ゴブリンは獲物を見つけたとひどく興奮気味だ。それに対し、子どもは怯えて声も出ていない。
自然の摂理といえばそれで終わりだが、ひとりの俺が生きていくには、この子どもは重要な手掛かりになり得る。
「悪いな、ゴブリン。お前たちのこと嫌いじゃなかったぜ」
範囲指定をしないこの場にいる全員を鎮圧化できる術。
「がおおおーっ!!」
声と雷の属性を放出する術、その名も雷砲。
声が届く範囲を雷が走り、そのすべてを麻痺させる。声を聞いたゴブリン、そして子どもは身動きを止められる。
「グギャア!?」
「えっ!?」
金縛りにあったかのように身体が動かなくなったゴブリンと子どもは、戸惑いを隠せずにいる。
そこへ颯爽と現れるねこ。
「なあ、お前困ってないか?」
「え?え?わ、わたし!?」
「うん、お前」
「グギャア!」
「お前じゃないっ!」
助けてほしそうな顔をするゴブリンには土塊を結集させた物理攻撃をお見舞いする。
「グギョッ!?」
頬を打たれたゴブリンは抵抗できずに地面に倒れる。
「お前、取り残されたんだろ?」
「う、うん……」
「なんで置いてかれたんだ?仲間だろ?」
「ううん、わたしは仲間じゃないって」
「なんで?同じ人だろ?」
「ううん、わたしはヒューマンじゃないの。この耳、この耳があるから仲間じゃないって」
「あー?狐?」
その子どもには人にはない長い耳があった。よく見ると、金髪狐幼女だった。記憶の中では、ある種の神として祀られるほどの存在。そんな狐娘が迫害される立場か。
「獣人だから、仲間じゃないって」
「おー、そう、なんだ。元気出せよ」
「う……うん」
おどおどする子どもを見ると胸が締め付けられる。
「お前は村か町に住んでたのか?家はあるか?」
「村……いつも森の中にいたの、お家は……ない」
「なんだ、お前ひとりか?」
「うっ……うえええん」
「ちょちょ、ちょっと!?泣くなって!?」
子どもは身体が回復したと同時に抱えて泣きじゃくった。
子どもは苦手だ。いきなり抱きついてくるし、友達でもないのに急にご飯をもって駆け寄ってくる。
「お、落ち着け!な?俺が、俺が一緒にいてやる?それでどうだ?」
なにいってんだ、俺。出会ったばかりの子どもに。
「え?一緒にいてくれるの?」
スンと泣き止む子ども。涙は溢れている。そんな顔されたら俺もどうもできん。
「ああ、俺もひとりだからな。それに子どもくらい世話できない村よりも俺と一緒にいたほうがいいだろ?」
「……いいの?」
「おう、歓迎するぜ」
「うっ……」
また涙がこぼれた。今度のこれは、きっと嬉し涙だ。そうだといいな。
「泣き止んだか?」
「うん……」
「もう大丈夫だよな?もう泣くなよ?」
「うっ……うん」
「じーっ」
「な、泣かないもん!」
子どもはよく泣く。それがいいことだと知る大人は少ない。泣けるのは感情に素直な子だけだ。大人になればそれができなくなる。
「よしよし、それじゃあ行くとするか」
「どこにいくの?」
「あ?そりゃあ村とは反対側だよ。そっちいってもいいことないんだろ?」
「うん」
ゴブリンたちは気づいたらいなくなっていた。俺を恐れて逃げたのだ。
子どもを連れて湖畔に戻る。
「ここでなにするの?」
「俺はお腹が空いた。だからここで魚をとる」
「で、でも網も釣り竿もないのにどうやって?」
「んなもん、こうやるんだよ」
土塊を槍の形に変形させる。それに雷を纏わせる。本来水に触れると拡散する雷。これにより一点に集中させることができる。これで威力を減衰させることなく、湖に潜む魚を確実に狩ることができるというわけだ。
「いけ、雷槍」
湖に入ってすぐ魚が浮いてきた。それも一匹や二匹じゃない。
「うむ、大漁だ」
「え?え?」
「全部は俺も食えん。5匹で十分だな」
念動で魚を手元に持ってくる。よく肥えた魚だ。実にうまそうだ。生で食べてもうまそうだが、嫌な寄生虫がいる恐れがある。ここは火で炙って食うに限る。
「えーと、子ども。手頃な枝を集めてきてくれ。たくさんあれば嬉しい」
「う、うん!」
そういえば名前をまだ聞いていなかった。積もる話は腹が膨れたあとでもいい。
子どもが枝を集めてる間に土塊を固めて調理場を作った。焚き火をする場所、それから小さな椅子。砂が混ざってこないように硬い地盤をつくった。これでご飯がじゃりってしない。
