今年こそ、あなたに
私も
「ねぇねぇ、バレンタインってどうする?」
「普通に友チョコ配るかな〜」
「私は今度こそ告白する!」
「え、まじ⁉︎」
長いHRが終わり、帰りの支度をしていると、そんな会話が耳に入ってきた。
(バレンタインか〜)
黒板を見ると日付は2月7日。もうそんな時期だったか。少し前まで1年生気分だったのに、時間の流れは早いものだ。
「遥〜」
そんなお年寄りみたいなことを考えていると、ひどく聞き馴染んだ声に名前が呼ばれた。
「なに?」
鞄を持ってその方向に向かうと、案の定、教科書を片手に持った幼馴染がいた。
伊藤悠真。180cm近い身長に、爽やかな印象を受ける整った様子を持つ、私の幼馴染。幼稚園の頃からの仲で、なんだかんだ高校まで一緒の、いわゆる腐れ縁ってやつだ。スポーツ万能で、サッカー部のエースで気さくな人気者。もちろん女子からモテまくっているけれど、未だ彼女を作ったことがないらしい。
「教科書返しにきた。いや、ほんとありがとな!めっちゃ助かった」
そう言ってニカっと歯を見せたその笑顔に、なぜか鼓動が早くなった。昔から、私はこの笑顔を見ると、目が離せなくなってしまう。
「ん。次はちゃんと持ってきなよ?」
「もちろん!じゃ、俺これから部活だから、またな、遥」
颯爽と廊下を走り去っていくその背中を見送った。相変わらず元気なもんだ。
「あれ、旦那さん行っちゃったの?」
「だから、旦那じゃないって」
いつから見ていたのか、おそらくこちらも教科書を返しに行っていたのであろう私の親友、宮田瑞稀がニヤニヤしながら脇腹を小突いてきた。去年から同じクラスのこの親友様は、私と悠真について揶揄うのが最近の楽しみみたいだ。旦那さん、だなんて一体なんの間違いが起きたらそんなことが起きるんだ。
「ふーん?ねぇ、本当に好きじゃないの?」
「…好きじゃない」
「なーんだい?今の間は??んん?」
「もういいから、いくよ」
なおも言い募る、瑞稀の質問から逃げるように教室を出た。
「ちぇー。早く付き合えばいいのに」
「そんなことはおこりません」
瑞稀は面白くなさそうに口を尖らせた。よっぽど私たちをくっつけたいらしい。
「あ、そうだ!あと一週間でバレンタインだねー」
唐突な話題変換はいつものこと。自由気ままな瑞稀は、その時思いついたことを話す。
「そうだね」
「誰にあげるの?」
「えー、瑞稀でしょ、さーちゃんでしょ、あと凛とお父さんにもか」
私は指を折って数える。意外と多いな。よし、今年は作るか。そう私が一人で決意を固めていると、また揶揄うような口調で瑞稀はいった。
「旦那さんには?」
「悠真ねぇ」
「え、あげないの?」
「悠真モテるから、毎年いっぱいもらってるし、いいかなって」
「あぁ、去年すごかったもんね」
中学の頃もそこそこもらっていたけど、お菓子を持ってくるのは禁止だったし、地元の公立中学だったから、そんなに人数はいなかった。ところが、高校に入って初めての去年のバレンタイン。悠真は朝から放課後まで、至る所でチョコレートをもらっていた。告白されまくって、でも全部断っていて、ちょっと嬉しかったのはここだけの秘密だ。
「折角だし、あげたら?その方が旦那さんも喜ぶよ。なんせ奥さんからの手作りだもの」
「いい加減その呼び方やめようよ。あとなんでさっき作ろうって決めたのに、なんでわかるの。エスパーかよ」
「この瑞稀様にかかれば、遥君の考えていることなんてお見通しさ!」
「ワー、ズゴーい」
無駄にかっこよく、探偵みたいなポーズを決めて言った瑞稀に私は棒読みで返す。これもいつものことだ。
「ってことで、バレンタイン、一緒に作ろうぜ」
「それが言いたかったの。いいよ、13日にうちでいい?」
「もち!楽しみだ」
「私も」
その日は、二人でカフェに寄って、スマホで調べながら二人で何を作るかをワイワイと話し合った。
☆ ☆ ☆
2月12日。明日のお菓子作りのために、材料を買いに来た。それぞれで材料を買ってきて、明日私の家で作るつもりだ。
久しぶりにきた家の近くのスーパーで、メモを見ながらチョコレートを数個カゴに入れる。
(なぜか型は家にあったし、お母さん使っていいって言ってたよね。じゃああと飾りか……あ、牛乳買ってきてって言われたんだった)
意外と買うものは少なかったので、さっさと買い物を終わらせようとレジに行くと、まさかの人物と遭遇した。
「遥?」
「悠真じゃん」
なんでここに?と言う疑問が沸いたが、よく考えたら家が私と近い悠真の最寄りのスーパーもここだ。おおかた、おばさんにお使いでも頼まれたんだろう。
「珍しいな」
「それはこっちのセリフ。お使い?」
「そうそう。そっちは?」
「え、バレ……お菓子買おうとしたらお母さんにお使い頼まれた」
私は咄嗟にカゴを後ろに隠す。なぜかバレンタインの準備、とは言えなかった。別に隠すものじゃないのに。
「ふーん……俺、セルフで会計してくる!」
「うん」
悠真はチラッと私のカゴを一瞥して、セルフレジへ向かう。私は有人レジに並び、会計を終わらせた。
「ん」
先に店の外に出ていた悠真がこっちに空いてる方の手を出す。なんのためなのかわからなくて、悠真を見上げると、
「荷物、重いだろ?」
「っ」
思っても見なかった気遣いに、ドキッとした。
(反則)
普段は子供っぽい感じなのに、時々垣間見える大人っぽさにいちいち動揺してしまう。
「大丈夫。悠真も荷物持ってるでしょ」
「いいから」
そう言って私の手からエコバックをヒョイっと取り上げてしまう。強引だけれど、私は素直に甘えることにした。
「そう言えば、昨日古文のでさー」
そこから、授業であった面白いことや部活で怒られた事、友達の告白を手伝った事とか、色々話した。そういえば、こんなに悠真と話したのは久しぶりだ。クラスが違うし、家が近くても朝練とか部活とかがあるから、時間は合わない。そんなことに気づいて、ちょっと嬉しくなった。
「それでな、ウジウジしてないでさっさと当たって砕けろ!って大輝が思いっきり背中叩いたらむせちゃってさ〜告白どころじゃなくなったんだよ」
「え〜、砕けること前提なの」
「まぁ、結局どうにか持ち直して無事OKもらってたけどな」
「…よかったね」
(告白…)
高校生にもなれば、周りは恋愛をしたがる。彼氏いる子は多いし、どこ行ったとか、なんかもらったとか、最近はよく聞くものだ。
「……なぁ遥は、さ。彼氏とか作らないの?」
話が途切れて、おかしいことになんだか心地の良い沈黙が落ちた中、悠真が唐突にそんなことを言った。
「何さ急に……別に作るつもりはないよ。好きな人だっていないし」
どうして私は素直になれないんだろう。
「へぇ」
そう一言言って悠真は黙った。何かを考えるような顔をしている。いつもはうるさいくらい元気なのにどうしたんだろう。
「〜っ、そっちこそどうなの?最近モテモテじゃん」
気まずくて、どうにかこの静寂を終わらせたくて、声をあげた。
「俺?確かに最近よく告られるけど…」
なんか煮え切らない感じだ。うだうだしてるというか、何かを言おうとして躊躇してるというか。
「…好きな人がいるんだよ」
恥ずかしそうに首の後ろを掻きながらそっぽを向いて言った。
「え」
そんなの初耳だ。いつも呼び出されたと聞いて、ヒヤヒヤしながら結果を待っていたのに。断ったと聞いて、なんか嬉しかったのに。そもそも好きな人がいたとは。
「……ちなみにだれ?」
ちょっとショックだけど気になる。今まで彼女を一人も作ったことのない悠真の好きな人。可愛い系か、綺麗系か。
ジリジリと寄る、好奇心が隠しきれていない私に若干押されながらも、じっとこちらを見つめてから一言。
「っ秘密!よし、じゃあな、また月曜日‼︎」
気づかなかったが、もう私の家の前についていたらしい。私に荷物を渡し、クルッと背を向けて走っていく悠真を見送る。わずかに覗く耳は真っ赤だった。
……これは期待してもいいんだろうか。
(あ〜、あっつい)
家を出た時よりも、格段にいい気分で、私は玄関扉に手をかけた。
☆ ☆ ☆
「ってことがあってね。あれ、何度で湯煎だっけ」
「それ、脈があるどころじゃないでしょ。50度」
「そう?50度ね、どうも」
私は手元でチョコを溶かしながら昨日のことを瑞稀に話した。もう考えてたら、一周回って普通にチョコ作ってデコれば良くない?ってなったから、今年は王道チョコレートだ。
「で、結局愛しの旦那さんにはあげるんですかー?」