「あ、集めてきた!」
「お、いいやんいいやん。その硬そうな奴は魚を刺すのに使おう。ほかはここにさしてくれ」
「こ、こう?」
「そうそう。それでいい」
指示に従いながら焚き木を組む。いい感じに仕上がったら種火をつける。
「魚は捌いたことあるか?」
「……ない」
「この機会だ。覚えよう」
まだイキイキしている魚を雷でショック死させる。
「締めるのに雷はいらないけど、俺は使えるから使ってる」
「うん」
「このエラのあたりをその枝で突き刺せ」
「えいっ!」
「そう!」
ビクッと身体が跳ねる魚を確実に仕留める。
「魚の鮮度はこの血抜きをしてるかで大きく変わる」
「うん」
「お腹を開く。んで、刃物なんて便利なものはないから、今日は俺がこうする」
風の刃で切り裂く。
「この内臓を手で取り出す」
「わたし?」
「おう!」
「うへぇ……」
湖で魚の体内を洗う。鱗もとれるものは取った。
「これでひと手間完了だ」
「うん!」
「あとは串に刺して、火の近くにぶっ刺す」
「こう?」
「上出来だ!初めてにしてはよくできた!」
「やった!褒められた!」
嬉しそうにする子どもの頭を肉球で撫でた。
一度やればあとは作業。
魚がおいしい匂いを漂わせたのはほんの数分後の出来事。
「うわあ!おいしそう!」
「本当は塩をまぶしたいところだが、今日はこれで勘弁な」
「ううん!すっごいご馳走だよ!」
「すまん、俺の分はここに置いてくれ」
「あ、うん」
出来上がった魚を並べる。
「うわあ……」
子どもがよだれを流している。
「どうした?食べていいぞ?」
「えっ、でもまだ食べてないから」
「……俺はな、猫舌なんだ」
「えっ!?」
「だから冷めるの待ってる。ここでは食えるやつから食うんだ!冷める前に食べろ!」
「わ、わかった……うわあ……おいしそう」
「た・べ・ろ!」
「う、うん!」
キラキラとした目で魚をみつめる。子どもは魚に口をつけた。
「かぷっ!」
「どうだ?」
「んんーっ!?んっ……あむっ……んん~!」
「うまいか、そうか。よかったな」
「おいしいっ!」
「よしよし、それはよかった。俺も食うとするか」
ようやく冷めた魚に齧り付く。塩もない焼いただけの魚。美味いはずもない。大げさだな。そう考えていた。
「う、うまぁ!」
思わず叫んでしまうほどの美味しさ。
「おいしいよね!」
「美味い!こんな魚食べたことねぇよ」
子どものリアクションは本当に素直なものだった。
「あ、あれ?もうない?」
気づけばあっという間に完食していた。
「おなかいっぱい……」
「俺も満足した」
しばらく余韻に浸った。
「そういえば、お前の名前聞いてなかったな?名前なんていうんだ?」
「……」
シュンとした。うって変わって暗い表情。
「ど、どうした!?」
「名前……」
「名前は?」
「名前……ない」
「ない!?」
「うん……」
「ないってどういう!?お、親は?」
「死んじゃった……」
「ああ、そういう……」
「ううっ……」
「な、泣くな!名前ないのか、ああっ……そういうこと考えてなかった」
また泣きそうな子ども。
「名前、名前、ないのか……な、なら、俺が名付けるのはどうだ?」
「えっ……」
「あー、そうだよな、嫌だよな」
「ううん」
「そうか、嫌か……なんて呼べば」
「ううん!……嫌じゃない」
「え?いいのか?俺がつけても」
「だって……助けてくれたし、それにごはんも」
子どもは泣きそうな目をしながら、笑みを浮かべていた。
「助けた恩を感じてくれるのは嬉しいけど、それだから受け入れるってのは……」
「は、初めて優しくされた、褒めてくれた……だから!嫌じゃない……そ、その、嬉しいの!」
「嬉しい……そうか。それなら俺が責任をもってつけてやろう!」
「や、やったぁ!」
「お前は『カノン』だ!……ん?ええっ!?」
名付けた瞬間、子ども、カノンを中心に風が吹き荒れた。突然のことに風に飛ばされる。
「うわああーっ!?」
近くの木にしがみついて難を逃れる。
風が静まり返ると、そこには金色の耳をした娘が立っていた。それだけだったら、まだ見れた。目を背けたくなる姿、巫女服を纏った金狐娘がいた。
「え?どゆこと?」
読んでくださりありがとうございました。