「旦那じゃないって…もういいや。まぁ、みんなの分をキッチリ作ってかつ?材料が余ったら作ってあげようかな?とは思ってるけど」
「どう考えても作る気満々の量余ってるじゃあないですか、奥さん。素直じゃないね〜」
「…」
いつものようにからかってくる瑞稀はわけ知り顔だ。なんか、全部心の中がバレてる気がして落ち着かない。というか大丈夫なのか、チョコ切ってる手元がだいぶ危ういが。
「ちなみに瑞稀は、誰にあげるの?」
「え〜。まず我が親友殿と学校の友にでしょ?あと兄者と父上」
「なぜに武士風。気になる男子とかいないの?」
「あたしが興味あるように思えます?」
「ないでしょうね」
ちょっと武士風の話す瑞稀にそう聞くが、満面の笑みで興味ないと返された。ちぇ、つまんないの。折角可愛いのに。
「あたしはいいからさー……チョコあげるとして、遥君は告白するのかなぁ?」
「はぁ⁉︎しないし!てかなんで私が悠馬なんかに!?」
「えーなにー。遥、悠馬君と付き合うのー?」
リビングからお母さんの声が聞こえた。驚いて大きな声を出してしまったから、距離が離れているお母さんにも聞こえたらしい。昔から悠馬を気に入ってるお母さんだ。嬉しそうな声色だった。
「付き合わないから!そんなの絶対ないから!」
「えー、残念。お母さん、悠馬君ならいつでも大歓迎よー」
「〜!ちょっとお母さん黙ってて!」
「遥が恥ずかしいって〜」
「あらー」
「瑞稀‼︎」
私は熱が集まって、真っ赤になっているであろう顔で、余計なことを言う瑞稀をキッと睨む。そんな私を見て、瑞稀は肩をすくめた。
「……いい加減、素直にならないと、美少女転校生とかに掻っ攫われちゃうかもよ。それでいいの?好きなんでしょ、伊藤くんのこと」
いつもみたいなからかいは混じっていない、落ち着いた声音だった。その言葉を聞いて、私は少し落ち着いた。瑞稀がずっと応援してくれているのは知ってる。それなのに、関係が前に進まないのは、私が意地を張り続けているから。
「だって」
「だってじゃないでしょ。遥だって気付いてるくせに。いつまで逃げてるのさ」
手元で、白と黒のチョコを型に流しつつ、私は瑞稀の言葉を飲み込む。普段おちゃらけている親友に、ここまで言わせたのだ。いい加減、腹を括るべきなんだろう。
「…ちゃんと、好きって言う」
「ん、よく言った。大丈夫だよ、成功率はほぼ100%だから」
「どこから湧き出るの?その自信」
「見てたらわかる!」
「ほんとかねぇ」
そう言いつつも、親友の気遣いが嬉しくて、思わず口元に笑みが浮かぶ。
(頑張ろう)
鼻歌を歌いながらチョコを冷蔵庫に入れた私を見て、いつものように楽しそうに瑞稀が言った。
「結婚式には呼んでね」
「はぁ?!」
「お母さんも楽しみ〜」
「ちょ、お母さん!?いつから聞いてたの!?」
「さ、飾りつけの準備をしますかね〜」
「瑞稀!」
ちょっと感動していた気持ちが一瞬で消え去ったのだった。
☆ ☆ ☆
翌日の学校。やはり、バレンタイン当日とあってか、なんとなく雰囲気が甘いように感じた。うちの高校は校則が緩くて、お菓子もスマホも持ち込みはOK。だから、毎年この日は学校中がチョコレートの匂いでいっぱいになる。教室に着くと、女子は友チョコを交換したり、朝から告白しようと意気込んでいたり、男子はなんとなくソワソワして、かなり浮き足だった感じだった。
「遥、おはよう」
「凛、おはよう。はい、ハッピーバレンタイン」
荷物を机に置くと、友達が来たので、早速作ったチョコをあげる。すると、甘党な凛は、嬉しそうに顔を綻ばせた。
「ありがと。じゃあ、私のも」
「ありがとう。クッキーだ!」
綺麗にラッピングされたクッキーは、チョコチップとプレーンで、手先の器用な凛らしく、綺麗な形をしていた。あとで食べようと、大事にカバンにしまうと、今度は瑞稀とさっちゃんがやってきた。
「グッドモーニング〜。いや〜、美味しそうな匂いがしますね〜」
「おはよう!」
その後も休み時間とかに、ワイワイと友チョコを交換していたら、あっという間に放課後がやってきた。
「一日はっや」
「それな」
「帰ろう〜」
「くそ、今年もチョコゼロ個かよ…」
「泣くな、同志よ…」
「羨ましい…」
満足げな女子たちの声や哀愁漂わせる一部の男子たちの嘆きを聞きつつ、私は荷物をカバンに詰め込む。
「はーるか!まだ渡してないの?」
「さっさと行ってきなよ」
「旦那さん行っちゃうよ〜」
周りで三人にこんなことを言われながら。瑞稀が三人になった感じだ。
そう、私は未だに悠馬にチョコを渡せていなかった。今まで何回もチャンスはあったのに。
(そういえば、去年もこんな感じで渡せなかったんだっけ…結局名前書かないでロッカーに入れたけど)
あの時のは、たくさんのチョコの中に、差出人不明のチョコとして埋もれていったはずだ。
そんなことを考えていると、教室の前の方から、名前を呼ばれた。一瞬悠馬が来たのかと思ったけど、どうやら他クラスの男子らしい。
「え、告白?」
「おモテになりますね〜」
「行ってらっしゃい」
私は校舎裏に連れて行かれた。ここは人気もなくて、絶好の告白スポットとして、よく使われている。前を歩く男子は、去年も違うクラスだったけれど、今年の文化祭の実行委員が同じだった平さん…のはずだ。一学年に六クラスあるせいか、あまり覚えていない。
すると、無言で前を歩いていた平さんが止まって、こっちを向いた。
「う、梅沢さん!文化祭の実行委員で助けてもらった時から、ずっと好きでした‼︎僕と、付き合ってください!」
彼はほとんど叫ぶように言った。どちらかというと大人しい感じの平さんからの、勢いのある告白に驚いて、思わず目を見開く。
(どうしよう…)
人から好意的に見られているのは、悪い気がしないし、告白は嬉しい。とんでもない勇気がいるものだし、目の前の平さんだって顔が真っ赤だ。
でも、私は悠馬が好きだから。この告白に頷くことはできない。罪悪感に胸が痛む。
「っごめ」
「ごめん、遥は俺の彼女だから」
後ろから、誰かに抱きしめられた。頭上から聞こえるその声は、私の大好きな人の声で。
「なんで…」
音にならない声が、口から漏れた。さっきから心臓がうるさい。
「……なんだ。やっぱり付き合ってたんだ……ごめんね梅沢さん。驚かせちゃって」
そう、控えめに笑う平さんの眦に、光る水滴を見つけて。私は罪悪感で胸がいっぱいになった。
「私の方こそ、ごめんなさい……ありがとう」
私なんかを好きになってくれて。彼は、もう一度微笑んで、校舎裏を去った。
「重い…」
「うるさい。何告白されてんだ」
「お互い様でしょ」
平さんが去った後も、悠馬は私を離さなかった。それどころか、肩口に顔を埋めて、不満げな声を上げる。
「ん……なぁ、俺にチョコはないの?」
耳元で話すのはわざとなのか。そんなことにもドキドキしながら、私は答える。
「…ない」
嘘だ。いつでも渡せるように、今だってポケットに入ってる。それなのに、なんでこの口は、素直なことをいないんだろう。
「ほんとに?」
「……ある」
「ちょーだい」
悠馬が私のお腹に巻き付けていた腕を外す。わずかに顔が赤いのは気のせいか。
私は、スカートからしっかりラッピングしたチョコを取り出して、悠馬に手渡した。恥ずかしくて、顔が見れない。一緒に告白しようと思ってたのに、喉が引き攣って、言葉が出ない。
「ありがとう………ちなみに、さ。これ、義理チョコ?」
その言葉に、わずかに期待が込められているように感じるのは、私の思い上がりか。反射的に、そうだと言いかけた時、ふと、昨日瑞稀とした約束を思い出した。背中を押してくれた、親友との約束を。
「ち、がう……それは本命。悠馬、好きだよ」
頑張って、多分今までで一番真っ赤に染まっているであろう顔をあげて、私は言った。十何年も言えなかった言葉。ずっと、好きだった。
「……俺も、好きだよ」
目の前にいる彼は、最近見た中で、一番嬉しそうに笑顔を浮かべる。そして、おもむろにチョコを取り出すと一つ、口に放り込んだ。
「ん、おいしい」
「そ」
嬉しいけど、なんとなく気恥ずかしいくて、私はそっぽを向く。
(悠馬も、私が好き)
ようやく知れた気持ちに、私は心の中で喜びを噛み締める。ただただ、うれしい。
「遥」
大好きな声が、私の名前を呼ぶ。
「ん?」
「ずっと昔から、大好きだよ」
その日した、初めてのキスは、甘い甘い、チョコレートの味がした。
終